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第十一話『黒神様』

新しくついた仕事が忙しく、やっと慣れてきて久しぶりに投稿です……ほっ。

 燃える集落、聞こえる子供たちの泣き声。奴隷商人たちは集落から奪った物資で暫く酒盛りを楽しむと、邪魔な獣人の大人たちを処分しようと一ヶ所に集め、馬車に閉じ込められた子供たちにも、その姿がよく見えるようにした。


「もうここまでなのか……」


 聖なる木霊樹の脱皮から作られたという滑らかで立派な杖をついた灰色の猫の耳を持つ老婆が諦めたように呟く。集落に住む大人の獣人たちは絶望的な状態に立たされていると、忽然と建物の一つを燃やしていた火が不意に消える。


「なんだ?……うわぁぁあ!!」


 魔法で燃やした火がそう簡単に消える事は滅多にない。不審に思い火が消えた建物に近づくと、男の体は急に浮き、強い力のような何かで遠くの樹木まで投げつけられる。


「ぐああああ!!」 


「おい、一人で暗闇に近付くな!」


 次々と火が消えた所にいた仲間たちが謎の力によりなぎ倒されるの様子を見て、奴隷商人たちも体制を建て直し見えない何かと対峙しようとするが、私の動くスピードの方が速く、全くとして姿を捕らえることが出来なかった。


『風よ、吹き荒れろ!』


 私は風の魔法を使い、強風を吹き曝し次々と建物の火を消していく。風の魔法と相性が元々いい私にとってはこんなこと朝飯前だ。集落を燃やす火を消して、少しでも自分が動きやすい陣地を多く作る。

 こうして相手の視界を奪い、自分の有利な地を広げていく。狩りも同じだ。どうやったら相手を確実に仕留められるか常に体を動かしながら頭を使う。私はすぐさま子供たちが閉じ込められている馬車に向かった。馬たちが驚いて暴れないよう縄を噛みきってやると、馬たちは『もう自由だ!』と言わんばかりに山道を駆けていった。小さな鉄格子の隙間から驚いたチャドの丸々とした瞳と目が合う。


「狼さん……!!」


『下がってって!!』


「ガゥゥゥゥウウ!!」


 冷たく閉ざされた鉄格子を牙で噛み砕き剥がしていくと、中に囚われていた子供たちがわぁっと逃げ出していく。


「そんな私の大事な商品たちが……!!」


「ありがとう!狼さん」


 チャドはお礼を言うと、両親の胸元の中へと飛び込む。


「パパ、ママ!!」


「あぁ、チャド……!!よく無事で」


「おかえり、私の可愛い子……!!」


 チャドの両親は涙を流しながら帰ってきた我が子を抱きしめる。子供たちも解放し、どんどんと相手の統率が乱れている内に、私は確実にじわじわと敵の数を減らしていく。私の中にある獣としての聖霊狼(フェンリル)のうずうずと昂る。


『我慢、我慢よ!私……!』


  食べるわけでもない生き物を殺生するはいけないと、それが自然のルールだと。幼い頃にずっと母に言われ育ってきた。勿論、私も元人間だし人間をさらさら食べるつもりもないのだが。あくまで脅かす程度。うっかり力加減を間違えないよう昂る本能を抑える。

  作戦はこうだ。じわじわと責めることにより恐怖心を煽り、敵の戦意を喪失させていく。実際、最初にいた人数より倒した数も含め、半分以上は逃げており作戦はうまくいった。

  中には諦めが悪いのか、まだ体が小さくて運びやすい子供の獣人を拐ってこうとした輩もいたが、私の大きな目玉が捕らえると奴隷商人の小さな体を口で咥え、ブンブンと枯枝を玩具にして遊ぶ犬の如く振り回してやり、最後は容赦なく森の方に高く放り投げて、ポイッと捨ててやった。



「た、助けてくれ……!ぎ、ぎゃあああ!!!」


「な、何!?な、なんなのよ、これは………!!」


『こんなヤバい生き物がいるなんて聞いてないわ……!』


 念入りに集落の事も森のことも下調べはした。この森にいるのは基本的に臆病な性格をした低身分(ランク)のモンスターばかりで、滅多に人を襲ってこない。この奴隷狩りが終わった後にでも、軽くまたこのモンスターたちで稼がせて貰おうと思っていたが、まさかこんなアホみたいに平和ボケしたような森に、未知のモンスターが巣食っているとは夢にも思わなかった。男の声を最後に、森に静寂が戻った。聞こえるのは僅かな風の吹く音と小さな木々のざわめきだった。


