人口呼吸
大変遅くなり、申し訳ありません。仕事の関係で少し更新頻度が下がってしまっております。
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「リック! 大丈夫かリック!」
胃酸のようなツンとした刺激臭が鼻をついた。呼びかけてもリックの反応はなく、ぐったりとしている。服はぐずぐずに溶け始め、肌も真っ赤になってしまっている。
反対に、大河の顔はこれ以上ないほど青ざめていた。
「息……してねぇ!」
大河は自身の服の袖で溶解液を必死で拭いながらウォードとルーニーに判断を仰ごうと顔を上げた。すると、大河の真上で突如として金属音が鳴り響く。
「え」
ウォードが大河の前に立つ。大河の横に一本の糸がはらりと落ちた。糸が繋がっている先には、ラクーシャが指先を突き出し、わなわなと震えている。
(糸を……弾丸みたいに飛ばしたのか!? なんだそれ!)
ラクーシャが盛大に舌打ちをし、怒りの形相でウォードを睨みつけた。
「……糞ジジイが、邪魔すんじゃねぇ! アタシのジュースを台無しにした糞猫も、絶対に許さない!
殺す! 死んだ方がマシだって思うくらい苦しめて殺す! 首から上はそのまま残して、身体だけ溶けていく苦しみを味あわせてやる!!」
ラクーシャの怒気に、大河は思わずリックを庇うように抱きしめた。ラクーシャは狼のような牙をギリギリと噛み締め、腕先は怒りで震えている。その怒声だけで吹き飛ばされそうなほどだ。
ウォードが油断なく剣を構え、後方の大河たちに指示を告げる。
「……タイガ様、リック君をミリーのところへ。
ルーニー様、タイガ様とリックくんの装備を空間魔術で運べますか?」
「……それは大丈夫だけど……。ボクはエルナのところに行った方がいいかい?」
ルーニーはウォードの意図を汲み取ろうとしたが、それは否定された。
「いいえ、お嬢様は平気です。あの程度の魔族なら、相手取れる。この女は私がなんとかしましょう」
ウォードの言葉に、ラクーシャが再度怒りの形相を浮かべる。
「ナメてんじゃねえぞォ! 老いぼれがァ!」
完全に我を失っているようなラクーシャの怒声を完全にウォードは受け流していた。
淡々と後方に構える二人の行動に指示を続ける。
「ルーニー様はタイガ様をお願いします。……どうやら敵はまだまだいそうですので」
「……わかった。気をつけて、アイツまだ隠してる。
行こう、大河」
ウォードもエルナも心配だが、この場でリックの処置をできるとは思えない。人工呼吸なり魔術による治癒なり、一刻も早くミリーに見せたほうがいいのは明白だ。大河は黙って頷き、リックを抱きかかえた。
「逃げられると思ってんじゃねえ!」
ラクーシャが雷の様な速度で大河たちを追わんと跳躍する。
またもや響く金属音で大河が振り向いたときには、ウォードがラクーシャと鍔迫り合いのような形になっていた。
「ウォード! ごめん! 気をつけて!」
大河は自身の不甲斐なさから来る遣る瀬無さを押し殺し、ウォードに大声で激励の言葉を送った。ウォードがにこりと微笑みを投げる。
(早く……! ミリーのところに!)
大河はリックを抱え、力のあらん限り走り出した。
◇◇◇◇
「ミリー! リックが! リックを診てやってくれ! 息してない!」
ドタバタを階段を降り、大河は食堂に飛び込むと、残った客の手当てをして回っていたミリーに向かって叫んだ。
半分泣きかけている大河の様子に気づいたミリーとグリス、ライルが駆け寄って来る。ライルが悲痛な声を上げた。
「リック君!」
大河が床にリックを下ろすと、ミリーが真っ赤に炎症を起こした肌を見て顔を顰める。
「魔族の繭の中で、溶解液みたいなものに浸ってたみたいで! ルーニーが外に出した時には息してなかった!」
ミリーは黙って頷くと、首元に指を当て脈を取った。脈が残っていることを確かめると魔術の詠唱を始める。
『探査!』
リックの全身を青い光が包み込んだ。ミリーは魔術によりリックの状態を診断する。
「……一時的な全身麻痺状態ね。おかげで幸い溶解液を飲み込んではいない。ただ、全身酷い火傷状態になってる。」
ミリーは続いて、矢継ぎ早に指示を出した。
「ライル! 私の荷物にある銀虎耳草の軟膏を持ってきて!
グリス! 洗い場の大きい桶にお湯をいっぱいいれてきて!
ルーニー、水球で溶解液を洗い流して!
私は麻痺の解除の後治癒魔術の準備をする!」
ライルとグリスが素早く行動に移る。指示を受けていない大河はおろおろしてしまう。
「み、ミリー! 俺はどうしたら……!」
「タイガは……ちょっと待って!
早く麻痺を解いてあげないとリックの呼吸が……」
大河は目に涙をいっぱいに溜め、歯噛みする。情けない自分が嫌になる。薬の名前もわからないし、水浴び用の大きなタライは大河一人じゃ運ぶのに時間がかかるだろう。魔術だって使えない。
(何の役にも立たねえのかよ!)
ルーニーが魔術で人間サイズの水球を創り出し、リックの全身に乱暴に水をかける。それでもリックは目覚めない。
あれから既に数分が経過している。ミリーはいつもよりも長い魔術詠唱を開始した。
(リック……!)
ぐったりとしているリックを見つめ、大河が声をあげた。
「ミリー! 俺人口呼吸ならできると思う! 会社の防災訓練でやった!」
ミリーが眉をひそめ、戸惑いの表情を浮かべる。詠唱の最中のため、会話ができない。
(くそっ! 人口呼吸なんて概念ないのか!? でも、呼吸停止したら早く空気送ってやんなきゃ脳に影響出ちゃう。
あれから何分経った!? 説明してる暇ねえ!)
大河はリックに近づき、額と顎に両の手を当てると、少し顎を上げ気道を確保する。
(リック、嫌かもしんねえけど許せよな!)
大河は胸に大きく息を溜め、リックに顔を近づける。大河とリックの口と口がまさに触れ合うその瞬間、リックの身体が青白く光った。
するとリックの片目が開かれ、突如咳き込み始める。
「……ゲホッ! ゴホッゴホッ!
な、なん……」
「リック!!」
リックが両目を開くと、目の前には大河の顔のどアップ。リックは咳込みながらも、たちまち炎症で真っ赤な顔を更に赤くする。
「ゲホッ! な……何してんだお前はァァァ!」
「ぐはっ!」
大河の腹にリックのボディブローが突き刺さった。大河はそのままよろよろと後方に後ずさり、苦痛に耐えギリギリの笑顔を作った。
「……元気そうで……何よりです。ぐふっ」
大河はそのまま腹を抑え、手でグーサインを作りながらつんのめって気絶した。
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