第十二話『血の匂い』
二人の黒髪と茶髪の青年が山を見上げていた。
「よしこの山を突っ切った方が近道だな!」
冒険者になって三~四年目のそこそこベテランの中級冒険者である二人は、今回ある特定の薬草の採集の依頼でそこの群生地に向かう途中であった。依頼された内容は難しくないのだが、依頼された量がなかなかあったので、今回は二人で協力して依頼をすることきした。
「おい、あそこの山だけは入れねぇ方がいいって!別の道を探して迂回しよう」
群生地に向かうのにこの山の登って行くのが一番の近道であったのだが、頑なに黒髪の男の方は嫌がった。
「え、なんでだよ。ここらへん一帯、難度Eの初心者の冒険者でも歩けるぐらい弱いモンスターしかいねぇじゃねぇか」
「お前、ここの森の噂を知らないのか?」
黒髪の男が呆れたようにもう一人の茶髪の男を見て、ため息混じりに語り出す。
「五年前、奴隷商人のジュディーがあそこの山に住む獣人の集落を狙ったらしい。そこで見たこともない恐ろしいモンスターに襲われたんだってよ」
「お、恐ろしいモンスターって……?」
話を黙って聞いていた男は思わず固唾を飲む。
「さぁ?詳しい事はよく解らないがその化け物は、ともかくでっかくて金色の目をしていているらしい。そしてその瞳に捕まったら最後……!俺達の肢体なんて鋭い牙でガブりと引き裂かれるだろうよ」
「ひぃっ……!」
「ジュディーも目の前で仲間をむしゃむしゃ食べられて、恐怖のあまり今まだ譫言を呟いているらしいし、三日前にこの山を通ったグラデルフィア国の騎士隊長も行方不明らしいじゃないか。俺はそんな目に合いたくないから、この山は避けていくぜ」
そういうと山に背を向け、斜め掛けの鞄から地図を出して次の道を探し始めた。すると「あっ……」と、不意に男は何か思い出したような声を出した。
「そういえば、この山にはもう一つ噂があってな。その山で怪我や遭難したりすると、ひとりでに薬草や食べ物が置いてあるらしい。誰もその姿をはっきりとは見た者はいないらしきが、遭難して助けられた奴の一人が『美しい黒い髪』を見たという。だからそいつを感謝の意を込め『黒神様』と呼んでいるらしい」
「黒神様………」
「ほら行くぞー」
黒髪の男が呼ぶと茶髪の男もすぐ「置いてくなよー!」と、山を後にしたのであった。
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『今日はお魚と木の実か』
あの集落の一件以来、毎日獣人さんたちは朝早くお祈りすると同時に律儀にこの社にお供えしていってくれる。綺麗に整えられた木材を丁寧に漆黒に塗りあげて建てられた社は、雨風にも強く立派だ。あの一件から私の日課に獣人さんたちが去った後、お供え物も取りに行くことが加わった。
あれからもう五年前。特に問題もなく、平和に過ごしている。ただ時々、この森で困っている者がいたらそっと薬草や食べ物を与え、夜行性の動物に襲われないよう離れた所でじっと見守っている。
お供えをペロッと平らげるが、まだちょっと朝ご飯には物足りない。なので私は山に狩りに行くことに決めた。
『涼しい季節になってきたな』
もう山の木々たちは紅葉に染まり森に住む生き物も冬を乗り切るための備えをしなければならないので今は活発に動いている。小動物辺りは特に今が狙い時で獲物を探し、山道を歩いていると私の鼻にある匂いが飛び込んできた。
『これは………血?』
微かにだが、風に人の血の匂いが混ざっていた。私はすぐに踵を返し、血の匂いを辿ってみた。