女魔族
階段を登ると既に事切れたリックの姿。炎のように赤い眼は既に色を失い、虚空に浮かぶ魔族と同様に虚ろ。魔族は厭らしく、ニタニタと笑っている。リックの赤い、赤い血を啜りながら。
(……んなわけ、ねぇよな。リック、待ってろよ)
大河は目を閉じてあの悍ましい魔族の姿を思い浮かべた。兵士が宿の二階並みの高さから抵抗なく落ちたあの痛ましい音が大河の耳に聴こえてくるようだった。どうしても、不吉な想像しか浮かばない。
ウォードが慎重に、されど素早く階上へ移動する。安全を確認すると後に続くエルナと大河に首で合図をした。
二階は廊下の奥が既に破壊され、天井があった部分には今は夜の暗闇が見えており、激しい戦闘があったことを窺わせる。
大河の表情が歪む。
(リック……!)
ウォードは大河の部屋の扉の前まで行くと、再度エルナに目配せをした。エルナが小声で大河に作戦を告げる。
「魔族の気配は二つあります。私たちが時間を稼ぎます。タイガ様は装備を」
大河は小さく頷く。エルナがウォードに目で合図を送ると、ウォードが部屋の扉を開けた。
扉の向こうでは紫の髪を携えた女性が部屋の隅にある白いモノを愛おしそうに撫ぜていた。カマキリの卵を成犬ほどの大きさに拡大したような、不気味なモノ。
ウォードが剣を抜き払った。
「……あら、こぉんなに愛おしい時間を邪魔するなんて、なぁんて野暮かしら」
女性がチラとこちらを眺め、呟いた。この女性もまた、血に塗れたように真っ赤な眼を持っていた。
(――魔族だ)
大河の背筋に冷たいものが流れた。ビリビリと放たれる凄まじい存在感。水中にいるかのように息苦しい。
目の前の魔族の均整の取れた美しい肢体と、真っ黒な露出の多い服。街ですれ違えば思わず振り向いてしまうような美貌も、蠱惑的な雰囲気と相まって悍ましさを醸し出す。
ウォードやエルナが油断なく魔族と対峙すると、闇夜の空から先の水死体の様な魔族が音もなく降りてくる。
「ヴヴ、赤イ髪ノヤツ、俺ガ喰ウ、ヅモリダッタノニ"。ラクーシャ、イキナリ取ルなんて酷イ」
カタコトのように言葉を操る魔族。赤い髪の奴とはリックのことだろう。こいつと交戦中に女魔族がなんらかの方法でリックを取った。
女魔族が手を振りながら答える。
「もう、いつまで言ってんのよ。あぁんな可愛い若い男の子アンタには勿体ないじゃない。
ホラ、新しく客が来たわよ。あの二人はアンタにあげるわ、ガロン。あ、奥の黒髪の子は食べちゃダメよ」
ラクーシャと呼ばれた女の魔族は会話しながらこちらに顔を向けた。ガロンと呼ばれる水死体の様な魔族もこちらを振り向く。
大河は思わずひっと声を漏らす。エルナは頭の中で魔族の言葉を反芻した。
(黒髪は、食べちゃダメ……? まさか……こいつらの目的は)
エルナが思案している最中に、今度はウォードが魔族に問い質す。
「……ここにいた赤い髪の少年をどうしました」
女の魔族ラクーシャがウォードの言葉を聞き、一瞬眉根を寄せた。が、すぐに合点がいったというようにニヤリと笑う。
「……ああ、貴方、あの子のオトモダチ? 残念ね、あの子はこの繭の中。今この中でゆぅ〜〜っくり美味しいジュースになっていってる所よ」
「なっ……!」
大河が驚愕の声を上げると同時に、ウォードが投げナイフを繭に投じ、ルーニーが魔法で風の斬撃を飛ばす。ラクーシャは余裕の表情を崩さない。避けようとも、横にある繭を守ろうともしない。攻撃が繭に到達すると、キィンと甲高い音を立ててウォードの投じたナイフが跳ね、風の斬撃はバシュウと重い音と共に弾け消える。
ラクーシャは身を捩り、可笑しそうに笑った。
「……ヤダわぁいきなり。不粋ねぇ。こぉんな美しいモノに躊躇なく攻撃するなんて。
まあ、この繭は普通の攻撃じゃあビクともしないけれど。これでお判りかしら?
あと一刻もすれば中の子もトロットロのジュースになるわ。私が満足したら分けてあげないこともないわよぉ?」
「……糸で結界を作ってるのね」
大河がラクーシャの言葉を必死に理解しようとする横で、エルナがポツリと歯噛みした。ラクーシャはエルナに気づくと、口元に手を当て、口角を吊り上げた。
「あぁら、貴女よく見たら可愛いじゃない。そのエメラルドみたいな瞳、とぉっても綺麗。貴女もジュースにしたいわぁ」
ラクーシャが舌舐めずりをする。大河は身の毛もよだつ思いだったが、エルナは動じない。
しかし、その瞬間これまで沈黙を守っていた水死体の様な魔族ガロンが手を肥大化させ伸ばし、エルナの足元ごとすくい上げた。尋常でない破壊音が響き渡り、エルナが床ごとぽっかり空いた天井に投げ出された。
「エルナ!!」
大河は叫び声を上げる。エルナの様子はわからない。
ガロンはラクーシャの方を威嚇するように見やり、恨みがましく告げた。
「コッチノ若イ女ハ、オレノ"。ラクーシャ、俺ニアゲルッデ、イッダ」
そう言うとガロンはエルナが吹っ飛んだ方向へ大きく跳躍する。ガロンが先程までいた床はヒビが入ってしまっていた。一体どれほどの力が加わればあのような跳躍が可能になるのか。
ラクーシャが身をくねらせながらこちらへ向き直る。
「……ガロンに取られちゃったわね。じゃあ私の相手はお爺ちゃん、貴方かしら?」
その言葉にウォードが身構える。動揺する大河をよそに、ウォードが魔族を見据えながら言った。
「ルーニー様、リック君をアレから出すことはできますか?」
ウォードの言葉を聞くと、ラクーシャが手を叩いて笑う。何も知らない幼い子供の発言を、大人が笑うかのように意外な表情を浮かべた。
「あっはぁ、面白いこと言うのね。この繭は私のマナを注ぎ込んだ特別製よ、わかるでしょう?
魔剣の『星』たるザガルト様にだって斬れはしない。
貴方達にできることはオトモダチがゆぅっくりずぶずぶに崩れていくのをただ待つことだけ」
魔族は得意げに告げる。大河が絶望の表情を浮かべた。
ルーニーがふよっと大河の前に躍り出た。
「確かに、普通の攻撃でアレを斬るのは難しそうだね。最早繭を隔てた内側は別の空間と言ってもいい」
「解説ありがとうかわいい精霊さん。そう、いくら貴方が強力な魔法を使ったとしても」
ラクーシャが言葉を言い切る前に、ルーニーが小さく何やら呟く。すると、突然光と共に大河の目の前の空間にリックが現れ、大量の液体とともに床にべしゃりと落ちた。
「リック!!」
「なんですって!?」
ラクーシャが驚愕の声をあげる。
大河が慌ててリックに駆け寄った。
「でも、お生憎様。
別の空間、ご結構。ボクはこういうの得意なんだ」
ルーニーがラクーシャに得意げに微笑んだ。
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