第18話 領主邸のモン娘メイドさん
その後、残ったキャロッテサンドとキャロッテジュースを平らげた俺達は村長の家を後にした。
そしてそのまま、必死の抵抗も全く意味を成さず、俺は再びフェリたんに引きずられながら領主の屋敷を目指して歩き出した。
正直言って、あの領主には会いたくないのだ。
別に何かされたわけでもない。ただ言えるのは見た目が完全に悪の親玉のようで、どこぞのマフィアのボスじゃないかと思わせる程、そのオーラが半端ない。
昔からヤンキーとは何かとご縁のある俺にとっては、領主の顔を見るだけであの嫌な思い出を思い出してしまいそうで嫌なのだ。
あとは単純に怖い。
いやマジで。本当に。
初めて会った時、顔を合わせただけで小便漏らした。あの目はヤバイ。目を合わせただけで人を殺せる目だ。
「ほら、いい加減自分の足で歩いて下さいよ!」
「ぐえっ!? 急に引っ張らないで!」
首輪に繋がれたロープを急に引っ張られて、首輪が俺の首に食い込んだ。急に気道を塞がれて変な声が出てしまう。
ベリド村の奥、並木道をまっすぐ進むと例の領主邸が見えてきた。
中世のお城のような造りのお屋敷。その敷地内には村長が言っていた通り、様々な動物を飼っている飼育スペースや菜園があった。
ふと、何気なく飼育スペースに目を向けてみると他の動物に混じって遊んでいる小さなドラゴンが見えた。
…………え? ド、ドラゴン!? 何あの丸っこい生物。超可愛いんだけど!
キィキィと高い声で楽しそうに鳴く小さなドラゴン。体格に合わない小さな翼やクリクリとした目が妙に愛らしい。
ドラゴンとか飼えるのか!? ちょっと興味あるかも。
「何をしているんですか。早く行きますよ」
「ちょ、ちょっと待って……ああっ、もうちょっとだけ!」
「わがまま言わない。そんな事をしに来たわけではないのですから」
キャッキャと遊ぶドラゴンと動物達の愛らしさをもう少し眺めていたかったが、そんな願望も空しく無理やり引き戻されてしまった。
そのまま首根っこを掴まれ、屋敷の玄関まで運ばれる。フェリたんはまるで放り投げるように俺を雑に下ろすと割と強めの力で扉をノックした。
その直後、ガチャリと屋敷の扉が開いて中からメイド服姿のクマ耳の亜人が出てきた。
恐る恐る顔を覗かせながら周りを見渡して、俺達の姿を見るや否や目を丸くしている。
「ひゃっほう!! メイドさぁぁぁん! 俺にもご奉仕してぇぇぇ!」
「ヒッ!」
「―—ぐえぇ!?」
目の前に現れた正真正銘のメイドにスキンシップを図ろうとするも、ロープを掴んでいたフェリたんがそれを勢いよく引っ張り、再びロープに括り付けられた首輪が首に食い込む。
呆れ半分、怒り半分といったように顔を引きつらせて俺を睨むフェリたん。
「そ、そんなに怒らないでよ。今のはほら、浮気とかじゃないからさ」
「何を言っているのか心底どうでもいいし聞きたくもないのですが……一々余計な事はしないでもらえますか?」
「お、俺なりのスキンシップをしようとしたんだ。何も間違った事はしていない」
「へぇ……あれがスキンシップですか。相手のこの反応を見てまだそう言いますか?」
そう言ってフェリたんは、クマ耳亜人を指差した。
肩を竦めて目に涙を浮かべて震えているクマ耳亜人。
俺から距離を取るようにゆっくりと足を忍ばせながら、すっとフェリたんの背後に隠れる。
どうやらこの亜人、今の一部始終を見てどっちが上なのか理解したようだ。
一番魔物に近い種族だから、本能的に強い相手を見極める事が出来るんだろうな。
