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第十五話『奇妙な関係』

 山の中を駆け巡り採ってきた止血効果がある野草を貼るため、男の人の体を保護していた鎧を外す。男の人の体には均等に筋肉がついており、綺麗な体つきでまさに無駄な肉がない感じであった。

 かすり傷は処置できたが、一番問題なのは完全に折れてしまっている右脚の部分であった。折れている脚をそのまま放置というのは流石に忍びなかったので、一先ず骨折している足が動かないようギブスを作ることにした。使うのは何か使うかも?っと、巣穴に持ち帰っていた木々に引っ掛かっていたボロい布切れとそこそこ太さと丈夫を兼ね備えた真っ直ぐな木の棒を二本だけで即席のギブスの完成だ。折れている足に下手に刺激を与えないよう、そっと男性の足を咥えて布を口と四本足を使って器用に木の棒とくくりつけて固定させる。


『よし!これで完成!』


 結んでいる時、痛みが走ったのか「うっ!」っと男のうめき声がして起きちゃった!?と途中焦ったけど、どうやら杞憂のようで男はまだ寝ていた。これだけでも骨折している方の足が十分に安定する。しかし、こんなことをしても起きないということはそうとう体力が落ちているのだろう。こんなに寝てたらきっと目が覚めたら喉が乾いているに違いない。そう思った私は山の湧水へと向かい、得意の風の魔法を使って出来た木製の器に水を汲み上げ、体力の回復に効く言われている薬草や消化に良さそうな山菜に木の実、果物を用意した。そんなこんなで、男性の面倒を見ている内に明るかった日は落ちてすっかり辺りは真っ暗闇になっていった。

 まだ秋の季節とはいえ夜は冷え込む。怪我のせいでまだ体は若干熱いが、夜は側で彼の体が少しでも冷えないようしっかりと包み込んだ。


「………」


 綺麗な満月が浮かぶ夜空を眺めていると、ブツブツと何か呟いている声が聞こえてきた。


「ぅぅ………めろ、っちへ………くるな」


 嫌な夢でも見て魘されているのか男性の額には嫌な汗の粒が浮かんでいた。本当はタオルとかで汗を拭ってあげたいところだが、ここにはそんな上等な物はなく、今の私の手にあるのは肉をも簡単に切り裂くことができる伸びた鋭利な爪だけで。こんな獣の手では彼に怪我をさせかねなかったので、私は黙って彼の額に浮かぶ汗を舐めとってあげる事しかできなかった。彼が魘されて苦しんでいる姿が前世の自分が病で苦しんでいた時の姿と重なった。


「クゥーン」


 そう思うとますます放っておけなかった。この人の子を助けなければ。そう強く強く思った。

 はやくよくなれ。鼻から切ない声が漏れた。そう願う事しか今の私にはできなかった。


「………」


 汗をとってあげたら少しだけ呼吸が楽になったのか、気のせいか眉間に皺ばかり寄せていた男性の表情が少し和らいだ気がした。

 だが、ビュービューと自然の山の容赦なく吹き荒れる。急に冷え込み始めた山の冷たい風に対して、今度はガタガタと男の人の体が無意識に震え出し始めたのが分かり、私は男性の体を腹の辺りに押しやり頭で少しでも余計な風が隙間から入り込まないようにして護った。


『ドクンドクン』


 男の人と体が密着する程、男の鼓動が強く聞こえた。


(あぁ……こうして誰かと一緒に一晩過ごすなんて何百年ぶりだろう?)


 耳元に聞こえているのは母以外の者の温もりと吐息、そして小さく脈を打つ心臓の音だった。孤高で誇りある一族とは聞こえはいいが私には些か退屈で孤独過ぎる代物だった。

 例え望まれていない存在であったとしても、一時の寂しさを埋めるだけで私には丁度よかった。夜が空けるまで、私はずっと男の人の体を暖め続け、男の人は私の長年孤独だった心を暖めてくれた。


 ………………………………


 朝になると眩しい朝日が森を照らし始め、静寂だった森が嘘のように騒がしくなっていく。空には餌を探すために羽ばたく鳥たちの音と森の中で暮らす様々な生き物たちの気配で溢れてきていた。


『もう朝か~』


 私のピンっと立つ二つの耳も、自然にピクリッと音に反応し、気配で目が覚めていく。


「………ぅ、んっ………?」


 私が呑気に大きい口で口一杯広げて欠伸をし、背伸びをしていると後ろにいた男性が目を覚ましかけていた。慌てて私はその場を離れた。暫くすると男性は完全に目を覚まし、地べたについていた上半身をあげる。自分の体を不思議に見ていたが、やがて近くに置いてあった食べ物と水にも気付いた。男性は不自然に置いてあった食料に警戒したのか最初は一切手をつけようとはしなかったが、暫くすると「ぐぅ~……」っと男性の顔とは似ても似つかないカッコ悪い腹の音が聞こえてきた。


「うぐっ………!」


『う、うわぁ~、見事な腹の音でございますことで………』


 茂みの中で思わず苦笑いしていると、格好がつかない腹の音に男性も恥ずかしかったのか羞恥心で顔が赤くなった。


『あ、食べた』


 もうやけくそだ!と言わんばかりに男性は乱暴に果物を採ると、犬歯でみずみずしい果肉を噛る。一つ食べて毒など特に入ってないことが分かると、空腹だったのせいか止まらず次々と木の実や果物が男の体の中に入っていった。やがて満足したのかある程度木の実たちを食べ終えると、男性はまた地面に転がり消耗した体力を取り戻すために静かに眠りについた。男性が眠ったのを確認し、私はまた男性が食べれそうな食料を探しに出掛けた。

 こうして、私は男性が起きている時には一切姿を見せず、男性の眠っている間に面倒を見るという、聖霊狼(フェンリル)の私と何処の誰とも知れないモンスター嫌いの人間の男性との奇妙な生活が出来上がった。

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