Correct village‐4 color of fear
「死んだ・・・。」
少年は無意識の内に絶望が形となって口から零れ落ちた。
何となくだが、この『相手の能力値を見る』という能力の概要は理解していた。測定不能とは、自分の力量が足りていない所為だし、スキルに至っては妨害されてしまっていると分かりやすく記されている。
「ん?・・・ああ、そいつ倒したほうが安心できるのか。」
しかし青髪の少年は取り乱す様子は無く、先程から後ろから命を奪おうとついてくる竜巻をまるで取るに足らないモノの様に扱っている。
「―――――!!!」
竜の咆哮が少年の心臓を掴む。極度の緊張か、将又スキルの所為か、少年は胸は苦しくなり足が震えて動かなく、そして頭は真っ白になりありとあらゆる思考を放棄してしまう。
だが、その硬直も十秒程度で解ける。この十秒が長いのか短いのかはその状況次第なのだが、少なくとも、正面戦闘している場合の十秒の硬直は確定した“死”を意味するだろう。少年が硬直から覚めたのは効果が切れたわけでも抵抗して効果を跳ね除けたわけでもない。
―――コロコロ、ポフン。
青髪の少年がその恐怖の対象を処理したからだ。
青髪の少年は左手でしっかり手綱を握ったまま右手で荷物を漁り、半径十センチ程度の球体を取り出し地面に転がしたのだ。
それは狙いすましたように竜巻に吸い込まれていき、直後間の抜けた音と共に竜巻を飲み込んだ。
いきなり足を掬われた(勿論比喩であるが、この魔物にとって竜巻とは人にとって手足に等しいものなので一概に比喩という言葉で片付ける事は出来ない)竜巻の主は自然の法則に従い地面に熱烈なキスを落とした。
草原の草花を優しい一筋の風が撫でた。心なしか草原の花は鮮やかに咲いているように見えた。
青髪の少年は馬車を止め、馬車から下りた。何をするのか少年には分からなかった。青髪の少年は竜巻の主へ歩を進めた。少年はその光景を見てまさか、と馬鹿げた想像を脳裏に浮かべた。それは最初に捨てた可能性で、実際に行われようとしている事実でもある。
つまり青髪の少年はあの竜巻の主にとどめを刺しに行こうとしているのだ。
この世界・・・もしかすると今までいた世界の知られざる一面の可能性もあるが、その可能性は早々に捨てたので異世界と仮定して話を進める。今いるこの異世界での常識は全く知らないが、少なくともこの竜巻の主が恐ろしく強いということは分かる。
そんな恐ろしい存在にわざわざ近付くなんて正気の沙汰ではないと少年は思った。
しかし同時に青髪の少年が使った未知の球体の恐ろしい効力も目の当たりにしている。なのでもしかしたらそれに列なる素晴らしい道具を持ち合わせているのかと期待もしている。
魔法が有ると知ってそれが自分も使えるの検証するかどうかという選択肢が出たところを見て分かる通り、少年も男の子であり、それに憧れを持っているのだ。
勿論危険な目には遭いたくないだろうしもし青髪の少年が何の対策もなく竜巻の主に近付いていた場合運悪く殺される可能性もある。その場合少年は御し方の分からない馬車を抱えたまま竜巻の主のおやつになる未来は避けられないだろう。
だがその可能性を考慮しても青髪の少年を静止を促さずこれからどのような手段を用いて竜巻の主と相対するのかを見てみたいという欲求を止めることは出来なかった。
「・・・?」
先程まで恐怖で怯えていた少年がいきなり不安の感情に織り交ざって、先程まで全く感じなかった所謂期待の目線をこちらに向けていることに青髪の少年は不思議に思ったが、その理由を考え始める前に竜巻が自分を包んだため其方にキャパシティを割くことにした。
「!!」
