第二十話『助けたい』
お日さまもすっかりと天高くと登り、お昼になったので食事を持って男の所に行くとまた男は眠っていた。
『まったく……、いくら怪我をして治そうとしてるとは少し寝過ぎじゃない?』
寝坊助な彼を起こそうと、私はそっと顔に頭をすり寄せた。
『あれ?今日はいつもとなんか違うな……』
少し嗅いでみると男の匂いがいつもと少し違うことに気づいた。なんの匂いだろう?とそう疑問に感じると狼の本能のせいか何故か無性に気になってしまう。本当はよくないと頭では理解しているのだが、やはり本能には勝てず、捕ってきた食糧を放り投げてはくんくんと匂いの正体を探す。暫く夢中になり、目を閉じて匂いを嗅いでいると「ドサリッ!」っと何かが倒れるような音が聞こえた。
『えっ?………』
何の音だろうと目を開けると男の体が力なく地面に倒れていた。
『!!どうしたの!?ねぇ、しっかりして!!』
「キュー、キューン………」
鼻先で男の体を必死につつくが返事はなく、ぐったりとしていてただ苦しそうに息をするだけであった。
『どうしてこんな……!?昨日までそんな様子なかったのに……!』
人間はその時の精神状態や体調によって体臭が変化するらしい。さっきいつもと違うなと感じたのはきっと、何かの病気で彼の体臭の変化を無意識に察知したのだ。ここ暫く寒い夜が続いた。いくら暖かい気候の地方とはいえ、やはりに毛並みを持たない人間には無理があったのだ。
『なんで気付かなかったの、私……!』
それに確か昨日も魚を捕ってきたので焼いて一緒に食べたのだが、少し食べ残していた。いつもなら食べられない所以外は残さずきちんと食べていたのに。
入院中、体調が悪いと食欲がなくなるなんて日常茶飯事である程度は理解があったはずなのに私は男の異変に気付けなかった自分を責めた。
「ごっほ、っほ!げっほ……っ!!」
体を芋虫のように丸めて時折、激しく咳き込んでいた。見るからに只の風邪と言うには顔色が悪く、只でさえ白い肌が蒼白くなっていた。額からは玉の粒ほどの汗が流れておりぐっしょりと額を濡らしていた。
『どうしようっ……!!』
何か使える魔法はないか。必死に頭の中に叩き込んだ魔法や知識の中で使える情報がないかと探してみたが、何も見つからなかった。滅多に怪我や病気になることのない聖霊狼だ。大体のことは自然治癒でどうこうなってしまう。なので治癒魔法の必要性もなかった。そもそも使えたとしても人間相手に通じるのかすら定かでもない。
『私の薬学の知識も精々暮らしに役立つ程度のもの…、こんなに弱ってしまっている彼を助けることはできない……!!』
何が神の使いだ。こんな肝心な時に役に立たなきゃなんの意味もないではないか。私は自分の前足を見た。
『こんな立派な牙や爪があっても、人一人助けられないなんてっ……!』
人の看病どころか誰かに触れるだけで肉を裂いてしまうほどの鋭利な爪先は今の私にとっては、歯痒く忌々しいものこの上なかった。この人を死なせたくない。なんとかして助けなければ。それだけが私の頭の中を廻っていた。
『獣人の村に行って誰かを呼ぶ……?いや、あそこじゃちゃんと満足した医療が受けられるかどうか定かじゃないし、それじゃ時間の無駄だわ』
もっと確実な所に彼を預けなければ。うっかり落としてしまわないように注意しながら、横たわる男の体を自身の背中に乗せる。
『絶対助けてみせる』
ここからなら確か『グラデルフィア』という人の王国がもっとも近いはず……。私は男性を背負って、何十年振りにこの住み慣れた山から離れることを決意した。




