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第17話 キスはまだ早い。そう、まだ早いのだ。

「あら! おはようフェリたん、勇君。今、丁度キャロッテパンが出来上がったところなのよ。食べて食べて!」


 拷問によって蜂の巣にされた俺は、体が完全に再生した後でフェリたんに引きずられながら村長の家を訪れた。


 扉を開けるや否や上機嫌な村長はこんがり焼けたパンの良い香りの漂う室内へと俺達を招き入れる。


「い、いや……私達は」


「良いのよ良いのよ、遠慮しなくても! 今から持ってくるからちょっと待っててね!」


 満面の笑みで俺達をソファーに座らせると、軽やかな足取りで小躍りしながらキッチンへと向かった。


 ここまで聞こえるくらいの大きさで鼻歌を歌いながらカチャカチャと食器の音を立てているようだ。


「村長どうしたんだ? 今日はいつにも増してキモいけど」


「あなたがそれをい言いますか。まあ、今日は随分と機嫌がいいようではありますが」


 しばらく待っていると、村長は丸皿の上に載せたトーストのサンドイッチと鮮やかなオレンジ色のジュースが入ったグラスをおぼんに載せて持って来た。


 ソファーの前のテーブルにそれを置くと、それぞれ一つずつ俺とフェリたんに配っていく。


 こんがりとトーストされた食パンの生地には何やらオレンジ色のツブツブが練り込んであるようで、耳は綺麗に取り除かれていた。サンドされているのは薄橙色のホイップクリームのようだ。


 ジュースは少しだけドロっとした感じで、野菜ジュースを思わせる甘い匂いを漂わせている。


「今日はキャロッテ尽くしで仕上げてみたの! キャロッテを練り込んだ食パンを焼いて、バターとお砂糖、お塩で煮込んで柔らかくしたキャロッテをホイップクリームに加えてみたの」


 パンにもサンドしているクリームにもキャロッテを練り込んであるのか。


 要するにニンジンケーキみたいなものなんだろう。


 村長がここまで上機嫌って事は、かなり美味しく出来たに違いない!


「そしてこれがキャロッテジュース。キャロッテを摩り下ろして他の果物の果汁と割っているの。ちょっとお砂糖で味を調整しているのだけどね」

「ほうひょっとはほうあほいいれすれ」


 と、淡々とした感想を呟くフェリたん。口いっぱいにキャロッテサンドを頬張っているから何を言っているのか全然聞き取れない。


 まあ、大体は予想がつくけど。どうせ砂糖が足りないとかっだろうし。


 ……フェリたん、砂糖が入っているって聞いた途端に反射で食らいついたんだろうな。どんだけ砂糖に飢えているんだ。


 でも、頬を膨らましてもごもごしてるフェリたん可愛すぎ、口元に食べカス付いてるし。


「全く、はしたないんだから……うっうぐぐぐぐぐぐぐぐ!?」


 子供っぽいフェリたんに微笑ましさを感じつつ、俺は食べカスの点いている口元に顔を近づけようとした。


 が、素早く反応したフェリたんに顎ごと口を掴まれ、押し返されてしまう。


「何をしようとしているんですか?」


「いやぁ、口元に食べカス付いているから舐めて取ってあげようと」


「気持ち悪っ!?」


「――ふばぅ!?」


 俺の隣に座っていたフェリたんが軽い悲鳴を上げながら立ち上がり、右腕を刀のように振り下ろす。


 その直後、俺の首に強い衝撃が加わり、下から鮮血が飛び散るのが見えて、ぐりんと視界が回転するのが見えた。


 その光景を最後に俺の意識はぱったりと途絶えてしまった。


※ ※ ※ ※


「もう、酷いよフェリたん」


 おそらくあの後すぐだろうか、俺の意識はすぐに戻ってきた。


 フェリたんの手刀で首を掻っ切られたのだろう。それにしてもとんでもない切れ味だった。


 自分の首がちゃんとくっついているか手で触って確認しながら溜息を吐く。


「何が酷いですか。今度気色悪い事をしようとしたら素首(そっくび)刎ねて二度と再生できないようにその辺の木に曝してあげますからね」


 全く……素直じゃないやつめ。本当は照れているくせに。


 まあ、あんな事でフェリたんの唇を奪う訳にはいかないしな。その時が来るまで我慢だ我慢。


「首を刎ねられても生き返るのね。なんだかもう……慣れちゃったのか悲鳴すら上げれなかったわ」


 その一部始終を見ていた村長は苦笑いを浮かべながら頬を指でポリポリと掻く。


 そういえば、村長の目の前で首を刎ねられたのは初めてだったな。


 まあ、村長の目の前で何度も死に目に遭っているから大して驚きはしなかったんだろうけど。


「そういえば、今日はどうしてアタシの家に? 何かあったの?」


「ええ。ちょっと相談がありまして……」


 村長は俺達に対面するように向かい側のソファーへと腰掛ける。


 俺は目の前に配られたキャロッテサンドを手に取り、一口食べてみた。


 ……美味っ!? 


「実はですね。王都の方から手紙が届きまして……最近魔王軍に新たな動きが見られているようなんです」


「え!? そうなの!? 確かに全く動きを見せないなって思ってはいたのだけれど。そんな事になっていたのね」


 村長にも魔王軍の動きについては情報が出回っていないのか。


 そういう情報っていち早く全国の村や町に届けそうなものを。今回の一件が、村や町をターゲットにしたものなのだから尚更なのに。


「その動きについてなんですが。なんでも村や町を襲っているようで、僅かながら死者も出ているようなんです」


「そ、そんな……それだとアタシ達の村も例外ではないわよね。どうしましょう。魔族と互角に戦えるのは勇君やフェリたんを除いたら領主様くらいだろうし……ちゃんと偵察しておかないと村のみんなの避難のタイミングとか逃しちゃったら大変だし」


 村長は神妙な面持ちで腕を組む。


 こうしてみるとやっぱり村長なんだよな。普段はおっとりぽわぽわな性格しているからあんまりそういう雰囲気を感じないのだけど。


 しっかし美味ぇなこのキャロッテサンド。


 俺は二人の会話を半分ぐらい聞き流しながら、キャロッテサンドを頬張っていた。


「それなんですが……実は勇者様の一人が魔王軍の幹部と接触したそうなんです。それで勇者様の連盟から通達がありまして、7日後に王都で開かれる会議に出席するため王都へ向かわないといけないのです」


「えええっ!? そ、それはちょっと……予想外というか。でも、王都まで片道7日程度かかるでしょう? それだと帰ってくるのもあるから14日も村から離れる事になるじゃない。その間に村が襲われたら大変ね……領主様と話し合っておかないと」


「それは問題ありません。この後、我々が直々に領主の元へ出向いてきます。万が一ベリド村が奇襲を受けた際の戦力的な問題も含めて話し合ってこようかと」


「――ブッ!? ゲホゲホゲホ! ガハッゲホゲホ!」


 淡々と当り前のように言い放つフェリたんの言葉に、俺は口に含んでいたキャロッテジュースを盛大に吹き出した。


 その反動で思いきり器官に入ってしまったようで俺は激しく咽る。


 い、今なんて言った!? フェリたん、今なんて言ったんだ!?


「だ、大丈夫!? あらやだ、拭くもの持ってこないと!」


「何をしているんですか……」


 咽る俺に慌てた村長はアタフタしながらキッチンへと駆けていった。


 い、今さっきフェリたん、領主に会いに行くって言ってなかったか?


 嘘だろ!? あの領主に!?

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