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星に願いを <挿絵あり>

挿絵(By みてみん)


挿絵:ほしのるる様



以前プロローグとして上げていた部分です。

演出の観点から順番を変えましたので、既に読んでいる方は飛ばしていただいて構いません。

申し訳ありません。


 時は、戦場に大河の情けない声が響く、そのひと月ほど前に遡る。

 


◇◇◇◇



 寒さが本格化し、赤や黄色にその身を彩っていた木々も葉を落とし始めていた頃の話。



 世界は今、静寂の闇に覆われ、燦然と夜空に星々が輝いていた。



 魔石灯の光を避けるように市街地からほど離れた、山というにはやや小ぶりなそれにそびえ立つ石造りの神殿の近くには、星々の位置を観測する施設――天文台がポツリと存在していた。冬至の観測をそろそろ迎えようかという折、その天文台には星見の魔道具や星の動きを記した羊皮紙、研究資料などが綺麗に整頓され、立ち並んでいる。



 天文台に併設された建物には、いくつかの小部屋がある。

その部屋のひとつには今も柔らかな月のような明りが灯っていた。手元を照らす小さな明かりが備えられたメープルの机では、その明かりそのものの様に、暖かく光り輝く金色の髪を持つ女性が、彼女の属するアリファルド王国の国王に奏上する具注暦の確認作業を行なっていた。

 真剣な女性の表情は、穏やかながらも凛々しく、淡く輝く今宵の満月のように美しい。



 女性の意識が手許の羊皮紙に没入してしばらくすると、突然外から馬の嘶きが聞こえてきた。こんな夜更けに何事かと女性が思案していると、階下からやってきた使用人が扉を叩く音が響く。



「お嬢様がいらっしゃっております。お茶を用意させておりますので、応接の間へお越しください」


「こんな時間に? わかりました、すぐに行きます」



 女性は手慣れた様子で真鍮で作られたアストロラーベを取り出し、星を見る。時刻は0時を回ったところだ。こんな時間まで熱中して仕事をしていたことに女性は今頃気づき、最近少し増えてきたシワのことを気にかけて目元を撫でながら、部屋を出て階段へと向かった。



◇◇◇◇



「お母様! ……失礼致しました、ファリアス様。

 通信石(ブリッジ・ストーン)念話魔術(テレパス)では盗聴の恐れがありましたので、馬を駆り、参りました。こんな夜更けに申し訳ありません」



 ファリアスと呼ばれた女性が階段から現れると、妙齢の少女が思わず、と言った様に声をかける。建物の上部に置かれた天文台の高さを調整するため、少し天井が低くなっているその部屋には、今は住み込みの使用人と思しき者が数名と、先程馬で駆けてきたこの少女と、その従者の少年しかいない。



「エルナ、もうこんな時間よ。誰もお母様と呼んで咎める者なんていないわ」



 ファリアスは微笑みながら椅子に腰掛けると、紅茶の香りが芳しいコップを手に取り、エルナと呼ばれた、やはり見目麗しいが未だあどけなさの残る少女に改めて問いかける。



「それで、こんな夜更けにどうしたのかしら?盗聴の恐れだなんて、大分物々しいけれど」


「……お母様、この地に星が現れる予兆があります」



 ファリアスはその言葉を聞くとピクリと紅茶を飲んでいたその動きを止め、息を潜める。



「それは、確かなの?」


「間違いありません。変化を告げる星(ドゥーベ)です」


「……場所は?」


「……レスカニ大森林と」



 ファリアスは怪訝な表情を浮かべる。



「……星はエルフなの?」


「レスカニ大森林にエルフが集落を作っているという話は耳にしたことがございません。

 彼の地はユグドラシルの国がございます。魔素が図無しに濃く、魔物が跋扈しておりますレスカニに敢えては住みつかないかと」


「では、またも魔族や魔物の類が星になったと?」


「愚考ではありますが、我らが今為すべきことはひとつかと存じます」


「……そうね。場所が場所だわ。彼の地は途方もなく広い。それに国境を跨っている。

 考えている暇はないわね。ユグドラシルはともかく、帝国も星の確保に動くでしょう」



 エルナはファリアスが立ち上がり、扉の近くに佇む人物に声をかけるのを見守った。



「ウォード、エルナには貴方が付いていきなさい。

 危急につき、最低限の人員で星の保護を。私は長へ報告し、今後の調整をいたします」


「承知いたしました」



 ウォードと呼ばれた老齢の男は恭しく一礼した後、部屋を後にする。

エルナはそれを見送るのを待たずに従者に命をくだす。



「ライル、ウォードについて旅の支度の手伝いを」


「はい! それでは後ほど!」



従者の少年は深々と礼をした後、タタタと小走りでウォードを追い、部屋を後にする。



「私も準備いたします。お母様、あとはよろしくお願いいたします」



 エルナは翡翠色の瞳を閉じ、目礼を送り、急ぎ部屋を出ようとする。



「待って、エルナ!」


「お母様……?」



 少し面食らったような表情のエルナが振り返ると、ファリアスはエルナに近づき、軽く抱き寄せる。



「……とても危険な場所よ。 可能なら、私が代わりに行ければよかったのだけれど」


「……お母様には暦司としてのお仕事がありますわ。

 それに、この日の為に私はこの世に生を受け、研鑽を積んで参りました。

 ウォードもついております、大丈夫」



 エルナは神秘性を窺わせる美しいエメラルドグリーンの眼で笑みをつくる。



「魔法剣や護符(アミュレット)巻物(スクロール)はできるだけ持って行きなさい。

 あの森には魔物だけじゃなく魔族(デーモン)も住み着いているわ」


「お母様、あれは戦の備えでは……」


「戦の備えよりも今は貴女が無事に星にお会いすることのほうがこの国にとって重要よ。

 ……こんな運命を貴女に背負わせてごめんなさい」


「お母様、それは言わない約束でしょ。

 私が私として生きる意味がある、それはきっととても幸せなことだわ」



 それでも我が子に自由を与えてあげられなかったこと、

苛烈な運命の中に放り込むことになること、

そしてその我が子の健気さがファリアスの胸を苦しめた。


 ポツリ、ポツリと言葉を紡ぐ。時間は待ってくれない。



「……くれぐれも気をつけて」


「お母様も。……7つの星が、これでこの地に全て降り立ったことになります。サーグヴァルト皇も躍起になっていると、風の噂で」


「わかっているわ、ありがとう。……あなたに、星月の灯りの導きがあらんことを」



 ユーリと母親は頬を軽くあわせ、目で憂慮を伝え合い、惜しむように抱擁し、そしてそれぞれの目的地へと歩みだした。



「ドゥーベ……変化を告げる星……」



 ファリアスは自室の窓から見える北の空を見上げ、神々のように強く光るその星に祈った。



――この国と我が子の行く先を暖かく照らして欲しい。


  星のもたらす変化が、美しく優しいものであることを願って、母の祈りは捧げられた。




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