言魂の精霊
一通り呆然としたあと、カバンからコンパクトタイプの鏡を取り出した。
スーツのホコリ取りと一緒になっている便利なやつだ。
「うわぁ……マジだ。これ中学生くらいか……? 未ジャングルってことは小学校の高学年ぐらいなのか……? こんなことありうるの……?」
鏡に映る自分は、今や懐かしい顔だった。少しばかりカサカサだった肌もツヤッツヤのプルップルだったし、そういえば髭をしばらく剃ってないにもかかわらず顎には産毛も生えていない。
「いやぁ、でもこれはこれで悪くないな……。俺がショタだ、ショタ。うへへ……」
やはりオッサンは若さが欲しいものだ。
若返るために色んなサプリメントに手を出しては無常なる時の流れに涙する、そんな日々を大河も過ごしていた。JC、JKよりむしろDC、DKに憧れる人も少なくないだろう。だってもうこれで腰痛を緩和するために薬局のセールで180錠6000円とかするナ●リンSとか海外の通販サイトでバカみたいにでっかいアメリカ人サイズのサプリとかも買わなくていいのだ。上がりに上がった中性脂肪を下げるために必死でドコサヘキサエン酸のバカみたいにでかいカプセルを飲まなくてもいいのだ。
「ヘコまないようで何よりだよ。これも仮説だけど、肉体や持ち物を再構成しようとして、途中で材料が足りなかったんだろうね神様も」
「俺は買い忘れてジャガイモの入っていないカレーかよ」
「カレーか、相当美味しいみたいだね。味も再現できればいいんだけどなぁ」
「なんかもう、どこまであり得る話なのか匙加減がわかんねーよ」
苦笑いしながら大河は答える。
そういえばスーツや靴はジャストフィットしてる割に時計は緩いし、コートやマフラーだって着ていたはずなのだが、割と色んなことが中途半端である。
とりあえずやるべきことはパンツを脱ぎ、今の砂漠化した自分と向き合うことと、そのパンツを乾かすことだった。
◇◇◇◇
ルーニーの献身的な助けもあり、服を乾かすことができた。ついでに泥だらけになっていたのも乾かし、なんとか人間のレベルまで見た目を整えることができたように思う。
気を取り直して、大河は小腹が空いていたことを思い出し、カバンからカロリー補給用のスティックバーを取り出す。フルーツが入ったやつがお気に入りだ。日持ちすることもあり、何本か鞄に入れていたのがここへきて奏功した。単に都度買いに行くのが面倒だっただけなのだが。
ポリポリとカロリースティックを食べていると、ルーニーがフンフンと鼻を鳴らし寄ってくる。
「欲しい?」
「ふーわっふ〜〜ぅ! いただきま〜〜す!!」
少しスティックを割ってあげると、はむはむと美味しそうにしてくれる。
尻尾が感情豊かでかわいい。ぽふぽふと上下に揺れている。
「やー、お菓子ってのもなかなかいいもんだね。昨日のチョコのやつも美味しかった~」
「精霊って食事するんだな。てか、何そのふわっふぅ!っての」
「まあ食事は趣味みたいなものだね。別に100年くらい何も食べなくても生きていけるけど、飲み物や食べ物の味を楽しむのも、オツなもんなんだ。おやつだって食べるしね。」
得意げっ!といったようにルーニーが言う。
笑いながら大河は辺りを見回し、呟く。辺りは相も変わらず押し潰されんばかりに樹々が生い茂っている。日差しは所々で入り込んでくるが、焚き火がなければ夜の様に暗くなってしまうかもしれない。
「まずはルーニーのこともだけど、この世界のことも知らなきゃな。誰かこっちの世界に詳しい人が助けてくれるのが一番いいんだけど。……ん、ところでさ、今更なんだがなんで俺はルーニーと問題なく話せてるんだ?」
「ふふ、こういうの全部まとめて、ゴツゴーシュギっていうんだよね」
「それで済む話なのか……」
「いや、実際は簡単な話だよ。大河が倒れてる最中、記憶を盗み見てる間に、脳の言語中枢をこう……、ね?」
「弄ったのね!?」
「まあ、権能の応用だね。同期させただけだよ。契約を結んでからは、寝てる大河の脳に直接この大陸の一般的な言語を直接インストールして……」
「なんか君、マッドすぎない? インストールて、俺はスマホかパソコンか!」
「わかりやすいでしょ? 別にクチュクチュしたわけでなしいいじゃない。それにゼロからの言語習得は大変だよ。その方が効率的かなと思って」
てへ、といった風だ。
まあ実際、ご都合主義だろうがなんだろうが言葉を気にしなくていいのは助かる。ルーニーの言は正論っちゃ正論だ。それにしてもファンタジーやSFの主人公がやれやれとよく口にする理由がなんとなく大河もわかってきた。
納得行かないことは山ほど積んであるが、大河は目下のところ重要なことを聞き出そうと試みた。
「魔術、『ライティング』ってあれが英語だったのは?」
「ンー、わからないけど魔術の『鍵』になる言葉はこっちの世界のガリシア魔術言語だったよ。
