第16話 王都に来るよう言われたけど、面倒なので行きたくないです。
「燃やしていいって……あなた、さっき私に言った事、忘れたわけじゃないですよね?」
「い、いやほら……この手紙も俺が頼んで送ってもらったものじゃないからさ。あはは……」
マジでどうしようか。
よく考えたら燃やしたところで、この手紙が届いたって事は俺の所在があいつらに判明したって事だし。
読んだら読んだで絶対ロクな事書いていないんだよな。
「ん? これは……」
顎に手を当てながら訝し気に手紙を見つめるフェリたん。
封のところに施された封蝋が気になっているようだ。
そういえばこういう物って貴族とか地位の高い人が扱っているイメージがあるんだけど……。
「これ……お父様の使っている封蝋と印璽ですね」
「げっ……」
そ、そうだった! この連盟、一応あのクソ国王の許可があって成り立っているものだった!
思えば連盟から手紙が届いたのだって、俺の所在を知っている奴じゃないと送る事すら出来ない訳だし。
畜生! こうなったら!
俺は手紙を両手で掴み、破ろうと力を加えようとする。が、
「ヴぇはっ!?」
フェリたんの強烈な回し蹴りが俺の腹部に直撃し、ものの見事に吹っ飛んで壁にたたきつけられた。
その反動で、するりと俺の手から手紙が落ちてしまう。
「お父様からの手紙を破ろうだなんて、あなたが勇者でなければ極刑レベルの問題行動ですよ」
「……ぐっ、ううう。お、おな……お腹が」
お腹を押さえながら這いつくばって痛みに悶える。
やばい……こりゃ、胃袋破裂したんじゃないか? クソ痛い。しばらく立ち上がれない。
それにしても酷い。酷過ぎるよフェリたん。幼気な俺に回し蹴りなんて。
「はぁ……本当にどこまでもクズですね、あなたは」
そう言いながら机の引き出しに手を伸ばし、小さな細いナイフを取り出した。
刃を封の隙間に差し入れて器用に手紙の封を開く。
「ちょ、ちょっと待ってフェリたん! 中を読んだらダメ--ギャ!?」
中に入っていた紙を開きながらツカツカと俺に歩み寄ると、這いつくばって悶える俺の背中に思いきり腰を下ろした。
フェリたんの体重が抵抗もなく俺の背中に圧し掛かり、俺はあられもない悲鳴を上げる。
お、重い重い重い重い!!! めちゃくちゃ重い!!
フェリたんの体重、リンゴ3つ分くらいだと思っていたけれどめっちゃ重い!
なにこれ、何でフェリたんこんなに重いの!? 立端があるせい?
フェリたん、俺より身長高いからその分だけ体重も重いって事か!?
「いやぁ……座り心地の悪い椅子ですねぇ」
「ひぎゃぁぁぁぁ!? び、尾骶骨でグリグリしないで! 痛い痛い痛い!!」
少しだけもたれ掛かりながら小刻みに左右に揺れるフェリたん。
その小さくて可愛いフェリたんの尻の間に隠れた凶器が俺の体に食い込んで凄まじい痛みを与えてくる。
これダメ! マジでダメ! 痛みと重さと男としての何かを失いそうで色々とヤバい! というかもう軽く興奮している。
「おやおや? あなたの超大好きな私が尻に敷いて上げているのに、まさか重いなんて言いませんよね?」
「ま、まさかぁ……そ、そんな事ある訳ないじゃないか。ハハハ!」
「へぇ……」
俺を見下ろすフェリたんが微かに笑みを浮かべたような気がする。
な、何だ? 何だよその意味深な笑みは? 一体何をする気--。
「ッガ!? ふいぃぃぃぃぃぃぃ!! いいいいいい!!」
直後、さっきまで感じていたフェリたんの重さがもっと増したように感じた。
その体格に合わないほどの凄まじい体重が俺に襲い掛かる。
む、無理無理無理!! 息できない!! 肋骨が折れる! 肺が潰れる! 苦しい苦しい苦しい!!
フェリたん……魔法か何かで自分の体重を底上げしてやがるな!? 俺を押さえつけるために!
「へぇー、ふむふむ。なるほど」
必死で逃れようと手足をバタつかせて暴れる俺をわざとらしく無視しながら手紙の内容に反応するフェリたん。
尻に敷かれて圧死とかどんなご褒美……って、そんな事言っている場合じゃない!
早く退いて貰わないとマジで苦しい!
