Correct village-5 god of murder
「それで、取り敢えず名前を聞いていいか?」
青髪の少年は唐突に質問を投げかけた。理解の範疇を超える実力を持った竜を『回収』して数十分経過した現在、馬はガラガラと一定の速度で馬車を引いていた。
「ぼくは時憑稔と言います。・・・あなたは?」
「俺か。」
青髪の少年は不機嫌さを隠そうとせず悩ましそうにする。
(嫌なら言わなくてもいいんだけど・・・。)
ミノルは嫌がっている人間に強要するような人間ではない。それ程我を通したことは無くどの様な場面でも多数に協力、もとい流されて行動していた。しかしそれ以上に不機嫌そうにしている人間に意見を述べるほどの強い心も持っていなかった。
「・・・名前は『ユイア』と言う。ユイア・シークェでフルネームだ。適当に、ユイアと呼んでくれればいい。俺もお前のことをミノルと呼ぶから。」
ユイア、と名乗った青髪の少年はやはり不機嫌な様子だったが何故か、本当に何故か答えてくれた。日本という暴力が法で禁止されている国に生まれ、それ故言葉での騙し合いが異常に発達してしまった社会で育ったミノルは人の心の機敏に敏感に反応する。その所為でユイアの不機嫌な態度が偽物ではないことは分かっていた。
なのに自分の要求を呑む姿勢に疑問を抱くのは必然だろう。
「質問を一つ、良いですか?」
食料を分けてくれると言ったこともそう、竜に怯えているのを見て討伐してくれたこともそう、そして今回だ。
動機が全く分からない。不機嫌なのは嘘じゃない。だが自分に良くしてくれているのも事実。
「いいが、何だ?」
「どうして僕の要求に答えてくれたのですか?」
ユイアはミノルの質問を聞いて表情が緩む。険しい表情が呆けたような、怒気が霧散した表情に変わった。
「困っているヤツを助けるなんて当たり前だろ?特に今回は助けなきゃお前は死ぬことになるんだ。俺が手を差し伸べなかったから死ぬなんてのも目覚めが悪いしな。・・・じゃ、ないか。」
(『じゃ、ないか』?)
ミノルはユイアが言った最後のセリフがどのような意味を持っているかに興味を持った。ユイアは確かにミノルがした質問に回答した。その中に否定するべき内容は無かったはずだ。
「お前が本当に聞きたいのは『俺の態度について』だろ。」
「!!」
確かに言葉を選ばず本題だけ切り取って言えばそうなるが、まさか先の会話でそこまで内心を暴かれるモノなのかと驚愕を覚える。
そしてそれと同じくらい回答に気になっている自分も居た。
「・・・探し物が見つからなくてイライラしてたんだ。それで思い詰めていてな・・・だが人と会話して少し晴れた気がするよ。八つ当たりしないように人を避けていたが普通に話すだけでこれだけ心が軽くなるものなんだな。」
そう言うユイアの表情は晴れ晴れとはいかなくとも憤りが周囲に漏れるほどの怒気は感じられなかった。
(心根は優しい人なのかな。日本ではこんな優しい人には出会わなかった・・・と、思う。)
「そう、それでだ。俺はお前に情報を提供することを条件に食料を分けて欲しいという要求を呑んだわけだが、その質問はその『俺の態度』が悪い原因についてだ。」
ユイアはミノルに問いかける。ミノルは先までと同じような緊張に襲われる。ユイアの表面的な怒気は収まったので今までのように何時怒りが爆発するかとはらはらする緊張感ではなく、ユイアの真剣な雰囲気に押されて緊張感がぶり返してしまったというものだった。
さらにこの状況下で、情報を提供出来なかったから馬車から降りろと言われるかもしれないと悪い予想が立ってしまったことも一つの理由だろう。
「僕はこの辺りに疎いので・・・その質問には答えれるかどうか分かりません。」
