轟音、響く。
「第8話 星に願いを」に挿絵を追加いたしました。エルナが大河たちと出会う前のイメージビジュアルとなっております。是非エルナの顔を見てあげてください!
「くっそぉ、ホーンラビットの角の納品で200Zかぁ。魔石と毛皮も買い取って貰えたけど合わせて600Z……。装備やなんかで金もかかるし、怪我するかもしんねーし、冒険者も大変だぁな」
大河たちはターニア一行と別れ、宿へと帰る途中だ。クエスト達成報告をし、報酬を得たが冒険者として稼ぐことの難しさを身をもって知った大河である。
夕暮れの街並みは馬車の往来も落ち着き、広々とした大通りをみんなで並んで歩く。石造りの街並みに赤い光が映え、昼間とは異なる美しさを見せる。
ライルが大河の前に出て手をバタバタさせながら笑った。
「でもでも、それこそドラゴンなんかを仕留めればそれだけで100万Zを超えることもあるって聞きます!」
「ドラゴンか……。会ってみてえけどこえーなあ……。ドラゴンを倒すクエストってどれくらいの等級なんだ?」
「一般的なグリーンドラゴンならB級ってとこっすかねー。パーティ組んでるの前提すけど。一夜でカール王国を滅ぼした伝説の赤竜にもなれば文句なしのS級すね」
「赤竜かーかっこいいなー! ボクも戦ってみたいなー!」
グリスの話を聞き、ライルが目を輝かせた。冒険者に憧れでもあるのかもしれない。
(ライルも男の子だもんな。冒険には憧れるよな。リックはあんまそういうのなさそうだけど)
大河はリックをちらりとみる。またもリックは屋台の匂いにつられていた。まあ、男の子だもんな……うん。
「あとは貴族や王族なんかの指名依頼が入れば多分がっぽりっすよ。あの王女様と仲良くなっておくといいっすタイガ」
「そうよそうよ! 玉の輿よ!」
「なっ……玉の輿ってそんな俺は。仲良くったってなあ……。ってえ! なぜ蹴るリック!?」
あの後ターニア達とは明日エルナを紹介するということで話を落ち着けた。ネクトはまだルーニーをモフりたがっていたが、そろそろ日も暮れるということで強制的に解散してもらったのだ。彼女達も数日この街で休息する予定だったのだそうだ。年の瀬くらいゆっくりしたいのはどこの世界も変わらないものだろうか。
そうこう話しているうちに大河たちは宿に到着した。
「くぅ~! 今日も色々あった!」
「むにゃ。もう朝ぁ?」
へべれけ精霊様もどうやらお目覚めのようだ。
茜さす宿を見上げ、大河は全身の疲労とそれに伴う充実感を噛み締めたのだった。
◇◇◇◇
「おお、ホーンラビットの肉ですか。氷で冷やしてありますね。これは魔術で? 氷は難しいって聞いたことありますよ?」
宿に入ると主人が出迎えてくれた。大河がホーンラビットの肉塊を手渡すと、何よりまず氷に驚いたらしい。大河的にはそのまま持って帰ったら悪くなっちゃいそう、くらいの感覚でルーニーにお願いしたのだったが。リックは冬だしそのままでいいと言っていたが、日本でスーパーなどに並ぶ食肉は既に締められてから数日経過していることを知らない大河の感覚では、肉は冷蔵しないとすぐ悪くなってしまうものだった。
「へへ、うちの大精霊様がちょっちょっとね! うまい兎料理期待してるよ!」
「折角なので本日お出ししますね! この鮮度ならそんなに手間暇かけなくても美味しく食べられますから」
「ういっす! んじゃー俺たちは部屋に……っとその前に水貰っていくか。食堂しょくど……」
「あ、待ってタイガ様! ボクが水差しお部屋にもっていきます! タイガ様は疲れたでしょうから早く部屋に!」
「へ? いや、悪いし水くらい俺が……」
「あ、そうだタイガ。部屋で剣の手入れを教えなきゃっすね。さあいくっすよ! 剣の手入れも訓練のうちっすから、さあさあはやくはやく!」
グリスがよく鍛えられた腕で大河を掴んだ。大河は逃げられない!
