第9話 甘さ、それだけで人は死ねる。
「はひっ! はっ……あひっ! うぐっ。これ死ぬ。多分死ぬ。きっと死因は過労なんだ」
「ったく、貧弱な勇者様ですね。それでも世界を渡り歩いた勇者ですか?」
働きますと恐怖のあまり屈してしまった俺は、逃げ出さないよう首を縄で繋がれて強制的に連れ出されている。
採掘道具と礁燃石¹⁾を砕いて粘土のように固めた発火材を仕込んだランプを積んだ籠を背負い、ヒィヒィ息を切らしながら歩いていた。
これから行うのは、洞窟に入って様々な鉱石の採掘。優先的に燃料となる礁燃石の採掘を行うのが今日の仕事だが、他に目ぼしい鉱石があれば採掘して持ち帰ってもいいよと村長から指示を受けているようだ。
「あのねぇ……別に俺は世界を渡り歩いたわけじゃないの。少なくとも、召喚された王都を除けば2つか3つくらい街へ行ったことがあるくらいんだから。重度の引きこもりからしたら良く出来た方だぞ」
「それを自分で言いますか……」
というか、俺が勇者として旅をしていた頃の話はしないでほしい。首を斬られるより痛い。心の傷を抉らないで。
「それにしてもさっきのあれは衝撃でしたね。あなたに与えられた能力は一体何なんですか? 不死身と再生だけとは思えないような」
「俺に言われてもね……意識のない状態の事なんて知る訳ないよ」
崖から落とされ良い感じの肉塊と化した俺は、気付いたら崖の上に立っていた。
フェリたんの話では、崖の下に落ちて頭の潰れた死体になった直後、肉体が再生しながら崖の上まで浮き上がったそうだ。
自分の粉砕死体なんて想像もしたくないけれど、どうやらどんな状態になっても俺は死なないらしい。
とは言え、俺に与えられたチート能力にはまだまだ謎があるようだ。落ちる前の地点にリスポーンするなんてまるでゲームのようだな。
「それはそうと、フェリたん。何食べてるの?」
俺の隣を歩くフェリたんは、さっきまでのスカート姿から一転して動きやすく汚れてもいい服に着替えていた。
頭を守るための防岩甲。身に着けているのは分厚く動きにくそうなツナギのようなもの。もちろん、俺も同じものを身に着けている。
色気のへったくれもない服装だが、フェリたんは何を着ても可愛い。本当に可愛い。今すぐ結婚したい。
いやいや、それはそうとして。フェリたんが手に抱えている小さな瓶、ありゃ何だ?
何かスプーンを突っ込んで何かを口に運んでいるみたいだけど……。
「これですか? ほら」
「ん? うわっ……」
フェリたんは口にスプーンを咥えたまま俺に瓶の中身を見せてくれた。
琥珀色のキラキラした粘度の高い液体の底に、何やら半透明の不定形な物体が沈んでいる。
こ……これって、まさか。
「氷砂糖のハチミツ漬けです」
「何食べてんの!?」
「氷砂糖のハチミツ漬けです」
「知ってるよ! 今聞いたよ! 俺が聞いてるのは何でそんなもの食べてるのかって事!」
「何でって……好きだからですけど?」
さも当然のように再び瓶の中にスプーンを突っ込み、ハチミツまみれの氷砂糖をゴリゴリと食べるフェリたん。
もう甘党とかそういうレベルじゃねぇぞ……砂糖に依存性とかあったのか? 大丈夫なのか? 違法薬物とかじゃないよな!?
これじゃ、村長がせっかくフェリたんの健康を考えて砂糖未使用のクッキーを作ってくれた意味がないじゃないか。
「好きってレベルじゃないでしょ……脳みそまで砂糖で出来ているんじゃないの?」
「何を言っているんですか。私くらいのレベルになれば血管に砂糖が流れているものですよ?」
「自覚してんのか!? フェリたんさぁ……村長も心配してるんだから、砂糖の摂り過ぎは控えた方がいいよ?」
「ハチミツは純粋なものですから、大丈夫ですよ?」
「そういう問題じゃないんだよ!? いくら純粋だからって言って砂糖入れてちゃ意味ないでしょうが!」
こりゃダメだ。完全に砂糖に依存している。
大体、氷砂糖のハチミツ漬けってなんだよ。見ただけで胸やけしそうだ。
甘い物は俺も好きだけど、フェリたんのこれはダメだ。常軌を逸している。
「うるさい人ですね。そこまで言うなら食べてみればいいじゃないですか」
「ちょ、フェリ――ふごっ!?」
イライラした口調でフェリたんは俺の口にハチミツまみれの氷砂糖を突っ込んだ。
フェリたんが咥えていたスプーンとかそういうピュアな下心なんて考えている余裕もない。
舌の上に載った瞬間に広がる壊滅的なまでの甘さが脳天を貫く。
ハチミツの甘さだけでも凄まじいのに、砂糖の甘さも加わって意識が吹っ飛ぶほどの甘さが襲い掛かる。
こ、この甘さはもう死神だ。死神級の甘さだ。食べた瞬間に死神の鎌でぶっ斬られる感覚だ。
……命を持っていかれる!!
