Correct village-6 devil with green eyes
「あの・・・他に僕に何か出来る事はありませんか?」
ミノルはユイアに質問する。ミノルは自分の命を救ってもらったのに自分はその対価の情報を全く提供できなかった。それの捜索を頼まれたもののそれだけでは命を救ってくれたユイアの行動と釣り合わないと彼は考えているのだ。
「そうだな・・・いや、これは少し難しいものになるな。」
ユイアは考える素振りをして何かを提案しようとする。しかし、直ぐにその案を却下する。だがミノルはその呟きを耳聡く聞いていた。
「良ければ聞かせてもらっていいですか?」
「・・・まあいいか。実は『ユイアの書』以外にも出来れば顔を見たい人がいて行商している面もあるんだ。ミノルがその人に会ったら優しくしてやって欲しい。」
ユイアが言ったお願いとはそこまで難易度の高いものではなかった。いや、『出会う』ということに難易度が極振りされている依頼なのだろう。そもそも会えるかどうか分からないから『少し難しい』のだろうとミノルは結論付けた。
「分かりました。どんな特徴なんですか?」
「それは・・・確かそこの紙束の下の方に似顔絵があるからそれを見てくれないか?その方が口頭の説明よりよっぽど分かりやすいと思うから。」
そう言われたミノルは指を刺された方に雑に放ってある紙束を引っ張り出す。三十枚程度の紙束の一番下を引っこ抜いて見てみるがそれには似顔絵は描かれていなかった。
ユイアは下の方としか言っていないので一番下だとは思っていなかった。なのでまた下から紙を引き抜こうとしたが、一番最初に引っこ抜いた紙に書かれている文字が目に入って思わず其方に注目する。
“話に付き合ってくれてありがとう。お陰で気が晴れたよ。”
そのたった一文だけが記されていた。宛先も書かれていないメッセージだが何となく、ミノル自身に対して書かれているような気がした。
(いや、それは常識的に考えてないだろう。だって今ここにユイアさんは居るんだから、言いたいなら普通に話しかけてくるはずだ。)
そんなことを考えながら御車の方を眺めると、そこに人影は無かった。
「え?」
馬車は自律して動き続け、荷台にミノルが一人。そこにユイアの姿は無かった。
ミノルは急いで御車に駆け寄るがやはりそこにユイアは居なかった。荷台から見えない場所や、果ては荷台の天井まで調べたが人影はない。
既に結論は出ていたがこれは改めて現実を認識するべきだろう。
「ユイアさんが、消えた?」
理由や手段は分からない。だが、自分を救ってくれた実力を見ると瞬間移動くらい出来ても不思議ではない。既にユニコーンやワイバーン、魔法まで見たのだから本当にやってしまいそうだ。周囲を見渡すがそこには相変わらず視界いっぱいの草原が広がるばかりで人影は確認できなかった。
その時、頭の中に通知音が届いた。
≪アナライズの許可が下りました≫
ワイバーンの時とは違う文章だったがそれは気にせず鑑定で来たのかと思考を巡らせると自然と目の前に表示された。
≪名前‐にぐるま =ネームド= ≫
≪種族名‐デウス・エクス・マキナ≫
≪レベル‐なし≫
≪攻撃力‐測定不能≫
≪防御力‐測定不能≫
≪魔力‐測定不能≫
≪スキル≫
・所有者による干渉の制限
-所有者・・・ミノル
・不壊
≪備考‐ユイアの手紙≫
伝えたいことはさっきの紙束に書いてあるからそれを読んで欲しい。
出てきた情報に吹き出しそうになった。
「ふふ・・・『にぐるま』って・・・」
これ程立派な馬車に平仮名で『にぐるま』とつけるその精神には唯々驚いた。自分が元々居た場所・・・元の世界ではこんな名前を付ける人なんて滅多にいなかった。そもそも自分の周りには一人もいなかったと思う。
この世界の標準かどうかはまだ分からないがまたこのような不意打ちで感情を表に出さないように意志を固く持ち直す。
「紙束は・・・これかな。」