引っ張られるようにして階段へと向かっていく。リックが後ろから大河に声をかけた。
「じゃあ俺が部屋に」
「ああー! リック、ホラ私に偵察用の魔術を教えてくれるっていってたじゃない???? 今教えてよねえホラ」
「そんなん別にあとでいくらでも」
「うっさいわね早く行くわよ! ほら」
「わ! 引っ張るな!」
ミリーがリックを引っ張って階段へ向かうのを確認し、ライルはほっと胸を撫で下ろしたのだった。
「よーし、すぐ支度しなきゃ」
◇◇◇◇
あれからすっかり陽も落ち、蜂蜜色に染まった月が闇夜の空に輝いた。
大河の腹の虫も空腹を告げているが、なぜかグリスやミリーがあれやこれやと理由をつけて部屋の外に出してくれないのだ。トイレに行ったときはトイレの前までついてきたほどだ。エルナにターニアのことを報告しないのかと告げたが、そこはライルに任せればいいとの一点張り。向こうの話も聞きたいのに。
(……そういえばエルナ、お母さんとは連絡とれたかな)
大河が思案していると、ドアが急にバタンと開き、銀色の猫っ毛が顔を出す。
「タイガ様! ご飯の用意ができたので下に来てください! ルーニー様とリック君も!」
「んにゃ?」
「あ? な、なんだよライル!」
「さ、はやくはやく!」
ベッドの上で弓矢の手入れをしていたリックの手をライルが引っ張る。リックの膝でうとうとしていたルーニーも顔をあげた。
「へへー。こっちです! こっち!」
「なんだなんだ」
ライルがリックと大河の手を引っ張るようにして階段から食堂の方へ誘導する。グリスとミリーもついてきた。エルナたちは先に食堂にいっているのだろうか。
食堂の扉を開けると、途端パパパパンと爆竹が鳴らされる。突然の耳をつんざく轟音に大河は思わず防御態勢を取った。
「のわわわ!! な、なんだ!?」
花火のような匂いと煙がまず大河を襲い、ついで肉と香草の焼ける香ばしい香りが鼻をついた。
食堂の長テーブルには、多種多様な料理が所狭しと並べられていた。冬の野菜をふんだんに盛り合わせたサラダ、かぶや豆、かぼちゃのスープ、ウナギのワイン煮込みシチュー、貴重なスパイスをふんだんに使ったうずらの丸焼き、子牛の串焼きにハムやソーセージなどに種々のチーズ、そば粉のガレットやロールキャベツのような料理のほかに、リンゴなどの果物まで供されている。樽で用意されたワインにシードル、蜂蜜酒やビールのようなものも見受けられた。どこぞの貴族の誕生日パーティーか何か開かれるのだろうか。
呆ける大河とリックの前にエルナたちが現れ、得意げに微笑んだ。
「デザートに、特製のプリンも作りました。私の家に伝わる秘伝のレシピですよ。今は井戸で冷やしているので、あとでみんなで食べましょうね」
「エルナ様のプリンはすっごく甘くて美味しいんですよ!」
ライルがにぱっと笑う。後ろではウォードも微笑んでいる。グリスとミリーも知っていたようだ。二人ともしてやったり、の顔だ。いや、何かあることくらいはわかってたけどね?全然気づかれてない、大河はアホだとか、それは違うからね?
しかし何かあるとわかってたとは言え、これは……。
「エルナ……これは?」
「『星』が誕生すると、私たちの国ではこうやって豪華な食事をたっくさん作ってお祝いするんです。それに」
「わ!」
エルナがリックの手を取る。リックの頬がたちまち赤く染まる。
「リック君も旅の仲間に加わってくれたんだもの。全力でお祝いしなきゃ!