頭の中で精霊が勝手に適当な言葉に置き換えてるんじゃないかな?」
「精霊!? 俺の脳内に精霊いるの!?!?!?」
頭の中に妖精さんがいるとか……ファンタジーよりSFのほうが近い気がする。
ってか危ない人な気がする。
「そーだよ。 この世界の言霊を司る微精霊をボクが記憶領域に送り込んでいる。
彼が一晩で(言語習得を)やってくれました」
「有能な精霊だな……」
「ジェバンニと呼んであげて」
「呼ばないわ! てか漫画読みすぎだろ!!!」
「ジェバンニもキミの頭の中広くて住みやすいって言ってる」
「頭からっぽって言ってるよね??」
「夢詰め込めそうでいいじゃない!」
もうダメだ、この子……。完全に毒されてる……。っていうかアニメ見すぎだろ。
「バス・トイレ別らしいよ」
「人の頭の中で何してんの!?」
「ペット可らしいよ」
「人の頭の中で何してんの!?!?」
「管理人さんともいい関係が築けそうらしい」
「俺に管理させて!?!?!?」
ルーニーはけらけらと笑う。
「まあまあ細かいことは気にすんな! それより、この世界の人間に会いたいって?」
「それよりって……。まあ、言葉が通じるなら話してみたいかな。
観光的なのもしたいし。魔法世界なんて夢みたいだしな!」
「なるほど、観光か。それも楽しそうだね」
「でしょでしょ? ファンタジー世界を観光なんて夢みたいじゃん!
天空の城とか海に沈む古代の神殿、雲まで届く世界樹、死闘の末仲間になる伝説のドラゴン……。
ワクワクが止まらないぜ! なんせ俺は地球時代ハワイにしか行ったことないからな! 店員のねーちゃんに日本語で『ゴ注文ハ何デスカ?』って聞かれたときはどうしようかと思ったもん。逆に」
「ハワイってのはよくわかんないけどねー。でもこの森かなり広いよ?
ヒトに会うならこの森抜けた方がいいと思うけど」
「マジか……歩いてどれくらいで抜けれる?」
「うーん、歩きだけ?
人間の徒歩速度なら、まっすぐ最短で……月が満ち欠けし終わるくらいかなぁ」
「い、1ヶ月ってこと!?そんな広いの?」
「東京ドーム2億個分くらい?」
「逆にわかりづれーわ!!!!!! てかそれ北海道より広くね?
北海道が東京ドーム何個分かわかんねーけど!」
「まあかなり広いってことかな。しかも鍛えられた人間で多分それくらい。普通なら出る前に死ぬと思う」
「そんな広いなら歩いて出る前に俺腹減って死ぬな……。現在地もわかんないし、方角も……わかったところで、だなぁ」
スマホの方位磁針アプリは何故か動くようだが、そもそも合っているのか確認できない。てかこれGPSとか関係ないのか。マップアプリはもちろん反応しなかった。
とりあえず一方向に歩こうかとも考えたが、電池がもったいないので無駄遣いはできない。こういった現代文明の利器はどこかで素晴らしい価値になるはずだ。
(スマホになってからは充電ケーブルくらいは持ち歩くようにはなったけど、
電気がそもそもあるのかわからんな。
つか、オフラインじゃできることも限られてるか。
音楽聞いたりメモ取るくらいかな……)
「んー、どっちの方角かに真っ直ぐ行くにしても徒歩でこの装備じゃなあ……」
「そんな装備で大丈」
「あ、そうだ!ルーニーは転移魔術的なの使えないのか?」
話を遮ってやや不満顔の精霊。
「使えるけど触媒、つまり決められた扉になるものがない転移魔術は座標の特定も移動にかかる演算も大変だね。現在地から平行に移動させるくらいなら難しくもないけど、ちょっと転移位置に失敗したらあれだ。『いしのなかにいる』状態だね。
普通は特定の魔法陣と魔法陣同士とか、鏡と鏡同士とか、魔術的媒介を目印にするし、演算自体にめちゃくちゃ時間をかける」
まあ考えてみりゃそうか。
しかし『次元』って言われてみればホント使いづらいな。
「山とか確実にないだろう高さであれば、少なくとも石の中ってことはないからやってみる?
ボクは浮いてるし」
「それそもそも気圧とか気温とかで多分アウトだし、結局俺潰れて死ぬから却下で」
「ああいえばこういう」
「しょうがないでしょ! つってもマジでこれ詰んだんじゃね?」
「食事ならその辺の獣を刈って食べればいいじゃないか」
「フッ残念だな!」
大河は自信満々に精霊に告げる。
「こちとら生まれも育ちも現代日本の恵まれた環境でぃ!
獣捕まえたり捌いたりなんてできるわけなかばいなかばい!!」
「自信満々に言うなよ……」
「ルーニーが空高く飛んで助けを求めるって案は?」
「いいけど……もっといい案があった」
「え?」
ルーニーは物凄い悪人顔をしながら告げた。
「珍しいことに、さほど遠くない位置に人間らしき生き物が数名来ている」
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