「これはあれだろ。恥ずかしがってるだけなんだよ」
「酷く怯えているように見えますが?」
「そんな事ないって、なぁ?」
「ヒッ!? グ、グルルルル」
俺は構わず一歩近づくと、隠れている亜人は怯えたように小さく悲鳴を上げた。
そのあとすぐ、精一杯のけん制をしているのだろうか涙目で歯を剥き出しにし威嚇している。
ただ、亜人はフェリたんの後ろで顔だけ出して腰が引けているから、その威嚇も意味がない。
亜人本人の愛らしさを引き立てているだけで、怖いなんて微塵も感じなかった。
「何なんだ。昼間っからうるせぇな」
扉の奥から低い男性の声が聞こえてくる。
怪訝そうに外に出てきた声の主は、あの領主だった。
「何だ? フェリアス様と勇者様じゃねぇか。何しに来たんだよ」
庶民的な服に身を包むこの男。年齢は30代後半くらい。
顔の右半分に痛々しく残る火傷の跡。赤く盛り上がった皮膚はその火傷がどれほど酷いものだったのかを物語っている。
火傷の範囲内には右目も含まれていて、火傷で目を失っているのか代わりに義眼を嵌めているようだ。
顔の片側には十字の傷跡が残っており、服で若干ながら隠れているが首元にも傷跡があった。
この男こそが、ベリド村を治める領主なのだ。
咥え煙草に無精髭を蓄えているその男は、俺達の顔を見て怪訝そうに首を傾げる。
「……っ!」
フェリたんの後ろに隠れていた亜人は領主の姿を見た途端、すぐに領主に駆け寄ってその背後に隠れた。
背後から顔を覗かせて俺達の様子を警戒するように窺っている。
「おいおい、ベアトリス。客人には礼儀正しくしろと言ったじゃねぇか。こいつらにはそれでいいけどよ」
ベアトリスと呼ばれた亜人は領主に優しく注意を受けると急にピンと体を伸ばして直立し、ヘコヘコと頭を下げていた。
そんな姿の亜人を見て、領主は微笑ましそうに笑みを浮かべている。
「悪ぃな。コイツは最近入ってきた新参者でよ。まだ色々と勝手が分かっていないんだ。許してやってくれ」
ポンポンと亜人の頭を撫でながら領主は苦笑いを浮かべている。
そんな中、亜人は顔を伏せてはいるものの顔を真っ赤にして心底嬉しそうに微笑んでいた。
それにしてもベアトリスって……クマだからベアトリスってか? ネーミングセンス最悪だな。
「いやいや。今さっき、こいつらにはこれでいいとか言ってたじゃん!」
「それは俺とお前らとの仲じゃねぇか。税金免除してやってんだからそれくらいは良いだろ?」
領主は咥えた煙草を指で摘まみ口から離すと白い息を吐き出す。
隣に佇む亜人はピクリと体を震わせると懐から銀色で手のひらサイズの皿を取り出した。
それを両手の上に載せて、満面の笑みを向けながら領主の目の前に差し出す。
「おおっ。悪ぃな」
領主は目を丸くしながら差し出された皿を片手で支えて、手に持っている煙草の火の点いた部分を皿の底に捻るように押し潰した。
「いやいや、あんたフェリたんがあのクソ国王の娘って事知らない訳ないでしょ? そんな言葉遣いでいいのか?」
「何だよ。半年もあの村にいて何も聞いてねぇのか?」
「は?」
「俺の親父はアストレア陛下の兄なんだよ。だから、フェリアス様の事はこんなに小さい時から知ってるんだ。王族の傍系卑属だから俺にとっちゃ姪っ子みたいなもんだよ」
領主は面倒臭そうに説明しながら指で豆粒でも摘まむかのような仕草をする。
どんだけ小さいんだよ。フェリたんが卵子の頃から知ってるって言いたいのか?
