第三十話『救助(後編)』
「シエラ姫様!」
「コホッ……シーク、隊長なの?」
これは本当に現実か?煙を吸いすぎておかしな幻を見ているだけではないかと恐る恐るシエラは確かめるように声を掛けた。
「怪我は!?どこか痛い所はありませんか!」
黒煙が立ち込む中、まだ痛むはずの自分の脚も構わず地面に脚を引き摺りながらシークはシエラを側に駆け寄り、シエラの頬をそっと両手で包み込むと怪我をしてないかと無事を確かめた。
「煙をちょっと吸っただけで私は大丈夫です。それより他の者たちは?マキイラは無事なのですか!」
シエラは泣きそうな表情でシークに問いかける。
「はい、皆既に城下の方に避難しております。マキイラ様もご無事とのことです」
「そう、よかった…!」
その報告を聞くと胸を撫で下ろしシエラはようやく笑みをみせた。感動の再会もいいのだが如何せん今は時間がない。私は二人の間に入るように顔をぬっと出した。
「きぁっ……!シーク隊長、こ、この魔物は?」
「その説明は後に改めまして必ず説明致します。今はそれより此処から脱出することが先決です!私の手を取ってください」
「え、でも……」
シークの差し出す手にシエラは一時の迷いが見えたがシークは真っ直ぐとした目でシエラに言い放つ。
「この魔物は大丈夫です。お願いです俺を信じてください、姫様!」
私はゆっくりと目を閉じてシエラ姫の前に黒い鼻先を突き出す。まだ怯えの色が混じった表情だったが、それでもシエラは壊れ物を触るごとく優しく小さな片手で鼻先に触れてくれた。
「わ、分かりました………!あなた方を信じます!」
意を決したのかシエラは差し伸べられたシークの手を取る。私は急いで二人を背中に乗せる。シークはシエラがわたから振り落とされないようシエラをがっちりと腹の内側へと抱き抱えるような格好で私の背中の上にと乗った。
「あわわわぁッ…!思ったより高いです!」
「大丈夫です。しっかり摑まっていて下さい」
思っていたよりも高い景観に恐怖を覚えたシエラにシークはシエラを安心させるよう、しっかりと毛に摑まっているように優しく声を掛ける。
「頼むぞ、クロエル」
「ワゥッ!」
部屋の奥の限界まで下がり、できるだけ助走をつけられる所まで下がる。思いっきり外に向かって走り去った。そして足場があるギリギリな所で靭やかな肢体でばねのように跳ね、体を地面から切り離す。小さい硝子窓目掛けて巨大な体で体当たりをし、目の前に建ってあった小さな硝子窓をぶち破る。宙に幾つもの細かな硝子片が飛び散り、太陽の日光で乱反射する。シークは背を丸くし、シエラに覆いかぶさるように己の体を盾にした。小さな手はしっかりとクロエルの背中に摑まっていた。
「きぁぁああ!!」
「うわぁ!」
「何か飛び出してきたぞ!」
あまりの尋常ではない速さと突然に襲ってきた浮遊感にシエラは堪らず悲鳴を上げた。外で中の様子を心配そうに様子を伺っていた兵士たちや使用人たちも唐突に硝子をぶち撒け空の上に飛び出てきた黒い巨大な影と驚きの声を上げる。
『あそこだ!』
宙に浮かぶ中も冷静に着地できそうな場所を探す。火事で広場が人でごった返している中、自分たちが着地できそうな僅かな隙間を見つける。シエラのいた建物は数十分もしないうちに焼け焦げ、城の者たちの懸命に行った消火活動のお陰もあってか強かった火の手もようやく落ち着きをみせ、やっと鎮火に至ったのであった。