冬場だし、自分の国でもないからできることは限られていたけど、宿の主人にも協力していただいて、私もお料理手伝ったの。タイガ様にとっては、もしかしたらチキュウの料理ほど美味しくないかもしれませんが……」
「タイガ様の狩ったウサギもご主人が料理してくださるそうですよ!」
「あら、じゃあ初狩のお祝いもしなきゃね。ねえ、タイガさ……」
エルナが振り向くと、大河の目からぽろりと涙が滴り落ちた。
料理だけじゃない。あらゆるところにドライフラワーで作ったリースや、花飾りが飾られ、朝にはドカンと置かれていただけの木のテーブルも、美しい刺繍の入ったクロスと、暖かな炎が煌めく銀の燭台やステンドグラス調のランプで彩られていた。エルナやライル、ウォードが宿の主人らと手を尽くしてくれたことが伝わってきた。
大河の目から零れ落ちた涙を見て、ライルがあわあわと慌てふためいた。
「たっ、タイガ様!? 何かキライなもの入ってましたか!? ニ、ニニ、ニンジンも甘くソテーしてあるから大丈夫ですよ!?」
「あ、あれ。おかしいな。いや、なんか……すげえ嬉しくて……」
大河は慌てるライルの顔がおかしくて、泣きながらぷはっと笑ってしまった。そしてその後は次から次へと溢れ出る涙を拭い続けた。ルーニーは大河の腕の中で満足げに尻尾を揺らしている。リックが大河の服の裾をキュッと、強く掴んだ。
エルナは聖母のような笑みをたたえて、改めて声をかけた。
「タイガ様、ルーニー様、それにリック君。星月の導きのもと、貴方たちとこうやって縁を結べたこと。
私たちみんな、心より幸せに思っています。」
――おれだ。
「ボクも、友達が3人も同時にできてうれしいです! 色んな場所にいきましょうね! ドラゴンも倒しましょう!!」
「ほっほ。賑やかになってお嬢様もライルも楽しそうです。あのライルが準備も放ってタイガ様に付いて行きたがるくらいですから、いやはや驚きました」
「ウ、ウォードさん! だから準備いっぱいがんばったじゃないですか!?」
――おれなんだよ。
「リック。その、最初会ったときはごめんっす。これからは、あの、その」
「もう! 何モジモジしてんのよ! ちゃんと『仲良くしたい』って伝えなさいよ!」
「あああ!? なんでミリーが言っちゃうんすか!?」
――みんなとあえて一番嬉しいのは、おれなんだ。
「タイガ様、ルーニー様、リック君。ありがとう。これからもよろしくね」
エルナは優しく、穏やかな満月の光を羽織ったように柔らかい表情で微笑んだ。
大河はあうあう言うだけで言葉にならなかった。こんなに胸がいっぱいになったのはいつ以来だろうか。頭にもやがかかってしまったように、何も考えられなかった。
ルーニーが部屋にあるはずの大河のビジネスバッグからポケットティッシュを取り出し、手渡した。大河はそれを手に取り、ちーんと鼻をかんだ。
「うう……、この気持ち、なんて言えばいいのかわかんないんだ……」
「だいじなことだよ、大河。だいじなことはきちんと言葉にして伝えなきゃ、そうだろう?」
大河にルーニーが笑いかける。大河はぐいっと涙を袖で拭い、大きく息を吐いた。
「みんな、もう、だい"ずぎ……」
エルナたちがわっと笑った。
「ボクも結構長生きだけど、これまでで一番刺激的な毎日を過ごしてるよ。大河にもみんなにも感謝してる。ありがとう」
そういうとルーニーは大河に額を擦り付けた。そしてまた大河は泣いた。リックも最大限に照れながらポツリと呟いた。
「ありが、とう。……すげぇ、うれ、しい」
ライルをはじめ、今度はみんなが満面の笑みで弾け飛んでしまいそうだった。
大河はまたまた泣いた。泣きながらリックに抱き着くので、リックはひどく暴れた。
「うお~~んおんおん」
「やめろーばか大河はなせー!」
みんなが笑いに包まれる。エルナはパンと手を叩いた。
「さあ、せっかくの食事が冷めてしまいます! 今日は宿のみなさんにもふるまいます!