「――ぐっ! かはっ!? はぁ……はぁ……」
これ以上重さが増したら死ぬ、というところでフェリたんはふっと俺から腰を上げた。
俺は肺に酸素を送り込もうと必死に呼吸をする。
ま、マジで危なかった……危うく俺の死因辞典に新たな一ページを飾るところだったよ。
「いつまでそこに這いつくばっているつもりですか? ほら、暇なあなたにピッタリのお仕事ですよ」
床に這いつくばって息を整える俺に、さっきまで読んでいた手紙を突き付けられる。
顔を上げて手紙に目を向けると、日本語で書かれていると思っていた手紙の文面は何故かこの世界の言語を用いて書かれていた。
宛名と送り先は日本語で書いているくせに内容は異世界語って……何でそんな面倒臭くて統一性のない事を。
まあ、読めなくはないんだが。
俺は手紙を受け取ってその内容に目を通す。
どうやら息を潜めていた魔王とその幹部達に最近新たな動きがあったようで、各地の村や小さな町に奇襲をかけているらしい。
死人も出ているようだが被害の件数の割には極端に少ないようで、ひとしきり暴れた後はまるで冷めたように帰っていくのだそう。
中にはたまたま出くわした勇者が魔王軍の幹部らしい魔族を倒したんだとか。
ついては対峙した勇者からの情報を得るために、異世界召喚勇者連盟の本拠地がある王都に集まるよう指示が掛かれていた。
「会議の日程は……シルフィリア期第3期、28日目か」
「およそ7日後ですね」
う、うわぁ……だから読みたくなかったんだよ。
確かに7日もあればベリド村からでもギリギリ間に合うラインではあるけれど。
他の召喚勇者と会いたくないんだよ。あいつらは俺がどういう経緯でこの村に左遷されたか知ってる訳だし。
特に連盟のリーダー。あいつの顔を見ると猛烈な吐き気に襲われる。
「うん。無理」
「何が無理ですか。会議が7日後に予定されているのであれば早速準備して出発しないと」
「えぇ……嫌だよ。行くなんて言ってないけよ?」
「はぁ……あなたねぇ。腐ったゴミカスでも一応は勇者の端くれなんですから、少しは勇者らしい事をしたらどうですか?」
頭を抱えたフェリたんは呆れたように盛大なため息を吐く。
いや本当、フェリたんの口からゴミカスとか可愛い声で罵詈雑言が飛んでくると傷つくより先にちょっと興奮しちゃう。
「でもさ、この手紙には村や小さな町が襲われてるって書かれているから……もしかするとこの村も例外じゃないって事になると思うけど? いくら王都から一番離れた村だとしても襲われない可能性がないわけじゃないと思うよ?」
「確かに、その可能性もあるとは思いますが……」
「俺達が王都に向かっている最中に襲われでもしたらそれこそ、わざわざこんなところに左遷された意味がないんじゃない?」
「……まさかあなたの口からそんな言葉が出て来るなんて。明日は槍でも降るんですかね?」
「え? なになに~、まさか惚れた?」
「いいえ……割と本気で引いてます」
勇者らしいことを言ってもこの反応。俺は一体どうすればいいんだよ……。
「ですがどうするんですか? 襲われる心配はあれど魔王軍の情報を得られる機会を見す見す逃す訳にはいかないでしょう?」
「え? 何でもう行く空気になってるの!? 俺は嫌だよ。そんな数日掛けて王都に行くなんて……」
フェリたんはどうも王都に行きたがっているように感じた。
言っている事は分からなくもないけれど、俺は王都へは行きたくない。
あわよくば魔王軍もこの村を襲いに来ないでほしい。面倒ごとは御免だ。働きたくないのだ!
「……あなたもしかして、サボりたいからもっともらしい理由をつけているんじゃないでしょうね? どうせ王都に行かない事になってもあなたはいつも通りの生活に戻るつもりなんでしょう?」
「あれぇぇぇ? バレてた?」
直後、フェリたんの額に青筋が浮き出る。
ピクリと瞼が動き顔を引きつらせると、右手の掌を俺の方へと向けた。
「やっべ!!」
「逃がすか! 煌暁魔法十ー番―—縛閃網」
逃げようと踵を返した途端、頭上から覆いかぶさるように青白く光る網のような物体に絡めとられ、俺は床に突っ伏してしまった。
起き上がろうとするも蜘蛛の糸のように粘りの強い網のせいで起き上がるどころか、身をよじることも出来ない。
「さてと……」
そう言って俺のすぐ横に腰を下ろしたフェリたんは、俺の右の手の甲に何やら尖ったものを当てがった。
それはフェリたんがさっき持っていた八寸釘で、片方の手には金槌を持っている。
「ちょ!? ちょっと待って!」
「はーい。じゃあ一本目行きますよー」
「ああああああああああああ!! 助けてぇぇぇぇぇぇぇ!」
俺の叫び声が響いたと同時に、フェリたんは容赦なく金槌を釘目掛けて振り下ろした。