第15話 お手紙は突然に
「やっほー、フェリたんおはよう! 今日も可愛いね。綺麗だよ! マジで大好き、結婚して―—へばっ!?」
「うっさい! いちいち叫ぶなクソニート!」
昨夜の騒動から一夜明け、俺は意気揚々とフェリたんの家へと訪れていた。
いつものようにフェリたんに愛のコールを投げかけたものの、返事の代わりに返ってきたのは拳だった。
別に昨日の一件を忘れたわけじゃないが、冷静に考えたらマヨネーズ如きでドヤっている自分が頭悪い奴に見えて無性にイラついたので忘れる事にしたのだ。
まあ、アニメやラノベ、漫画なんかの批評家気取ってる自称レビュワーにしたってクソだのゴミだの表現の自由を盾にして攻撃的な言葉を並べる割には言っている事は正しい訳だし。
フェリたんの言っていた事も当然正しいからな。異世界に来てマヨネーズでドヤっている主人公がクソキモイ事くらい当然だよな。
「えっ? それってもしかして……いちいち言わなくても分かってるよバカ! 的な感じのツンデレ展開かな!?」
「さて……丁度、縄と釘と金槌があるわけですし、二度とそんな口が聞けないように釘を刺しておくのも良いかもですね」
「えっ!? ちょっ……も、もちろん釘を刺すっていう言い回し的なアレだよね? そうだよね」
「……」
フェリたんは金槌と縄、八寸釘を手に持ったまま俺の問いかけに口を開こうともせず俺を見つめている。
い、いや……そんな真顔で見つめないでよ! 何か言ってよ!? マジでその八寸釘を俺に打ち付けたりしないよな!?
「そうですね。私も愚かでした」
何かを感じ取ったのか、眉を寄せて悔し気に唇を嚙む。
な、何だか微妙に返答がおかしい気がするけど……やめてくれたのかな?
「口自体を糸で縫い付けた方が早いですよね」
「いやいや! 早いとか遅いとかそういう話じゃないよ! お断りだよ!」
釘を刺されるのも口を縫い付けられるのも御免だ。そもそもそんな事でフェリたんへの愛は揺るがない。
口から出ずとも、フェリたんへの愛は俺の全身から滲み出ているのだ。
「はぁ……それで? 性懲りもなしに何の用ですか? まさかまた何か下らない事でも考えているのですか?」
「いいや? そんなまさか。暇だから来ただけ」
「働けよクソニート!!」
「スクワッツ!!」
怒号とともに投げつけられた斧を俺は華麗な動きで回避した。
何を言っているんだフェリたん。起きたらフェリたんの顔を拝む、それを行う事こそが俺の一日の日課になっているんだ。
フェリたんの顔を見ずして、働ける訳がない! まあ、見なかったとしても働く事は無いけど。
「フル……フルルル」
と、いつものようにフェリたんとイチャラブな会話をしてるところに水を差す声。
窓の外から聞こえるその声の主は、くちばしで窓ガラスをコツコツと突きながら鍵の方を翼で指して開けるように指示していた。
全身真っ白で丸っこいフワフワなフクロウ。肩に下げたポーチには手紙がぎっしりと押し込められている。
「おや? 手紙が届いたようですね」
そう呟いてフェリたんは窓を開けてフクロウを中へ招き入れた。
窓の桟にかぎ爪を立てるフクロウのポーチの中から自分宛ての手紙を取り出す。
「え? フェリたん宛の手紙? なになに、ラブレター? もしかして結婚の申し込みだったりするの?」
「まあ、そうかもしれませんね」
「速攻燃やす! フェリたんに色目使うような奴の手紙なんかフェリたんに読ませられないよ! 目が毒される!」
畜生! そうだった。
フェリたんはこれでも一国の王の娘だ。それに十分に結婚出来る年齢でもあるし、その辺りの話がないわけじゃない。
相手はどうせギラギラしたコテコテの装飾品を身に着けたキモデブの汗臭いオヤジか、顔も性格もイケメンの王子かのどちらかだ。
結局はフェリたんに色目を使っている事に変わりはない。健全で初心なフェリたんには悪い影響を与えてしまう!
