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第七話『おとなるほうへ』

 

 コーン、コーン、コーン………。


「んっ………?」


 ぴくりっと不意に聞こえてきた音に耳が反応する。前に進んでいたその足は止まり、思わず音が聞こえてきた後ろを振り返る。


「母さん、何か聞こえてこないか?」


「えっ………?」


「ほら、こう『コーンコーン』って誰かが木で叩くような………」


 コーン、コーン、コーン………。

 普段は静寂な森の中に響く不審な音。二人は聞こえてくる音に集中するように耳を澄ます。ピクピクと無意識に三角形の耳が動く。誰かが木の棒で叩いている音が聞こえてきた。


「………もしかしてッ!」


「あぁ!!チャドかもしれない!」


 そう言うと二人は来た道を引き返し、木を叩く音がする方へと向かっていく。


(よし、気づいた!)


 二人が此方の方に向かってきたのを確認した私は、また離れた所で口に咥えた木の棒でガンガンと木の幹の部分を叩き、音を鳴らす。

 人語を理解は出来るが話す為の声帯を持ち合わせていない今の私には、この方法でしか二人に知らせる術がなかった。


(こっち、こっちだよ!)


 近くで音を鳴らし、此方へ近づいてきたらまた離れて音を鳴らす。それを何度も繰り返し、二人をチャドくんがいる穴へ確実に誘導していく。

 ついにチャドくんが落ちた崖の前に辿り着き、私は崖の中を走って下る。急斜面なその崖は柔らかい土で形成されていて、足場が非常に悪く崩れやすかった。しかも、視界は暗闇で最悪。

 だが、この最悪な状態の中を長年、聖霊狼(フェンリル)として培ってきた野生の感覚で一切バランスを崩す事なく、しっかりとした足取りで駆け抜ける。私の四足が地面に散らばっている落ち葉を宙へと蹴り上げた。


「ハァ、ハァッ………」


 自分の口から犬特有の口呼吸の音が荒々しく漏れているのが分かった。助走をつけると私は一気にチャドくんが落ちている穴の上を一気に飛び越える。その時、一瞬だが起きていたチャドくんの琥珀色の目と合う。

 私は華麗に着地を決めたが何も言わず、そのまま森の奥へと消える。


「チャドー!どこー!」


「いるなら返事をしてくれー!」


 すると、すぐに最後に音が消えた崖の真上に両親も追い付いた。


「ママ、パパッ!ここだよ、ここにいるよ!」


 二人の声に気付き、チャドは必死に大きい声で返事をする。


「チャド!そこにいるのッ!?」


「ま、待ってろ!ロープと皆を呼んでくる!」


 恐る恐る母親は持っている松明で息子の声がする崖の下を確認し、父親は急いで集落へと戻ると家にあったロープを持ち出す。そして、チャドを探していた集落の皆を呼び戻し、チャドがいる崖に戻ってきた。

 父親がロープを腹に巻き付けると、ゆっくりと足場が悪い崖の下に降りていく。片手に松明を持ちなんとか視界を照らしながら降り、集落の獣人たちもその様子を窺いながらロープを垂らしていく。


「ママ、ママッ………!!」


「あぁ………!チャド、無事でよかった!ごめんねッ………!!」


 父親に抱き抱えられ無事、穴の中から出られたチャドは地面に降ろされると一目散に母親の胸の中に飛びつく。母親もチャドの事を強く抱き締め返し、頬に安堵よって溢れた一筋の涙が流れる。

 その様子に集落に住んでいる他の獣人たちも「よかったよかった」と口を揃えてた。


「あのねママ、パパ。僕、凄いの見たんだよ!」


 チャドは琥珀色の目をキラキラさせて語る。


「こーんなにでっかい狼さんがいたんだよ!!それで僕に美味しい木の実や果物を持ってきてくれたり、おっきい体で暖めてくれてね!」


 興奮するように両手をいっぱいに広げて説明するチャドの姿を見て、最初はぽかんっとした顔で両親は顔を見合せていたが、どっと笑い始めた。


「ハハハッ!チャド、パパはもうこの山に住んで三十年経つけどそんな大きい狼みたことがないぞ?」


「きっと疲れて夢でも見たのね」


 皆が笑っている姿を見て、すぐにチャドは馬鹿にされていたと気づき「嘘じゃないもん!」っとぷくっと頬を膨らませる。両親は意地になっているチャドを「ハイハイ」と軽くあしらいながら抱っこすると、暗い森の中を照らす松明の明かりは集落へと帰っていった。

 私はその後ろ姿を、じっと離れた場所から見守る。


『お家に帰れてよかったね、チャドくん』


 結局、最後の最後までご両親には私の存在は信じてもらえなかったみたいだけど。


『けどあの、すっごい膨れっ面は中々面白かったかな』


 まるでハムスターみたい。私はクスクスと声を押し止めるように笑った後、用事も済んだので自分の住み処へと戻っていく。

 友達はまだ暫く出来そうにはないけど、でも不思議と悲しくはなかった。私は夜空に浮かぶ綺麗すぎる真ん丸なお月様に向かって静かに微笑んだ。

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