膝元にある紙束を拾い上げる。馬車特有の揺れが全くない為積んでいる荷物はおろか軽いはずの紙束さえ微動だにしていなかったため直ぐに見つけることが出来た。
次は一番上の紙から読んでいく。
“ミノルがこれを読んでいる時には、既に俺は死んでいるだろう。”
唐突なカミングアウトに驚き、ミノルは慌てて二枚目に目を移す。
“という書き出しの置手紙を一度やってみたかったんだ。”
冗談だったことに胸を撫でおろすが同時に乾いた笑みがこぼれる。
“まだ生きてるってばよ”
“その馬車と馬はこれからはミノルの移動の足として使ってくれ。少なくともそれが無いと町まで安全に行けないから無いと困るぞ。だから返却は考えなくていい。”
“あと、出来ればだが売らないでくれると有難い。”
“その馬車はミノルにしか使えないように作られているから何処かで馬車が使えないってクレームが出るかもしれないからな・・・”
ステータスにそのようなことが書かれていたことを思い出したミノルだが、元より貰い物を売却しようなんて考えるほど心根が悪くない。
それから十数枚に渡って語り掛けるような、ユーモアを含んだ色々なメッセージが残っていた。人がいないお陰で久しぶりに心から笑顔が出たミノルは心の中でユイアに感謝を述べる。多分、面と向かってこのような会話を切り出されたとしてもミノルは仮面の様な作られた笑顔しか作れなかっただろう。それがミノルという人間だ。
仮面を付けていないのは一人の時だけ、そんな性分を理解してこのようなメッセージを残してくれたと思うと胸が暖かくなる。
そしてもうすぐ全部読み終わるというという時、何というか、コメントに困る紙が一枚あった。
“優しくしてほしいって言った人の似顔絵だよ!”
その似顔絵は酷く独創的な、そう、抽象画に近い何かが描かれていた。辛うじて輪郭のような物があるため恐らく顔であろうと予想できるが肌色がその輪郭の外まではみ出ていて輪郭が輪郭として機能していない。あと、鼻が目の上にあることもそれを似顔絵と素直に受け入れられない理由の一つだ。もしかしたらミノルは似顔絵を逆さまにして見ているのかもしれないがそう考えると逆に口が目の上にあるように見える。
“緑色の眼をしてて、可愛いだろ?”
下の方にそう書かれているが正直、この絵を見て目が緑色になっていると断言するのは難しい。多分目は緑色に塗られているのだろう。だがそれに肌色と多分頬の色の赤が混ざって濁った黒の様な色にまとまっていた。
取り敢えず、この絵の人物は女性で目が緑色だということしか分からなかったと言っておこう。何故女性と分かったのかと言うとユイアが『可愛い』という単語を使ったことに由来している。あの人物が男に可愛いという単語を使うとは思えないし、気のせいかもしれないが髪の毛が長く描かれているように見える。真っ白な絵の具で外側を縁取られているそれを髪の毛と解釈した場合の話であるが。
ユイアの絵心に何とも言えない顔をしているミノルだが、これ以上の情報は得られないだろうと次の紙を見る。
これが最後の紙だが、何が書かれているのだろうと期待を胸に紙をめくる。
“そして最後に、”
書いてある文章はそれだけだった。
「そして最後に?」
これは正真正銘最後の紙のはずだ。
「あ・・・そう言えば最初に取った紙は一番下だったから・・・」
そして最後に、“話に付き合ってくれてありがとう。お陰で気が晴れたよ。”ということなのだろう。
「・・・こちらこそ」
ミノルは命を助けてくれた恩人に心からの感謝を述べた。
若干しんみりした空気になっていたところに空気を読まず脳内に通知音が鳴る。
≪アナライズの許可が下りました≫
今度の鑑定は馬の物だと理解したミノルは正直に結果を目を通す。
≪名前‐猫 =ネームド= ≫
≪種族名‐デウス・エクス・マキナ≫
≪レベル‐なし≫
≪攻撃力‐測定不能≫
≪防御力‐測定不能≫
≪魔力‐測定不能≫
≪スキル≫
・所有者による干渉の制限
-所有者・・・ミノル
・不壊
≪備考‐コメント≫
ねこだよ?馬じゃないよ?ねこだよ?
ミノルは久しぶりに大笑いした。