動向
魔族が襲来し街中がパニックに陥ったその頃、冒険者ギルドでは職員が慌ただしく担当のクランやパーティ、冒険者との連絡を試みていた。
職員の中でも際立って体格の良い中年の男の怒号が響く。
「B級以上の冒険者には強制指名をかけろ! とにかく今カートルにいる奴ら総出でかからんと街が滅ぶぞ! C級以下は避難を手伝うよう指示しろ! 報酬の話は後回しにしておけ!」
「支部長。A級パーティ『蒼き風』の現在地が確認できました。既に魔族と交戦中の様です」
女性職員が中年の男に声をかけた。支部長と呼ばれたその男は、その報告に喜びの色を見せる。
「おお、おお! 流石だな! あそこはキロフの王女の護衛任務中だったな。王女は無事なのか!? 何かあったらギルドの信用に関わるぞ!」
A級以上の等級を与えられた冒険者は世界中を見渡してもごく少数で、冒険者全体の3%ほどになる。その殆どが大都市に本拠を置いているため、カートルの様な中規模の街にはA級パーティが常駐していることは稀であった。
『蒼き風』がこの街に来ていることは渡りに舟であったが、王女の直接指名任務という性質上、依頼人の保護は絶対である。ましてや相手は王位継承権を持たないとはいえ王女だ。基本的に冒険者の死傷は自己責任とされているが、王家にもなれば国家的な問題が紛糾しかねない。
支部長の心持を知る女性職員は、言いにくそうに目を伏せた。
「……その、偵察隊の報告では、報告された宿には王女の姿は確認できないと」
「何だと!?」
支部長の怒号が執務室全体に響き渡った。近くのデスクに座っていた新米の女性職員はひっと声をあげる。
女性は恐る恐る報告を続ける。
「『蒼き風』や同じく任務にあたっているB級パーティの近くにも姿を確認できません。周辺に透明化などで潜んでいる反応もないとのことでした」
「あのじゃじゃ馬姫、まさか街に戦いに出ているんじゃあるまいな!?」
支部長は少しばかり薄くなり始めた頭を抱えた。
キロフの第3王女ターニアの「やんちゃぷり」は冒険者ギルドのなかでは有名である。一人でジャングルに出向き凶暴で有名な狒々と呼ばれる魔物を狩ってきたり、百を超える団員を抱える大規模な盗賊団の本拠に乗り込み指名手配されていた盗賊団長を捕らえたりと、魔物じみた行動力で、無謀なクエストに挑み続けているのだ。
現在、街中には『蒼き風』と交戦中の魔族を含め、5体の高位魔族と思わしき存在が確認されている。もしそれらから街を救うため、王女が単独行動をしていたら。
支部長が最悪の事態を想像し顔を青ざめると、今度は別の職員が執務室に飛び込んできた。
「し、支部長! 大変です!」
「ええい今以上に大変なことがあるか! まずはキロフ王女の捜索と保護が最優先だ!」
「で、ですが……さ、先程東の塔から帝国軍が攻め入ってきたとの報告が」
「な、な、な、な、な、なにぃ〜〜!?」
新たに報告に走ってきた男性職員は肩で息をしながら偵察隊の情報を取り次ぐ。
「評議会が発行した許可証を確認し、開門したところ突如魔族が襲来し、動揺している隙に今度はサーグヴァルトの兵士が門番らを殺害したと……!」
「な、なんという……! 何の目的でカートルへ!?」
「不明ですが、殺害される前の門番の報告では『指名手配犯を捜索している』と。許可の相手方は……サーグヴァルトの第一皇子です……」
報告を聞く周りの職員の顔が歪む。この世界で最も強大な軍事力を誇るサーグヴァルト帝国だが、その第一皇子の名は大規模なメディア媒体などを持たない母なる大地の民の間でも数多の残虐なエピソードと共に知られていた。
支部長は苦虫を噛み潰したような顔で呟いく。
「あの……狂皇子か……! ……何もしなければこの街は焼き払われるな……」
「しかし、帝国軍との交戦は冒険者ギルドの禁止事項である戦争行為にあたるのでは」
国家間の戦争へ冒険者ギルドは不介入を貫いている。世界の半分以上の国で活動を行っている冒険者ギルドにとって、国家間の利害に関わると不利益を被るケースのほうが歴史上多かった。その為、冒険者ギルド憲章という形で戦争行為への不介入が定められた。
戦争への加勢は利害関係に直接巻き込まれるだけでなく、特定の高位冒険者の囲い込みや場合によっては暗殺など、争いが頻発した。そのため、傭兵ギルドとの領分を保つということで体裁を整えたのだ。
「……現状帝国からの宣戦布告があったわけではない、そうだな?
非常事態だ。魔族への対応と避難誘導が最優先だが、正当防衛と認められる場合に限り帝国軍とも交戦を許可する。カートルの冒険者には緊急伝令をかけろ。今すぐ用意だ」
職員は目礼で支部長の元を去る。
支部長は舌打ちをし、下を向いて瞑目する。
「奴が凶行に及べばこの街が滅ぶか……。あの狂皇子、何を考えている……?」
◇◇◇◇
ルーニーの突然の発言に大河は目を見開いた。手の先ががくがくと震える。
今、ルーニーは何と言った?
リックが、どうした?
「それ、どういう意味、だよ……」
人は生きているだけで魔力を生成し続ける。睡眠中でさえ微量ながら魔力を放出し続けているのだ。精霊はマナから生まれるため、人よりも過敏に魔力を感じ取ることが可能で、注意深く気配を探れば範囲は数キロにも及ぶ。その精霊が、魔力を感じないと言っている。
大河の問いにルーニーが瞑目する。
「……そのままの意味さ。さっきまで魔族と戦っていたリックの魔力反応が一切なくなった」
「だからそれがどういうことなのか聞いてんだよっ!」
大河が珍しく声を荒げる。肩は上下に揺れ、今にもルーニーに食い掛かりそうであった。ルーニーが押し黙る。
二人の間にエルナが割り込んだ。
「タイガ様、魔力の反応が消えただけであれば、特定の結界に閉じ込められたり、転移などの魔術を使用された可能性もあります。
どうか、落ち着いてください」
大河はエルナの言葉に自分を取り戻す。大河が理解したままの意味ではない可能性もまだ残されている。
大河は少し俯くと、目を瞑り、浅い呼吸を整えるため深く息を吐き出した。動揺は町人にも伝わる。大河は心の内で「落ち着け、落ち着け」と繰り返し、顔をあげた。
「……ごめん、ルーニー。早くリックのところに行こう」
「グリス、ミリー、ライルと共にこの場を頼みます。ウォードは私と上に。タイガ様、私たちが時間を稼いでる間に装備を整えてください」
エルナの指示に負傷者の手当てをしているライルとミリー、グリスが小さく頷く。エルナとウォードは既に戦いの準備をすませていた。
魔族への恐怖心は強く残っている。できることなら二度と相対したくはない。行っても狙われるだけかもしれない。それでも、大河は覚悟を決めるように二階の方を見つめ、言葉を発した。
「行こう。リックのところへ」
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