第二十九話『救助(前編)』
「ん?なんだあれは……?」
一人の兵士が指指す方から物凄い速さでこちらに向かってくる黒い影が見えた。その姿の正体とは巨大な狼の魔物を従えて背に跨った男性の姿であった。足を負傷しているシークに代わり、背に乗せて私はシークの足代わりとなっていた。目的はシエラ姫の救助。私は燃えている建物一直線に目指す。
「ま、魔物だ!」
「あれはこの前に捕らえた筈の魔物!だが、しかし背中に乗っておられるのはシーク隊長では………?!」
何が起きているのかと城のボヤ騒ぎや魔物の脱走など普段では起こりえない出来事ばかりに対処が追いつけない兵士たちは狼狽え始めていきみるみると統率が乱れていった。
「き、貴様ら何を呆けているのだ!即刻あの魔物を捕縛せよ」
『ほら退いて退いてーー!緊急事態よ、道を開けなさーい!』
「ガゥゥッ!!!!」
「ひいぃっ!!?」
『よし、怯んだわね。今よ!』
白髪の男性が私ことを指差すも時既に遅し、兵士たちが怯んだ隙きを私は見逃さず、強く地面を蹴り上げた。なんのこれくらい、人一人背中に乗せてったって兵士共で埋まっている道ぐらいを避けきる事ぐらいできる。驚くべき身体能力に驚く兵たちであったが、白髪の男は「チィッ……!」っとなんとも忌々しそうにと悔しげに私を睨んだ。おぉ、くわばらくわばらっと…!
よそ見も大概にし、意識を城の方に戻す。そのまま跳躍した勢いに任せ、炎で焼かれてた入口を破壊して強引に突入する。
「クロエル、シエラ姫様がいるお部屋はそこの階段を登って左に曲がった後、付きありを右に曲がって奥の部屋だ!!」
「ガゥ!!」
城内は石造建築だった為か幸いにもここは火の手はそこまで激しくはなく、これならなんとか城内を歩くことができそうだ。だが、ドアや調度品などが焼け落ちた角材の破片や天井から落ちてきた黒く煤けた瓦礫などの障害物に溢れかえっており進むのに時間が掛かった。恐る恐る焼け落ちた廃材を避けていると途中嫌な音が聞こえてきた。
ジュッ。
『アチチチチッ!』
「キャウウゥゥン……!」
私の自慢であるぷにぷにの肉球がじゅわりとおいしく焼ける音がした。これには堪らず悲鳴が上がる。ある程度の熱には強いし耐久性にも自信があった。実際旅をしていた時も平然とした顔で火口辺りの地域も歩いていた。が、ここはそれ以上の熱さだった。
奥の方はもうかなりの熱が立ち籠めており燃えにくい素材である石の素材が仇となり、かなり熱を持ちはじめていてまるで中は例えるとそれはもう石窯ような状態だった。
うぅ……!猛烈に暑い!暑すぎる!!毛皮を脱げるなら今すぐに脱ぎたい。私は初めて自分が全身毛むくじゃらな生物なことを心の底から恨んだ。
「すまない、耐えてくれッ……!」
『そうだ…!私の背中にはシークがいるんだ』
想像以上の暑さに参っている私を察したのか労るように毛を撫で心配そうな目を見つめてくるシーク。これ以上ここでもたもたしていたらシークの命も危うい。意を決し、前と進む。火の勢いと煙を吸い込む前にとそれらを避け、肉がその熱に耐えられないのであればそれより素早く風の如き速さで動けばいい。焼け落ちる建物内を次々と目まぐるしく移動し、目的の部屋の前まで目指す。
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「ゴホッ……ケホ……!ハァッ、ハァ……だ、誰か助けて」
力任せに扉を叩いていたらなんとか戸棚の中から脱出できたものの、気がついたらあたり一面はもう火の海で逃げ場がなくなっていた。部屋の中は何故か無性に息苦しく、容赦なく灼熱が襲ってくる。酸素を求めて外に顔を出す。
(だ、駄目、い、意識がもう保たない………)
喉が張り付くような熱風と煙で呼吸が上手くできない。視界は掠れて意識が朦朧する。小さなバルコニーにも刻一刻と燃え盛る火が迫ってきていた。自分はもうここまでかと小さき姫はそっと蒼い瞳を目を閉じる。
『せめて死ぬ前に一言でいいから父様にお別れの挨拶をして差し上げたかったな。それに一度でいいからお友達も欲しかった』
これが俗に言う走馬灯というやつなのか、次々に自分をここまで育ててくれた大切な人たちの顔が思い浮かぶ。
「母様……」
ぽつりと溢れた言葉と共に閉じた瞼の上に静かに雫が浮かぶ。煤煙で黒く汚れた頬にゆっくりと一筋の涙が伝う。シエラは最後の時を焼けて落ちていく部屋の中で。小さな身体を丸め、灼熱の地獄の中でじっと蹲っていた。
「………ッ!」
「………」
「……え、…ひ……め!!」
「………?」
「シエラ姫様ッ!」
誰かが自分の名を呼ぶ声に薄れかかった意識が再び浮上した。燃焼して脆くなった木製の扉が勢いよく蹴り破られる。地面にかつては扉だったものの木屑が散乱とする。少女は突然の出来事に目を丸くする。そこに立っていたのは見知った顔の兵士であり、勿論何故こんな所に?という疑問はあったが少女が驚愕した理由はそこではなく、その兵士が乗っていたのは自分の何十倍もある巨大な黒い魔物を従えて現れたからであった。




