第二十三話『風通りはきちんとしましょう』
口輪とロープで縛られた私は兵に引き摺られるように城の隅にひっそりと建てられている牢獄に閉じ込められた。間取りというと想像以上に悪かった。
『カビ臭さ!それに埃っぽいし、普段からちゃんと掃除してないわね』
建物の構造的にも風通りがしにくいのか、床は埃と土汚れで酷いし、煉瓦で覆われた壁はカビがこびりついており、所々には見たこともない色をした怪しい茸が生えている。
(茸って本当に部屋に生えるんだ……)
あまりの牢の汚さに唖然とした。獣の母さえ白く長い尻尾でたまった埃と干し草の入れ替えをやっていた。おかげでいつも部屋の中は清潔だ。あぁ、これではせっかく毎日毛繕いしている自慢の毛並みがこれじゃあ台無しだ。まだ日々洞窟生活を送ってる私の部屋の方が清潔というもの。見よ、私の自慢の住処よ。正直、ここの兵と代わって掃除をしてあげたいぐらいだった。
(………彼は無事なのかしら?)
相当衰弱はしていたものの、あの様子だったら今頃手厚い看病を受けているだろう。彼をいくら助けたかったとはいえ、私は自分の迂闊さを呪った。きっと母さまとの約束を破った罰が当たったんだ。
『はぁ……』
やはり自分は森から出るべきではなかったのかもしれない。そうすればこんな思いもしなくて済んだのに。よく知っているはずの人間の目が一瞬、知らない生き物に見えて恐かった。いくら前世は人間で、人の心を持ち合わせていたとしてもそんなに現実は甘くはない。今の姿ではただの魔物として国の人たちに怖がられてしまう。
(シーク、か………。名前を知れたのは嬉しいけどもう会えないかもね)
シークと呼ばれていた彼とのここ数日間の生活を思い出す。最初の出会いこそはあまり良くはなかったけどそれ以外を除けば、捕ってきたご飯を分けあったり、一緒の言葉を話すことはできないけど彼の言葉を聞くことはできた。そして何より嬉しかったのは自分の何倍も大きくて恐ろしくて堪らないはずの私の頭を勇気を出して撫でてくれた事だった。
『手、暖かかったな………』
(可笑しな話だけど、何日も一緒にいたのに名前すら知らなかったのよね………)
まったく疑問にも思わなかった自分があまりに間抜けすぎて思わず失笑してしまう。かれこれこの世に生を受けて五百年の年月が流れたが、そもそも聖霊狼に名前をつけるなんて概念がない為、名前などで呼ばれたことすらなかった。
『また寂しくなるな………』
「クゥーン………」
スンと鼻から子犬がまるで親を呼ぶ時みたいな切ない鳴き声が漏れた。じっとりと湿った空気が余計に気分滅入らせる。
『はっ……!いけないいけない。それより早くここから脱出しなくちゃ』
独りぼっちの山生活も嫌だけど、でもこんな窮屈でカビ臭くて薄暗い檻の中に閉じ込められてずっと飼い殺されるなんてもっとごめんだ。
(こんなカビ臭い檻の中になんてずっとはいられないわ)
ここから出ると決めた以上、もう彼のことを未練がましく考えるべきではない。私はこれ以上シークについて考るを止めた。それより、さっさとこの檻の中から出る方法について思考することにした。




