Sealed green eyes-1 forced voice
ミノルは目を覚ました。
意識を失う直前に何らかの強い衝撃を受けたようで意識を失う前後があやふやなようだ。
(確か、谷底に突き落とされて・・・運よく死体の山に着地して命だけは助かったんだったっけ?)
微かに甘い匂いがする。頭の下にはふんわりとした感触があり、その気になれば今から二度寝を敢行出来そうなほど気持ちがいい。
しかし、不思議なのがその感触、フワフワしているのにその奥に固さが秘められてあり、微かだが一定間隔で振動を感じる。
そう、具体的には人肌に近い何かのような・・・
「あれ・・・そう言えば五体満足なうえに傷が一つもついてないのは何で?」
「やっと目を覚ましたの。」
愛くるしく蕩けそうな声が耳元で響き意識が一気に覚醒する。
閉じていた眼を一気に見開き視界を確保する。目の前には布の薄いワンピースが一面に広がっている。黄色い布の奥には隠しきれない白い肌が透けて見えており、顔が熱くなる。
跳ね起き、数歩後退する。
「いきなり動くとフラつくかもしれないの。」
言葉の主はやはり鈴を鳴らしたような声をミノルに投げかけている。ミノルは言葉通り若干体勢をを崩したが直ぐに両足で地面を踏みしめバランスをとった。
「・・・っ!、誰!ですか・・・?」
ミノルは現状を上手く把握できなかった。
現在地点は紛れもなく谷底。遠くに見覚えのある小山が見える事から落下地点との距離はほとんど離れていないことも確認済みだ。
だがしかし、目の前にいるのは絶世の美少女。髪は透き通るような銀髪で著しく光量が足りない渓谷の底でも光を反射し、まるで自ら発光しているかのようだった。双眸は深い翠で、しかしながら光を多分に含んだエメラルドの様な輝きを放っている。しかも柔らかな微笑みを湛えながらミノルを膝枕していた。何がどうなってそうなったのか皆目見当がつかない。
「相手に名を聞くときはまず自分から名乗るのが礼儀。ルールに従うの。」
慣れ親しんだフレーズだが異世界でもこういう考え方はあるんだなと少しばかり関心が先行し、言葉を返すのに少々遅れる。
「あ、えっと・・・僕はミノルと言います。貴女の名前は?」
「私の名前はサティナ。サティナ・トワイライト。由緒正しきお父様の偽名の一つの『トワイライト』を勝手に名乗ってる者なの。」
「大丈夫なのそれ。」
反射的にツッコミを入れてしまったがサティナと名乗った少女は満足げな表情をしている。こんなやり取りを彼女は想定して、若しくは誰かと似たようなことをやっていてこの言葉を発したのだろう。ミノルの反応はサティナにとって九十点ないし九十五点だったのだろう。
「あの、質問いい?」
サティナのジョークに話題を掻っ攫われようとしたがミノルはなんとか自分の話題を再度会話に持ち出す。質問とは勿論、彼女がどうしてこんな所に居るかという点と、彼女の正体だ。流石に谷底に唯の女の子が居るはずの無い事は自明の理だ。
「いいの。ただし質問一つにつき一枚『頭を撫でる券(十分)』を私に献上するの。」
「それ、見ず知らずの人に貰っても特に使い道がないんじゃ・・・」
しかし、十分・・・腕の限界に挑戦するかのような数字を提示するとはなかなかやるな・・・と頭の中で馬鹿なことを考える。
もし仮にその券が使われたとしてもミノル的には万々歳と言うか、合法的にあの綺麗な髪に触れることが出来て幸せというか・・・まあマイナスなんて一切ない。しかし、二枚で、ニ十分。自分の腕と相談しなければならない数字だ。
そんな悩まし気なミノルを見てサティナは助け船を出す。
「『頭を撫でる券(十分)』はニ十個のマスがあって、三十秒ごとにセーブアンドロードが出来る仕様になっているの」
「なにそれ僕に優しい」
恐らく自分より歳が若いであろうサティナの助け舟で目下の悩みが解決してしまった。まあ、その悩みの種を作ったのもサティナなのだが。
「じゃあまず一つ目だけど、何でこんな谷底にいるの?」
「悪い奴らに騙された所為。足元を見るの。」