とはいえ、この領主がフェリたんと繋がっているだと!? なるほど……フェリたんが性格捻じ曲げてしまったのはコイツの仕業か。
この言葉遣いと人相の悪さ。間違いないな。
「ええ。私もベリド村へ来る羽目になる前から叔父様の事は存じておりました」
「……その叔父様ってのはやめてくれ。ジジィ扱いされるのはまだ早ぇだろ」
いやいや、十分すぎる年齢だろ。
アラフォーに近くなるとその辺妙に敏感になるよな。
「それでどうしたんだ? わざわざ二人とも出向くなんて何かあったのか?」
「ええ。少し込み入った事情がありまして……」
「まあ、こんな所で話す事じゃねぇんだろ? 中で話そうぜ」
「は、はい。そうですね」
フェリたんの反応を見て何かを察したのか屋敷の中を親指で指して俺達を招き入れた。
屋敷の中は随分と広く、玄関から入ってすぐの中央広間には騒ぎを聞きつけたのか様々なメイド服姿の亜人が集まっていた。
うさ耳、トラ耳、イヌ耳、ネコ耳等のケモ耳亜人はもちろんの事、昆虫のような見た目の亜人やサキュバスのような見た目の亜人もいた。
もはや亜人というよりもモンスター娘といった方が良いのだろうか。
というか、なんだか俺をかなり敵視している気がするんだけど……めっちゃ睨まれてない?
「な、なぁ……俺、凄い睨まれてるんだけど。どういう事?」
「あなたがそこの亜人を襲おうとしたからじゃないんですか?」
えぇ……そんな事で? ただのスキンシップじゃん。
「元々こいつらは奴隷として非道な扱いを受けてき来た連中ばかりでな。飼い主が飽きて捨てたり、死んで行き先がなくなった身元不明の亜人を俺が引き取っているんだよ。自分達の国に帰ろうにも国境を警備している兵士に捕まって罪人扱いされるのがオチなんだ。仮に国境線を超えられたとしても、帰る場所なんざねぇだろうさ」
「まあ、確かに王都では亜人立ち入り禁止の酒場とか飲食店とかチラホラ見たけどさ。そんなに嫌う事なくね? だって可愛いじゃん!」
だってケモ耳、モンスター娘のパラダイスだよ!?
そんな世界の宝……いいや、亜人国宝を目の当たりにして、どんな鬱を拗らせたら奴隷にしようなんて考え湧くんだよ。
「あのなぁ。亜人ってのは魔物や魔獣と同類なんだよ。説明すると色々と面倒なんだが、それだけ人間には恐れられている種族なんだ。例えば今日からお前が住んでいるあの家で必殺熊と寝食を共にしろと言われたらどうするよ?」
「多分あれだな。その日の晩御飯になっちまうな、俺が」
「要するに、それと似たようなものなんだ」
まあ、あんまり納得したくない理由ではあるけれど、なんとなく亜人がこの国の連中に嫌われている理由は理解出来た。
でも、仮にそうだとしてこの領主が身元不明で元奴隷の亜人を引き取っている理由は何なんだ?
まあ、メイド服なんて着せて働かせているくらいだ。コイツの趣味だろ。なんて羨ましい! そこ変われ!
「でもさ、この国から出れば帰る事は出来るんじゃないのか? 奴隷って事は無理やり連れてこられたとかそんなもんなんだろ?」
「確かにお前の言う通り、ただの亜人ならそれも可能だろうな。けどよ、奴隷にされた亜人は違ぇんだよ。人間の奴隷にされた亜人はもう同族として見られなくなるし、奴隷紋が刻まれているだけで腰抜け扱いなんだよ。同族だろうと『奴隷』ってだけで忌み嫌われる。だからこいつらには帰る場所がねぇんだよ」
うーん、この世界ってそんなに闇が深かったっけ??
あっ、引きこもりだから分かんなかっただけか。
それにしても酷い話だよな。普通、同族が奴隷にされたなんて聞いたら乗り込んででも助けに行くだろうに。
それをせずに突き放すなんてあんまりじゃないか。
「まあ、色々と前置きが長くなっちまったが……お前が睨まれている原因は、ここにいる奴らが全員慰み者として飼われた連中ばかりでな。下手な手出しをすると敵視されるから気を付けなよ」
な、なにぃぃぃ!?
ここにいる亜人、全員娼婦だったのかよ!?
ま、まじか!? そんな奴らをメイド服着せて侍らすとか、マジで鬼畜だなこの領主!
マジでその立場変わってほしいわ。俺もメイドさんにご奉仕されたいんだよ。主に夜の!
いやいやそれよりも俺、別に何もしていないのに逆恨みも良いところじゃないか。
ただクマ耳亜人にご奉仕してもらおうと思ってただけなんだ。健全なご奉仕のつもりだったんだ。
…………本当だよ!?