Correct village‐1 forest
====回想====
これは中学一年の二学期にあった出来事だ。体育祭の係を当然の様に押し付けられ、それでも何とか頑張ろうと試行錯誤し、果ては時間外にも色々作業を行った。無私の精神で体育祭に貢献する素晴らしい生徒だと印象が残ってほしいと細やかな期待を胸に頑張っていたのだが、先生の評価は下がるばかり。取り入ろうとしている考えが見え透いていて気に入らないと、その手には乗らないと僕の内申点は水平を維持するどころか一点、一点と少しづつ、しかし確実に減っていった。
確かに媚を売ろうとする姿勢が気に入らないのは分かる。だが、行動としては善行その物なのに内申点が下がるのは全く意味が分からない。
だが、最後にはみんな認めてくれると無理矢理顔を笑顔にし、率先して仕事をこなしていく。それに比例するかのように周りの人間は離れていき、それを取り戻そうと躍起になって作業をやった。正門のアーチも殆ど僕がやったものだし、クラス旗のデザインや色塗りは、手伝いはあったけどそれでも僕が主導してやった。
当日、最初の方は正門のアーチもクラス旗も人気だった。例年より気合の入った素晴らしいものだと皆口を揃えて言ったが僕が作ったものだと分かれば途端に手のひらを返し、それどころか同じクラスの奴が旗を踏みにじり僕に言い聞かせるかの様に何度も何度も『ダサい』『キモイ』『最悪』、と。
体育祭は大成功だった。僕のクラスが入っていたブロックは優勝し、ブロック旗は見事最優秀賞に選ばれた。クラスの皆は笑顔で喜び合い、称え合った。そのクラスの輪の中に僕は居なかったけど、皆が笑顔になったのなら体育祭は大成功だったなと、千切られて、殴られて、ボロボロになったアーチを眺めながら笑顔を作った。
僕の努力は、さて、何に貢献したのだろうか。
もしかしたら僕はこの時から、自分の表情を取り繕うようになったのかもしれない。
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実際、僕はこのような森を見たことが無かった。いや、僕は別に世界中の森を知り尽くした森マスターで、この森は地球上で未だかつて誰も来たことが無い未踏の森だと確信を持って言っているわけではない。ただ、図鑑は読んだことがあるため、世界中どこを探しても青色の葉っぱが付いている木が無い事くらいは知っていた。少なくとも日本でこんな広範囲の葉を青色に塗るという企画をしているという話を聞いたことが無いので、自分の予想が正しければここは日本じゃない。
そもそも遠くに見える角の生えた馬が居るため、ここが書物である程度知っている太陽系第三惑星地球かどうかも怪しい。
もしかしたらそういう撮影用のセットなのかもしれない。撮影中の映画の撮影場所なんて基本公開しないだろうから、誰かに僕は此処に偶然迷い込んだと言われたら信じてもいいかもしれない。
ただ、それでは僕がトラックに轢かれる直前からここに至るまでの記憶を完全に忘れていることが説明できない。
少なくとも、今は異常な状況下にあるのだろう。
「・・・?」
角の生えた馬の数が増えていた。先程は一頭しか見えなかったのだが、今は親子で合計三頭見える。どれも額から角が生えており、角の生え際からの角度が同じところを見るとまるで生物的に最も必要な角度を保っているような印象を受ける。いや、もしこの角がセットされたものなら余程時間をかけて全ての馬の角のセットをしたのだろうという現実的な思考も同時に進行しているため角の生えた馬の評価は相も変わらず『不思議』を維持している。
いい加減認めてもいいのかもしれないが、僕はここが地球ではない何処かだと感じていた。足元の土も若干異なる性質の土になっていた。この地域だけの特異的な土なのかもしれないし、流石に土、延いては地層の図鑑なんて今まで開いたことが無いので『僕が居たところの土とは違う』とまでしか断言できない所が少しつっかえる。
他に何か、何でもいいから判断材料が欲しいと辺りを見回すが周りは木と土、少しばかりの石と角の生えた馬しか無い。どうやらここから動かない限りこれ以上の情報は得られないようだ。
食べ物もない、どこに行けばいいのか分からない、どの様な害獣が現れるか分からない、と、どれ一つ命の保証をしてくれない状況ながらも少年の顔には微笑が張り付いていた。
「あ・・・」
だが、少年はここで思い出す。自分が何故いつも笑顔を作ってきたかを。ここには人は居ないし自分の心が傷つく要因は全くと言っていいほどない。辛いときに笑顔を張り付けて何とも無いように振舞い、悪意を躱すという名分が無い今、別に表情を取り繕わなくてもいい。
少年はぐぐっと顔に張り付いた笑顔を崩そうとするが今の状況が頭から離れず表情が元に戻る。これはもう癖だなと、半ば諦めて沈んだ太陽の方へ歩き出す。
笑顔がどうとか、言っている場合ではない。動かなければ死ぬ。ならば動こう。
既に自殺も何度かしたし、トラックに轢かれそうになった身ではあるが別に理由なくポンポン死にたいと思えるほど心は病んでいなかった。
少なくとも自分を知るものは居ないだろうこの新天地に、やはり、小さな、本当に小さな希望を胸に抱いて少年は真っ直ぐ地平の下にある太陽に向かっていった。