ミノルはサティナを指示に従い下に視線を向ける。
「この封印の魔術陣が私をここに縛ってるの。あ、足元を見ることを促したけどミノルがこの魔術陣が見えてるかどうかは知らない、考慮してないの。」
「先に確認して欲しかったかな。うん、まあ、薄らだけど見えてるよ。」
地面には薄らと光の線が幾重にも張り巡らされており、正に『幾何学模様』といった感じだ。・・・真ん中にでかでかと漢字で『封』なんて書かれていなければ心の底から初めての魔術陣に興奮を覚えただろう。
「あの中心に書かれている文字って、どこの言語の奴?」
「知らないの。大体どの魔術陣にもアレに近い文字が書かれてるから『魔術文字』って名づけられているの。」
(そうなのか・・・中国産甲骨文字の進化系漢字様は異世界で大変頑張ってらっしゃるようだ。)
こんな所まで来て懐かしの漢字を見れるとは思っていなかったミノルだが、元の世界への未練を完全に断ち、全て忘れてこの世界で生きることを決心した決意が思わぬ所で覆され、なんとも微妙な気分になった。
「因みに、封印された理由は?」
「私が悪魔族っていう、一人で国の一つや二つ壊せる超生物だったからなの。」
「おおう・・・」
少し後ずさる。
(こんな女の子が国を亡ぼせる超生物・・・ん?じゃあどうやって捕まったんだ?)
またも心を読んだかのようにミノルの疑問にサティナは答えた。
「簡単なことなの。美味しいお菓子があるって言われたからついていって、森を越え山を越え、マヤを超え谷底に来たの。そうしたら漸くその人がお菓子を出すっていうからワクワクしながら封印の儀式を一か月にわたって見ていたら儀式が終わって魔術師が帰り始めたの。その時、私は騙されたことに気が付いたの・・・」
「何所から突っ込んだらいいのかな。」
なんか森と山を越えた後に古代文明を一個横断してなかった?封印の儀式を見て何でまだお菓子をくれると思い続けれたの?一か月も。騙されたことに気が付くの遅くない?あと、知らない人について行っちゃダメでしょ!
「お菓子をくれるって言われてついて行かない人はいないの!」
「自信満々に言われても・・・今、心読んだ?」
いくら何でも心の中身がだだ漏れ過ぎてそう突拍子もない質問をする。が、その質問の解は意外にも是であった。
「当たり前なの。心くらい読めないと欲望に付け込めないの。」
可愛い見た目に反して言葉はとても悪魔的なモノだった。そのセリフを聞いて今更ながらミノルは警戒心を露わにした。
そうだ、悪魔なのだから何かしら付け込まれるかもしれない、と今まで気を失っていたミノルの体の世話をしていたことを忘れて失礼なことを考えた。
「種族の特殊技能だから出来るだけで、私個人が欲望に付け込んだことは一回しかないの。」
サティナはむっとなって反論したが、反論するなら全面的に否定して欲しかった。微妙な文句だったためツッコミを入れればいいのかどうか迷ったが、やめておいた。
そして副産物としてミノルの興奮は落ち着き、冷静になる。
恩人たるサティナに対して失礼な態度をとってしまったと、今更ながら恥ずかしく感じた。
「その、失礼な事してゴメン。」
「悪魔族って知った人は大体そんな反応するから慣れてるの。ゆる・・・やっぱり許さないの。許して欲しかったら私のお願いを一つ聞くの。」
手際の悪さからこういう交渉に慣れていないことが窺える。やはり自分の方が間違っていたんだと再認識し、また、せめて『お願い』は出来る限り最善を尽くそうと決める。
「この呪文を読んで欲しいの。」
「それだけ?」
あまりにも簡単なお願いだったので若干肩透かしを食らった気分だ。
しかし、その呪文を見た瞬間、その認識は覆ることになる。
「なになに・・・?」
“≪封印対象≫ちゃん、そのおむねをもーみぃもーみぃさせてよ(はーと)”
「ユイアさんッ!!」
恐らく、多分きっとユイアが全部悪い。これはユイアの差し金だ、とミノルは脳内でユイアの信頼度が上昇し、尊敬心が著しく下がった。
風評被害である。