「どうですか? 私特性の氷砂糖のハチミツ漬け」
「ぼ、暴力的なまでの甘さだ。よくこんなの食べれるよね……」
ハチミツの粘稠性も相まって甘さがねちっこく舌に纏わりついている。
こ、こりゃトラウマになるレベルじゃないか。もう二度と食べたくない。
「まあ、勇者様にはこの崇高な甘さが理解できないのも無理はないですよね」
「どこが崇高なんだよ。病気だよ病気! こんなの食べて平気なのはフェリたんだけだよ!」
どこの世界にハチミツに砂糖ぶち込んで食べるアホがいるんだよ。
甘いとかそういうレベルの話じゃないんだよ、あんたの作ったものは!
「た、確かに前にお父様に振舞った時は二日くらい寝込んでしまった事がありますが……」
う、うわぁ……今までクソだクソだと散々に罵り倒してきたけど、こればかりは同情するよ。
あんたの娘さん、ガチでどうにかしないと砂糖で人を殺しちゃうよ?
「とにかく、あんまりそういうのは控えた方がいいよ」
「はいはい。キャンキャン言わない」
「あのねぇ……」
フェリたんはスプーンに付いたハチミツを布でふき取りそのままスプーンを包むと、瓶に蓋をして二つとも籠に入れた。
二人で話しているうちに目的の洞窟にたどり着いた。
普段は村人のみんながこの洞窟に出入りして鉱石を採掘しているようだが、昨日の必殺熊出現の影響で逃げ場のない狭い場所に入るのを拒んでいるようだ。
あのレベルの魔物が出てくるだなんて知れてしまった今、万が一鉢合わせしてしまった時に逃げ場を確保出来ないような場所で働くのは不安になのだろう。
一日二日働かないなら未だしも、不安が解消されるまでずっと働かずにいるのは村での生活に関わる。とはいえ、誰かが働かないといけない。
そんなわけで、戦力が十分ある俺達が駆り出されたという訳だ。
ぶっちゃけ、都合よく遣われたという事だ。要するにパシリだ。
まぁ、俺もマジで怖いんだけど。はぁ……左遷された勇者の扱いこれ然り。
勇者を使い走りにするなんて、俺じゃなかったら絶対キレてるからな。
「さて、日が暮れる前に出来るだけ採掘しましょうか」
「そうだね。さっさと終わらせようか」
背負っている籠を地面に下ろし、ランプを手に取って再び籠を背負った。
フェリたんも同じようにランプを手に取ると、自分の指先に小さな火の玉を出現させてランプの中の発火材に火を付ける。
「あっ、俺のもお願い」
「はいはい」
便乗して俺のランプを差し出すと、何やら不満げな表情をしながらも渋々火を点けてくれる。
そんな顔されてもね……俺が魔法使えないの知っているでしょうに。
「礁燃石を採るときは注意してくださいね。むやみやたらと岩を砕いていたら火が点きますよ」
「分かってるって」
フェリたんの忠告をさらりと流して、俺達は洞窟の奥へと踏み入った。
1)礁燃石:この世界でのいわば燃料のようなもの。火打ちで火を点ける事も出来るが、フェリアスのように魔法を用いて火を点ける事も出来る。実用性は多岐にわたり、料理やランプの火種として使う事や、ほかの鉱石と配合すれば爆薬を作る事も出来る。市場では礁燃石を砂になるまで砕いて水やその他の鉱石を加えて練り、粘土のように固めたものが出回っており、丸型、円盤型などの種類がある。もちろん、石のままでも十分な可燃性はあるが、使用用途によっては強すぎる事もあるため加工品も流通している。