キモデブ親父はともかくイケメンの方は要注意だ。フェリたんの献身的な愛につけ込んで他の女と関係を作ったりバカみたいに金使ったりどうせクズばっかりだ! イケメンなんてみんな滅びればいいんだ! あっ、それだと俺も滅びる事になるよな。
「変な顔をしたと思ったら急にニヤニヤしてどうしたんですか? 正直キモイですよ。いや割と前からずっとキモイですよ。存在がもうアレですよ」
「そこまで言わなくていいよ!」
俺はフェリたんに罵倒されながら心を鍛える精神修行でもしているんだろうか。
まあ、若干ながらご褒美だと感じている時点で修行もクソもないけどな。
「大体、結婚の申し込みの手紙であろうと私にはどうでもいいんですけどね」
「え? それってどういう……」
フェリたんは口をへの字に曲げながら家の暖炉へと指を差した。
暖炉の中に積もった灰の中に何やら燃えきれなかったのか小さな白い燃えカスが残っている。
その横には大量に積まれた手紙の山が籠の中に入っていた。
「ま、まさかフェリたん」
「良いですよね上質な紙は。だってよく燃えるんですから。焼べる物としてはうってつけなんですよ」
……ああ。何というか……手紙を送ってくる人達が可哀そうになってきた。
本当、フェリたんがこんなんで申し訳ない。なんで俺が謝っているのか分からないけどフェリたんの代わりに謝っておきます。
本当に申し訳ない。
「フェ、フェリたん? せっかく書いてくれたものなのだからせめて目を通すくらいは……」
「は? 何で? その気がないのに何で私の貴重な時間を割いてまで読まなきゃならないんですか?」
「いやほら、書いてくれたものなんでしょう?」
「は? 書いて欲しいなんて頼んだ覚えないですよ」
うわぁ……こりゃキツイ。当事者でない俺の心でさえキュッと縮むのを感じるくらいに。
いつか逆恨みされなきゃいいけれど……まあ、なさそうだな。
絶対、100億倍で返り討ちにしちゃいそうだし。相手を血祭りにあげるレベルで。
と、話の途中でフクロウが翼で俺の体を軽く突いて自分のポーチを指し示した。
「え? 俺にも手紙?」
その問いかけにコクコクと首を縦に振るフクロウ。
俺に手紙? え? 何で俺? 手紙をやり取りするような相手なんていなかった気がするけど。
そう怪訝に思いながらも自分宛ての手紙を探り、手に取った。
手紙の宛名は日本語で『二階堂裕也様』と書かれている。これ……日本人が書いた手紙じゃないか!
興奮気味に送り主の名前に目を向けたところで、俺のテンションは一気にダウンする。
そこにはムカつくほど綺麗な文字で『異世界召喚勇者連盟』⁽¹と書かれていた。
「…………」
「へぇ……あなたに手紙が届くなんて珍しい事もあるんですね。ん? 何ですかこれ……これ絵ですか? 文字ですか?」
フェリたんが興味津々に俺の手紙を見つめている。
クソッ……すっかり忘れていた。そういえばこんな連盟が出来上がっていたんだっけ。
面倒臭いな、読みたくないな、いっそのこと届かなかった事にしてやりたい。
…………あっ、そうだ。
「フェリたん」
「はい? 何ですか?」
「これも燃やしていいよ」
(1)異世界召喚勇者連盟:二階堂裕也のように日本からこの世界へ召喚された勇者のみで構成されている連盟組合。各地に散らばり行動する勇者達が一堂に集い、進捗状況や魔王軍の動きについて情報を共有する場が設けられている。二階堂裕也もその会員の一人。