『……!!な、何か後ろにいる……!』


 ふっと気づいたら、何かがジュディーの背後にか忍びよっていた。

 目にしなくとも分かる巨大な圧力(プレッシャー)はぞくりとするほどジュディーの背中に突き刺さる。まるで肉食動物に捕捉された草食動物のような気分であった。ドクドクと嫌な心音が高鳴る最中、恐る恐るとジュディーは振り返る。そこにあったのはギョロりと闇夜に浮かび見下ろす黄金の瞳と無数の巨大な牙とグルルルゥ…と、唸る獣のような何かの吐息。

  二つの黄金の瞳はただ静かにジュディーを見下ろしていた。


「ガオオオオォッ!!!」


「ひぃぃっ!!」


 獣の咆哮が闇に包まれた集落に響き渡る。咆哮で生じた風圧が折角何時間もかけて綺麗にセットしているジュディーの自慢の髪型をぐしゃぐしゃに乱した。ジュディーの顔面に何本も列なった白い牙が迫る。


「………!!」


 勿論、脅すだけ本当に噛み付きはしない。でもそれだけで十分効力はあったみたいだった。

 本当に腰が抜けてしまったのか、ジュディーはへなへなとその場に崩れ落ちる。あんなに自信に満ちた顔はすっかりと化粧と共に剥がれ落ち、こっちが思わず同情してしまう程にその顔は恐怖で青褪めていた。少々やり過ぎてしまったか?と反省したが、元はといえばこの集落を襲ってきたこの人たちが悪く結果、自業自得だと自分を納得させた。

  後はもうこの集落の者に任せても大丈夫だろう。


「狼さん!」


 いつの間にか両親の元にいたチャドが私の右足に抱きついていた。


「また会えたね…!!」


 嬉しそうに笑顔を見せるチャドだったが、小さな体はまだ僅かに震えていた。無理もない、今日一日で親も故郷を失い、なにも知らない土地に売り飛ばされる所だった。私も『嬉しい』と、答えるようにペロペロと小さな顔を舐めて上げた。


「なんだあれ……」


「チャドの言う通りいたんだ……」


 奴隷商人たちを縄で締め上げ、落ち着きを取り戻し始めた獣人たちは改めて私の姿を見て、ざわざわと騒ぎ始めた。


『これ以上長居をしたらまずいかな………』


 今の自分の姿が十分怖いのは知っている。仲良くはなりたいけど、ここの平和な集落の生活を自分のせいで滅茶苦茶にするのはもっと嫌だった。

 私はそっと鼻先でチャドを引き離すと大きい身を翻し、暗い森の中に帰っていく。


「待って狼さん……!」


 チャドの悲しそうな声に申し訳ないような気もしたが、私は足を進める。


「狼さんーーッ!」


 チャドの父親の声が聞こえ、思わず足を止める。


「この度は大事な一人息子を助けて頂きありがとうございましたー!」


「このご恩は一生忘れませんー!!」


 チャドの父親と母親が森に向かって叫ぶ。すると集落の者たちも次々と「ありがとう」という感謝の声で溢れる。


『お礼、言われちゃった……!!』


 なんだか集落の皆に、この山の『住人』として真に認められたような気がして全身の毛穴がブアッと広がった。誰かに感謝され、必要にされることがこんなにも嬉しい事だったなんて久しく忘れていた。


「アオオォォォンー………!」


  照れくさくて集落を見下ろせる遠くの崖から返事をするように月に向かって遠吠えをする。


「………か………じゃ!!」


「え?」


「長老?」


 長老と呼ばれたは灰色の猫の老婆は猫背で曲がった小さな体を震わせ、ブツブツと何か呟く。


「あの月に輝く艶やかな黒い毛並に慈愛に満ちた金の瞳………!そして何よりあの溢れる神々しきまでのお姿…ッ!!黒神様じゃ、黒神様がこの森に降り立ったのじゃぁぁああ!!!」


 くわっといつもは細く閉ざされた長老の瞳が開眼する。


「く、黒神様……!!」


「凛とした立ち姿に気品溢れる顔立ち、そして何よりあの神をも嫉妬する漆黒の毛並とその神業……!あぁ、こうしてはおれん!今すぐに急いで黒神様の社を建てねば!皆の衆、明日から集落の復興と共に忙しくなるぞぉ!!」


 長老は猫背の体を大きく伸ばして、杖を高く空に掲げる。


「黒神様万歳ー!!」


「「「黒神様万歳ッー!!!!」」」


 そんなこんなしている間に夜明けを迎え、集落に朝日が降り注ぐ。勿論、そんな事になっているなんて私が知るはずもなく、後日建った社とそこにそえられている沢山のお供えものに唖然とする事になる。


『な、なんか偉いことになっとる……!』


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