第三十三話『一触即発な関係』
「隊長ー!シーク隊長ッーー!」
「んっ?このやかましいほどの大声は……」
まだ早朝で人が少なく物静かな城内で溌溂とした大きな声が響く。大声でシークの名を呼びながら駆け寄ってくる一つの影が見えた。
「まったく……そんなに大きな声で呼ばなくても聞こえてるぞ、コニー」
「えへへすいません。つい隊長を見かけて嬉しくてっ……!でもよかった!隊長がここに来てるということは体調が良くなったということですよね?」
「あぁ、まだ本調子ではないが大分良くなったな。コニーにも色々と迷惑かけたな、すまない」
「いやいや!そんな顔を上げて下さいよシーク隊長!」
コニーと呼ばれたこの少年はシークの直属の部下にあたる人らしい。時々山の中でまだシークを世話していた頃、シークが暇つぶしに話していた話に出てきた人物の一人だ。正義感が強くお人好しでだが時々おっちょこちょい。世話がやけるやつだとシークは愚痴っていたがどこかその横顔は嬉しそうだった。短く切った茶髪に暖かみがある焦茶色の瞳。鼻の上のあたりに散りばめられたそばかすは話に聞いていた通り実に愛嬌が感じられる顔だ。
「そうだコニー。こいつのこと改めて紹介する、クロエルだ」
「……どうも」
ちゃんと顔を合わせるのは折から逃げ出したあの日会った以来だ。顔を見上げるとコニーと視線が合う。だがふいっとすぐに視線を逸らされた。
(まぁ、そういう反応になりますよねー)
こんなことここに来てからというもの何回も体験した。最初の方は些か傷ついたが数を繰り返すといい加減慣れるものでちょっぴり気まずい気持ちになりもしたがあまり気にしないことにした。
「それにしてもこんな時間にシーク隊長がいらっしゃるなんて珍しいですね。いつも教会に寄ってからくるからもう少し遅いはずでは?」
「あぁ、それが王様から呼び出しを受けてな」
「えぇっ!?王様から!!それは一体、また何のようでしょうね……」
王様からの直々のお呼び出しということに恐れおののくコニー。コニーとシークが立ち話をしていると突然声を掛けてきた者がいた。
「おやおや。こんな所で会うと奇遇だね、シーク隊長殿」
「げぇっ……」
「あぁ、すまない。君はもう隊長ではなかったね!シーク殿」
「………」
急に会話に割り込んできたのは上品な花の香水を漂わせた小綺麗な格好をした細身の男だった。長い薄紫の髪の毛を綺麗にひとつ結びに後ろで束ね、着ている服はシークたちと同じ軍服なのだが何故かやけに綺羅びやかな装飾で彩られている。男性を見ると否や苦虫を潰した様な表情するコニーと眉一つ動かさず冷ややかな表情を浮かべるシーク。
「おはようございますプランド隊長殿。まだ日が昇って間もないもいうのに今日は随分とおはやいですね」
「フン。この僕、プランドの美しい美貌と健康を維持するために毎朝この時間に鍛錬を行っているのさ。ところで……」
「君、獣の世話係に任命されたんだって?命を掛けてこの国を守ってきた同じ隊長格だったというのに最後は魔物の世話係に左遷だなんて僕なら恥ずかしくてここに立ってさえいられないけどね」
シークの表情をニヤニヤと嬉しそうに見て笑みを浮かべるプランド。
「プランド様、シーク隊長にそのような言い方は___」
「うるさいな。君には話しかけていないんだよ、引っ込んでろ」
咎めようとするコニーに歯に衣着せぬ物言いで黙らせるプランド。プランドの嫌味は止まるどころかどんどんと過熱していく。
「流石は最下層の出身の野犬。連れているのが人間ではなく犬二匹とはお似合いだな」
「あー、獣臭い獣臭い」っとわざわざハンカチを取り出し馬鹿にしたような演技にプランドの後ろに控えていた二人組の部下もくすくすと嫌らしく笑う。
「なっ……!」
その発言にコニーはぎゅっと拳を作り、顔を真っ赤にして怒りを露わにする。言い返したくとも立場、身分、位とも相手の方がずっと高いプランドに対し、コニーには何も言い返させなく只々怒りにうち震えることしかできなかった。
こうした心無い貴族たちの言葉にコニーはどれだけ苦渋をなめ傷つけられたかもう数えてない。
(さっきからなんなの、この人……!)
「ウゥゥッ……」
「な、なんだいこの獣め。このプランドとやろうというのかい?」
この人のことはまだ出会ったばかりでよく知らないがとてつもなく性格が悪い人物だということは今の会話で十分よく理解した。先程からシークたちに悪意剥き出しの言い回しに腹が立ち、思わず私の口から地面に響くような低い唸り声を上がる。月夜に浮かぶ金色の目は相手を射抜き、全身の毛を逆立て怒りを露わにしていると向こうも危機感を覚えたのか咄嗟に腰に携えている剣に手を備える。だが、それを止めるよう私の前に一本の手が立ち塞がる。
「おい……話はそれで終わりか?」
「はぁ?口を慎み給えよ、なんだって__………」
「それで、話は終わりかって聞いてんだよ」
「ひぃっ……」
今まで何も喋らず静かったのが嘘みたいな誰も見たことのない恐ろしい形相でシークはプランドを睨んでいた。一件落ち着いて話しているような口ぶりだがその声は芯の底から凍えるような冷たい声色だった。思わずプランドものけ反るほどに殺気に満ちていた。
「話は?終わりか?」
「あ、あぁ……」
「なら先を急いでいるので失礼する。行くぞクロエル、コニー」
「ま、待って下さいよ!シーク隊長ー!」
そう淡々とした様子で言い放つとさっさと鬼の形相を引っ込め、シークは足早に先に進む。片足を負傷しているというのにそれを感じさせない威厳ある立ち振る舞いで歩くシークにクロエルも歩幅を合わせて隣を歩く。コニーも慌ててそれについていく。
「なんだあいつら…。せっかくプランド様が話しかけてくださったというのになんて不敬な!これだから卑しい身分の者は好かんのだ」
「プランド様。あんな礼儀知らずな奴らのことなどさっさと忘れましょう」
「くっ……シークの奴め。このプランドをコケにして!魔物一匹飼い慣らしたぐらいで調子にのるなよっ……!」
部下共に去るシークの後ろ姿を忌々しそうに見るとプランドはぎりりと白く磨き上げられた綺麗な歯で親指の爪先を噛じる。




