第八話『黒い狼さんの話(前編)』
今回は少年視点の回です。
名もない山岳にひっそりと猫科の獣人たちだけが集まって暮らす集落があった。質素だが豊かな自然に恵まれ食べる物には何一つ困らならず外敵にも狙われにくいこの山岳は獣人たちにとってはまさに理想の地であった。
けど自給自足の生活の為、父親が山に狩りなどで出掛けている間に子供にも家事や仕事などを手伝ってもらわないと生活がまわらない事もあった。チャドの家もその一つであった。
その日もお手伝いの途中だったのだが同世代の子供たちから声を掛けられた。遊び盛りの子供にとってそのお誘いなどはそれはとても魅力的なものであった。
『ちょっとぐらいならいいよね?』
チャドはついその誘惑に負けてしまった。
そしてチャドは結果的に手伝いをサボり、母親にそれがバレて説教を食らっていた。
「チャド!ちゃんと聞いてるの!」
正座をさせられチャドは黙って説教を聞いていた。だがチャドだってまだ子供でやんちゃ盛りな年頃だ。たまには時間に縛られず自由に友達と沢山遊びたい気持ちが強かった。
「___もういい!」
手伝い手伝いってもううんざりだ!普段溜めていた分の不安が爆発する。家の事が嫌になったチャドは「こんな家出てってやる!」と言い捨てると同時に家から飛び出していった。
「こら!待ちなさい、チャド………!!」
後ろから呼び止める声が聞こえたが、チャドは振り返らなかった。そして集落から少し離れた場所に着く。そこは崩れやすい足場なので絶対に近づいてはいけないと大人たちには言われていたが、密かに獣人たちの子供の中では『度胸試し』の場として遊び場に使っていた。
「ママのばーか………」
暫く一人で度胸試しをして遊んでいたが時間が経つにつれ、それにも飽きてくる。一度家に戻ってみようかとしたその時、足場の地面が崩れた。
「うわぁぁああ!!!」
落ち葉を巻き上げながらチャドの体は物凄いスピードで急斜面の崖を転げ落ちていく。そして深い亀裂の間に出来た溝の中に落ちた。
「いててて………!」
崖から落ちて体をあちこち打ち、落ち葉と土で全身汚れた。でも穴の中に敷かれていた大量の落ち葉がクッションになってくれた為、転がり落ちてる際に出来たかすり傷程度で済んだ。
「おーい!誰かー!助けてッ!!」
必死に穴の中から助けを呼ぶが返事は返ってこなかった。仕方ないので穴の中を登ろうとする。
「土が柔らかくて上手く上に登れない………!!」
穴から出ようと必死に指に力を込めて登ろうとしたが柔らかい土で出来た壁の為、直ぐに崩れてしまい上手く登れなかった。
何度もチャレンジするが結果は全て同じで登って脱出は無理だと悟るとチャドは静かにその場にしゃがみこんだ。あの崖は普段誰も近寄らない場所だ。しかもこんな崖下なのだ、気付いてもらえる可能性も低い。
もし、このまま誰もこの穴の中に自分が落ちた事を気付いてくれなかったらどうしよう。そう思うとチャドは怖くなり、涙が出てきた。
『駄目だ、こんな事で獣人の男が泣いてちゃ………!』
出てきた涙を手で拭い、ぐっと我慢し堪える。するとふっと視線を感じた。チャドは穴の上を覗いてみるとそこにいたのは。
『ひっ………!』
思わずチャドは口を押さえて必死に悲鳴を飲み込む。
穴の上には熊みたいにでかい狼が此方をじっと見据えていた。ギョロリとした不気味な黒い影の中に浮かぶ二つの黄金の目玉と視線が合う。
(食べられる………!!)
チャドの中で眠る野生の本能がそう告げた。
あんな大きな口だ、自分みたいな獣人の子供なんかきっと一呑みだろう。それともあの鋭い牙と爪でズタズタに体を切り裂かれた後、じっくりと体を貪られるのだろうか?不吉な考えがチャドの頭の中を過っていった。
「うぅえッ………!」
情けない涙声が自分の口から漏れてるのが分かった。いざ『死』を目の前で感じるとガタガタと体の震えが止まらなかった。
なんて馬鹿な事をしてまったんだろう。こんな事になるならちゃんとお手伝いをしておけばよかった。そんな後悔の念が押し寄せてくる。
けど狼は襲いかかっては来なかった。それどころか自分が泣いてる顔を見るなり顔を引っ込めてしまった。
『お腹、いっぱいだったのかな?』
とりあえず食べられなくてよかったと一安心すると今度は「きゅるるるぅ~」と腹の音が鳴った。そういえば本来ならいつもこの時間、家でお昼ご飯を食べている時間帯であった。
「はぁ………お腹すいたなぁ」
チャドは溜息混じりに呟く。運よく狼には食べられなかったものの、このままではいずれ餓死してしまう。余計なエネルギーを極力使わないようチャドはじっと穴の中に踞っていると突然、何かが穴の上から降ってきた。
「わぁ………!」
そこには旨そうな木の実や果実が沢山落ちていた。中には家でも特別なお祝い事ない限り食べられない貴重な果実もあり、思わずチャドは目を輝かせる。
「ゴクリ………」
でも突然、こんな食べ頃で美味しそうな木の実や果実が降ってくるなんて絶対おかしかった。
じっと穴の上を観察したが、この穴の下からでは外の世界を確認するのは無理であった。チャドは辺りを警戒しながらも恐る恐る試しに一番近く落ちていた果実を一つ素早く拾う。そして、そのまま果実に齧りつく。
「美味しいッ~………!」
程よい酸味に瑞瑞しい果肉と噛むたびにじんわりと口の中に広がる甘い果汁。空っぽだった胃の中が甘い果実で、どんどんと満たされていくのが分かった。
一つ食べてしまうと『もっと食べたい』と体が欲してしまい、手が止まらなかった。チャドは警戒するのも忘れ、大量の果実と木の実に夢中になって食らいついていた。
本当は一話にまとめようと思ったんですが、思っていたより字数が多くなり、2000文字越えたあたりで書くのが辛くなり断念しました(´;ω;`)
大人しく無理がない程度の字数で投稿してきますね………。