第六話『諦めたら駄目だ』
(どうにかして、あの子が誤って穴の中に落ちていることを知らせなきゃ………!)
私は地面に鼻をつけ男の子の匂いを探る。だが、沢山の動物や匂いの強いモンスターなどが往来している森の中ではかなりの匂いが入り混じっておりその中の一つだけを探し出すのはとても難しい作業だった。だが、それはあくまで普通の犬ならという話だ。
『スキル“嗅覚強化”』
聖霊狼の嗅覚は狼の一億倍あり、それに加えて補助系の『身体強化』のスキルを嗅覚に一点集中させる。私は目を瞑り、全神経を研ぎ澄ます。目隠しされた状態から只一つだけの正解のカードだけを引き抜くように。
すると男の子の匂いが一本の赤い糸のようにイメージとなって私に道を示す。
『見えたっ………!』
透かさず私は男の子が通ったはずである匂いの道を遡るように辿り始める。躊躇いのないその足は確実に集落に向かっていく。すると遠くの方に暗い森の中をゆらゆらと揺れる松明の明かりを持ちながら歩いていく人影が見えた。
私は咄嗟に草むらに身を潜めると、明かりの方から女性の泣き声が聞こえてくる。
「どうしましょう。私が、あんなにあの子を怒ったから………!」
「落ち着いて、母さん」
草むらの隙間から覗くとそこには赤髪にシマシマ模様の猫耳が生えた猫の獣人いた。男の人は片手に松明を持ち、泣きじゃくっている女の人を落ち着かせるように空いている片手で背中を擦っていた。
(あの子のお父さんとお母さんだ………!)
見た目も一致するし、何よりあの二人から漂う匂いが男の子の匂いにとても酷似していた。やはり、いつまでも帰ってこない息子を心配し、森の中を探しに来ていたらしい。
「チャドならきっと大丈夫だよ。皆も一緒に探してくれている」
「でもっ、もうこんなに暗くなってるのに帰ってこないなんておかしいわ!」
チャドとはきっとあの男の子の名前だろう。チャドのお父さんの方は泣いてばかりいる母親を宥めるが、一人息子が行方不明でパニックになっているチャドのお母さんは興奮したように叫んでいる。
「あの子、大好きなお昼ご飯になっても帰ってこなかったのよ。きっと、何かあったんだわ………」
ぐしゃりとチャドのお母さんは顔を歪めると、また茶色の瞳に涙を溜める。
「私、あの子に何かあったら、もうどうすれば………!」
「母さん………」
息子がいなくなってしまって悲しんでいる母親の姿を見て、チャドのお父さんも悲しそうな顔をする。
(あぁ、チャドくんならあの崖下の穴の中に入るのに………!)
その事をどうにかあの二人に伝えてあげたい。だが、この姿を見られるとまた誤解をされかれない。ここからそう距離はない場所にいるのに、そんなもどかしい気持ちで私がいっぱいになっていると、二人の影が動き出し始める。
「母さん、今度はあっちの方を探してみよう」
「えぇ………」
『えっ、ま、待って!そっちじゃない!』
チャドくんがいる穴とは反対方向に歩いていってしまう二人。このままでは全く検討違いの場所に行ってしまう。
そうなればもっとチャドくんの発見が遅くなる。私の頭の中に、今も穴の中でたった一人助けを求めている小さな姿が思い浮かんだ。
『………!』
穴を出る時、約束した。助けを呼んでくると。それなのにそんな簡単に諦める訳にはいかなかった。私は何か使える物はないのか?と辺りを見直してみる。そこで目に入ったのは、一本の折れた木の枝だった。
『これだ………!』
私はその落ちていた木の枝を口に咥えるとチャドくんが落ちている穴の方面へと走り出した。