少年は驚愕を露わにした。青髪の少年が竜巻に呑まれた。それを見て落胆に近い失望の感情が芽生えたがそれが表情筋に伝わる約十分の二秒が経過する前にその竜巻は掃われていた。そう、先程までの超異常的な現象を目の当たりにしていなければ確実に気のせいだと処理していただろう。
少年の手にはおよそ携帯電話大の黄色い結晶があった。それの色は徐々に赤みを帯びていき、一秒もしないうちにパリンと砕け散った。
青髪の少年の手の中から零れ落ちるクリスタルミストは幻想的で、それが零れ落ちる地面を妖精の園に変えているような印象を受けた。青髪の少年の足元の花々は自らの上に立つ彼を祝福するように笑っている。
青髪の少年を竜巻から守った結晶の残り香が全て地面に落ち切った頃、それに目を奪われていた少年はふと青髪の少年の方に意識を向ける。
何時、何をしたのだろうか、抵抗した様子もない綺麗な生首が青髪の少年の前に鎮座していた。その生首は言うまでもなく竜巻の主の物である。少年は既に恐怖は無く、どのようにしたのかを見れなかった悔しさを感じていた。
脳内麻薬をかなりの量を分泌している様子で、これでは死の恐怖を思い出して震えるのはかなり先になりそうだ。
「魔術展開、回収」
青髪の少年が何か呟く。少年にはその声は届かなかったがその後の光景を目の当たりにして何をしたのかを理解した。ファンタジージャンルで多用されている『亜空間収納』または『アイテムボックス』だ。それは容量が有限から無限、中身の時間がゆっくりになるの物から完全に止まるものまで効果の強弱は様々だが、一貫して人間の持ち運べる最大量を増やす便利な魔法である。
それを主要素として書かれている小説がいくつもある程ポピュラーなものだ。
「・・・凄い」
いきなり訳の分からない場所に居た少年が、この三日間で・・・もしかしたら生まれて初めて純粋な正の感情で胸がいっぱいになった。
少年だってその内帰郷の念を感じて寂しくなるだろう。だがそれを踏まえてここで魔法を自分の物にしたいと、どれだけでも時間をここで過ごしたいと思ってしまった。現実を覆せるほどの超常的な力を手にしたいと感じたのだ。
少年の冷めた部分が現実を覆すために現実から逃げているのは何とも矛盾しており滑稽なことだと、少年は自虐し、少年の胸はずきりと痛んだ。
「はぁ。使った道具の材料費と利益を計算すると・・・まあ、若干の黒字って所か。二つともコストダウンしないと売れないか。」
少年はそのセリフに驚きはしたが納得した、という感情も芽生えた。
何のために馬車に乗って移動していたのかという問いは恐らく魔道具を売って回っているという回答で七十点は取れる回答だろう。
青髪の少年はまだ頭の中で勘定を続けているようでまだぶつぶつ言っているが、体は馬車を動かすために御車に着き手綱を握っていた。全く器用な事である。
ガラガラと馬車の車輪が鳴り始める。風が程よく頬を撫でた。その風には先ほどまでの暴力的な圧力は無く、命の危機を感じたことが夢か何かの様に感じた。
だがその浮ついた気持ちは直ぐに現実に引き戻される。ふわりと暖かな風を体が感じた頃、まるで今から一日が始まるかのように地平線の彼方から太陽が昇り始めた。
ゾッとした感覚に陥った少年は馬車の荷台から身を乗り出すと丁度真上に太陽があった。視野に二つの太陽がある光景は正に異世界といえるものだが、先程の自然現象の竜巻が魔物の起こした現象だったようにあの地平の先の太陽も魔物じゃないのだろうかと深読みしてしまうのは仕方ないと思いたい。しかし深読みではないと告げるように青髪の少年は、
「・・・あの魔物はかなり距離があるからこの速度でも逃げ切れるぞ。」
そいうものだった。
異世界とは、これほどまでに命の危険にさらされる場所だったのか。少年は荷台に寝転がり脱力して溜息を吐くかのように呟く。
「・・・わけが分からないよ」