「ああ、気にしなくて良い。そもそも『知っている』と答えるやつの方が稀な質問なんだ。ダメ元と言うか、次会ったときにその情報を耳にしていたら聞けるように予め意識させておくため・・・布石的な質問だからな。」
それを聞いて少し安心する。逆に自分が危惧していることが馬鹿馬鹿しく感じるほどだ。
(そうだよね。この人はとても優しいんだ)
だがその優しさに甘えっぱなしというのも気が引ける。出来ればその情報が自分の知っているものだったら良いなと願うばかりだ。
「『ユイアの地学書』って知ってるか?」
「地学書?ユイアさんが作った本ですか?多分知らないと思います。」
最初の一歩で挫折してしまった。
「本当に気にしなくて良い。次会ったときに同じ質問をするから気が向いたら探してくれ。・・・ああ、名前だけじゃ探しにくいだろうから特徴を幾つか伝えておく。」
「はい、お願いします。」
地学書と言うくらいだから何かの教科書だろうかと勝手な想像をする。が、その『地学書』の特徴は驚くべきものだった。
「まず始めに俺が探している本は三冊、『ユイアの地学書』『ユイアの物理書』『ユイアの語学書』だ。」
(三冊とも知らない名前だな・・・)
「次にその本の特徴だが、見た目は茶色に金の刺繍が施されていて、裏表紙の中心に地学なら『地層』、物理なら『球』、語学書なら『広葉樹の葉』の印が押されているんだ。あと、『見たら吐き気を催す』『触ったら全身から血が吹き出す』『中身に目を通したら死ぬ』。だから持ち運ぶときは布に繰るんで持ち運ぶと良い。別に落としたところで爆発したりとかはしないから、気を付けていれば安全な代物だよ。」
その恐ろしい特徴にミノルはたじろいだ。そんな、狂気を詰め込んだような書物があるなんて思ってもみなかった。日本でも呪いの本やそれに似た都市伝説が幾つかあるが今聞いた特徴はその都市伝説を遥かに越える『いわく』がついている。
「それは呪いの本か何かなんですか?あと、その本の名前にユイアさんの名前が入っているのは・・・」
「一つ目の質問は外れだ。これは呪われてるんじゃなくて適正がないと見れないようになってるんだ。だからごく稀に見ても何ともない、触ってもなにも起こらない、中身を見ても死なないヤツもいる。だが本当に稀だから試そうとしない方がいいな。ただ、制作者の憎悪がたっぷり詰まっているからそう言う意味では呪いの本と言っても過言じゃないかな・・・?」
ユイアはそこまで言い切ると、二つ目の質問についてどう答えて良いか思考する。これは正しい説明じゃないけど、と前置きを置いて次の質問の解を話し始めた。
「ええとな、そうユイアっていう同じ名前の双子の兄がこの本をつくって、俺こと双子の弟のユイアが本を回収しているっていうのが一番近いかな?」
「双子の名前が両方ともユイアなのは何故なのでしょうか?」
ミノルの尤もな疑問にユイアは頭を悩ませる。
「さっきも言ったとおりコレが正しい説明ってわけじゃないんだ。『俺』はこんな本作ってないしこの世界の何処かに捨てたわけでもない。だが『ユイア』は確実にこの世界に三冊の本を捨てていったんだ。コレを正しく説明したいなら『量子力学』あたりから『多元宇宙論』、『立体交差平行世界論』、その他幾つかの分野を理解しないといけないからな・・・聞きたいなら話すけど多分一日六時間で半年から一年くらいかかる話になるぞ・・・。」
「いえ、すみません・・・結構です。」
ミノルは先の説明で自分を納得させることにした。量子力学なら何処かで聞いたことがあるが、多元宇宙論や立体交差平行世界論なんて耳にしたこともない。その程度の知識量しか持っていないため必然的に一からの説明になるが、そんな長い時間ユイアの手を煩わせるのはミノルが持ち合わせている小心では実行不可能だった。