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第二十八話『大切なものはすぐ目の前にある』

 

『あー、もう早く逃げなきゃいけないのに!』


「ウゥゥッ………!!」


 なかなか口輪が頑丈に出来ており、獣の手足じゃどうしても外せなくて苦戦を余儀なくされていた。人の手だったら簡単に外せるのに!とイライラする。こういう時に限って『人間だったら』というもどかしさが出てくる。このままでは脱走が気付かれ、追手が来てしまうかもしれない。魔法が自由に使えない今見つかると厄介だ。そう思えば思う程、気持ちは焦って手滑る。だが今度は其方に意識を集中し過ぎて後ろから近付いてきた足音に気付けなかった。


「いたっ……!!」


(ヤバッ………!)


 もう追手がきたの!?っと焦って振り替えるが、そこに立っていたのはシークの姿と見知らぬ兵士の少年一人であった。


『よかった!無事だったんだ!』


 まだ足には包帯をつけているがシークが元気に立っている姿を見て嬉しくて私も近寄ろうとする。だが、シークのすぐ側には何故か私を捕縛した時にいた兵の姿が見えた。ぴくりと足元が止まり、あんなに喜んで揺れていた尻尾も地面にと垂れ下がった。変わりに低い唸り声が漏れる。


「グルゥゥゥッ……!!」


「!」


 全身の毛が逆立ち、いつもは奥に隠されている凶暴と言っていい程伸びた犬歯が口元からちらつく。端から見れば今にも襲いかかりそうな危険な狼だが私だって好きでこうしているわけではない。先程受けた人間たちの攻撃を体が自然と覚えてしまっているのだ。反射的に本能が人間は敵だと認知してしまっていた。

 いや違う。私自身もまた人間たちに乱暴されるのでは?と疑念の考えが払拭できないでいた。此方には話す力も相手に思いを伝える術も何もない私はどうやって人間たちと接すればいいか分からないでいた。シークは近付こうとしていた足を止めるとじっと私の目を見る。すると、腰につけていた自分のベルトに手を伸ばす。


「シーク隊長!?な、何を!!」


「お前は来るな」


 コニーが制止するのも構わず敵意がないことを証明する為にシークは剣帯を外すと剣と共に地面へと投げる捨てた。その様子に私が驚いているとシークはまた歩みを始め、私の口輪にそっと手をあてた。


「!」


「痛かっただろ……。悪かったな、俺の仲間たちが乱暴して。今外してやるからじっとしてろ」


 シークは労るように口輪に縛られた部分を撫でると、口輪の金具を外してくれた。


(ぷぱっ!)


 重たい口輪が無くなり、ようやく口元が自由になった。気持ち悪かった感触を振り切るように私は濡れた犬みたいにブルブルと体を震わせる。


「俺を運んだせいで捕まったと聞いて、せめて森に返してやらねばと思っていた……。だが、森に帰えるその前にどうか姫を助けてくれ!」


 がばりと綺麗な金髪の髪が乱れるのも気にも止めずシークは頭を下げた。


「火の勢いが強過ぎて通常の人間では入る事ができない。今の俺なんか脚が折れていて、歩くことさえままならない………。このままではシエラ姫が焼け死んでしまう!勿論、お前にこんな仕打ちをしておいて虫のいい話だって事も百も承知の上だ!だけど、どうしても姫君を助けたいんだ。頼む、俺に力を貸してくれ……『クロエル』」


『クロエル………?もしかして、私の名前?』


「クゥーン?」


 私が首を傾げて問うとシークは少し可笑しそうに笑うと優しく頭を撫でた。


「実はずっと考えていたんだ………。でも名を付けてしまえば要らぬ情が湧いてしまうと思ってな、本当は呼ぶつもりはなかった」


『クロエル……。それが今世での私の名前』


 何度も何度も自分の名前を復唱する。名前を誰かに呼ばれるのは一体何百年振りだろう。名前を呼ばれる事がこんなにも幸せな事とは久しく忘れていた。人間だった時の母と父の顔が朧気に浮かぶ。


(そうだ。ママとパパはどんなに辛くたって悲しくたって私の前では名前を呼んで優しく笑っていてくれた。人間だってそんな優しい人だって沢山いるんだ!)


 周りの人も私みたいに体が丈夫でなかったり体が不自由な者、中にはもう残りの命が僅かな者もいた。でもそればかりを嘆くのではなく皆、弱い者の同士支え合い助け合っていた。昔は色んな人たち助けられてばかりいた私けど、今の私には他の誰かを助けられる力がある。人間に対する恐怖で一瞬、曇りかけていた気持ちが掘り起こされる。大切な事を思い出させてくれたシークに私は心から感謝した。それに何故だか先程から不思議と体の奥底から力が漲ってくる。私の気持ちは固まった。


「ワォォーーン!!」


 高らかに私は宣言するように天に向かって遠吠えをした。シークたちは私の遠吠えに驚いた表情をしていたものの、意味を理解するとぱぁっと顔の表情が明るくなった。


「姫を助けてくれるのか!」


「ワォンッ!!」


「ありがとうクロエル!」


 ぎゅっと私の首に抱き付くシーク。だがまだ礼を言われるにはまだ早い。これから燃え盛る建物に入ってお姫様を助けないといけないんだもんね。


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