プロローグ ~無職師範は今日もうそぶく~
「おーい! そっちの畑の収穫はまだなのか!? 朝のうちにやって欲しいんだが!」
「ちょいと待ちなよ! まだこっちの仕事が終わっていないだろ?」
朝からせっせと働く村人達の声が聞こえて俺は思わず頬が緩んだ。
広さ6畳程度のゴミ溜めみたいな元物置小屋であるこの小屋に住み着く俺は、ベッドに寝ころんだまま親父のように肘で頭を支えて外を眺めている。
魔王が復活して数十年。その魔王のせいでこの世界の人々の生活は日々脅かされていた。
とは言いっても俺がこの世界に召喚されてからというもの、魔王の魔の字すらないほどに実際に魔王が絡んだ事件など何一つ起こっていない。
強いて言うなら、魔物や魔獣の方がよっぽど人々に悪い影響を与えている。農作物の被害とか家畜が襲われたとか悪いものでは人が襲われたとか、魔王は俺と同じ性格なんだろうか。だとしたら結構相性良さそうだな。
ぶっちゃけ、魔王が積極的に動いてくれない方が俺にとっては安心なのだ。働かなくていいし面倒事にも巻き込まれなくて良い。
無職である事に誇りを持っている俺にとっては、これほどの喜びはないのだ。
無職万歳! ニート万歳!
とはいえ、魔物や魔獣の被害はこの村も例外ではない訳で。
そんな危険な魔物が入り込まないように、日々ベッドの傍の小窓から外を監視するだけの簡単な仕事をこなして今を生きている。
まぁ、別に頼まれたわけじゃないけど。ベッドの頭側に丁度良いくらいの小窓があったからってだけ。
やってるふりやってるふり。気分が乗った時しかやってないね。
だって……一度も被害に遭ってるところ見た事ねぇし。
「眩しい……」
窓から差し込む日の光の眩しさに堪らず目をギュッと閉じる。
俺は寝ころんだままカーテンに手を伸ばして掴むと、そのまま勢いをつけて閉めた。
これでよし……さてと、また寝るか。
今日にして五度目の睡眠をとろうと再び目を閉じるも、さっきの眩しさのせいで目が冴えてしまった。
目を閉じても照りつける太陽が視界を明るくするので、気になって眠れたものじゃない。
「……ああ、暇だ」
寝ぼけ眼を擦りながら、頭下にある冷蔵庫を横になったまま開ける。が、中には何もなかった。
いいや、厳密に言えば白い芽を生やしているじゃがいもが一つ冷蔵庫の隅に置いてあるのみ。
今日も必死に生きようとしているな、感心感心。
そう思って冷蔵庫を閉めるものの、俺の腹の住人はそんな事で満足しなかったらしく。
腹に振動を与えるほどに響く悲しげな音が一つ。
「仕方ない。外に出るか」
俺はベッドから起き上がると、重たい腰を上げて外へ出た。
壊滅的に住民不足のこの村。住んでいるのはハゲイなク村長と血糖値の振り切れてた腹黒王女様、そしてモブみたいな村人数十人。
この村に追放されてから半年ほど経つが、相変わらず何もない。
一日中ゲームして引きこもっていた俺が半年もこの村で過ごせた事が奇跡のようだ。
あくびを一つ交えながらトボトボと村を散歩していると、一軒の家の前で足を止めた。
俺が今住んでいる、物置のようにクソ狭い家よりも数倍は大きな家。
そう……あの腹黒王女様が住んでいるのだ。
俺は勇者なのに、何でこんなに扱いが違うんだ! まあ、元勇者なんだけど。
格差に不満を感じながらも俺は日常的にやっているように、いつもの通りに、もはや習慣とも思えるほどごく自然に腹黒王女様の家に入るべくドアノブに手を掛けた。
「やっほー! おはよう、フェリたん! お腹空いた! 結婚してぇぇぇぇぇ!」
『カチッ』
扉を開けて声高らかにフェリたんに愛のコールをする。
だが、言いながら家に足を踏み入れたところで何かスイッチが入ったかのような不思議な音が聞こえた。
直後に目の前の壁に出現する、巨大な魔法陣。それは瞬時に光を強め……
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大量の光の槍が俺に襲い掛かった。