無くならないうちにどんどん食べてくださいね!!」
「うおお食べるっすー!」
「あ、ちょっとは加減なさいよバカ筋肉!」
「バカ筋肉!?」
今度は大河もリックも笑い声をあげた。暖炉の薪がパチパチと弾ける。建物全体が笑っているようであった。
――季節は冬、長い夜に月が優しく佇んだ。
魔石灯にも光が灯り、宿からは暖かい笑い声が響き続けた。
北東の夜空には朱い変光星が煌めく。その朱く光る変光星の前を小さな黒い伴星が横切ると、その星はあたかも笑っているかのようにちかちかと点滅して見える。
こんな毎日が続けばいい。
大河はそう思いながら沢山のご馳走を腹いっぱい食べたのだった。
◇◇◇◇
大河が初めて狩ったウサギはステーキのような形で供された。どうやらこの国の伝統的な料理らしい。ちょうど、フランス料理か何かで出てくる『ロワイヤル』のような料理だった。自分で獲ったという経験が加味されたのか、頬がとろけそうなほど美味で、出された時には食べきれるか大河は不安を覚えたが、何の心配もいらなかった。
ターニアのこともエルナに話をした。やはりターニア同様、母親であるファリアスには連絡が取れなかったらしい。商業ギルドも普通に取引をしているらしく、問題ないとは思うが、とエルナは難しい顔をした。とはいえ『星』である大河と旅に出る準備もしなくてはいけない。年が明けたらアリファルドに一度報告に戻りたいとエルナは話した。
大河は元よりエルナたちの祖国を見てみたいと思っていたし、ルーニーとリックももちろん異議を挟まなかった。明日は日本でいう大晦日にあたる。ターニアに挨拶がてら同行できるか話してみようか。こちらでは二年参りとか爆竹で祝うとか、そういうものはあるのだろうか。
夜更けまで宴会は続いた。周囲の住民を巻き込み、どんちゃん騒ぎは続いていたが宴もたけなわ。大河はエルナ特製プリンをおかわりしていた。砂糖はまだまだ非常に高価との話を前に聞いていたが、エルナ特製のレシピだというプリンはとても甘く、美味しかった。舌鼓でドラムが叩けそうだ。甘いものを殆ど口にしていなかったというリックはプリンを初めて口にし、珍しく笑顔を見せた。ルーニーもプリンがお気に入りになったようだ。
そのリックは強がってワインを飲み、今はへにょへにょになってしまい、何やらグリスと変な踊りを踊っている。社交ダンスというよりはどこかの民族の儀式の踊りだ。なんかくねくねしている。リックにもそういう一面があったのかと大河は目を細めた。
「うーきもちわる"い……」
「あーあーリック無理すっから。一旦部屋で休んでこい。おら」
「わぷ」
大河がリックを背中に乗せた。おんぶの状態でリックを部屋に運ぶ。普段なら恥ずかしがって暴れているだろうに。
「大河」
「ん?」
リックは大河の背中に顔を埋め、小さく呟いた。
「大河も、ありがと……」
「……俺のほうこそ、ありがとう」
木製の階段を一歩ずつしっかりと踏みしめると、ギシリギシリと音がした。大河たちはゆっくりと部屋に向かう。
◇◇◇◇
部屋に到着し、リックをベッドに座らせると水差しから木をくり抜いて作られたコップに水を注ぎ、リックへと手渡す。
「水、ゆっくり飲めよ。苦しかったらちゃんとトイレで吐けよ」
「んあ。ヘーキ……たぶん」
「ちょっと空気入れ換えるか。窓開けるぞ」
大河は窓の木枠に設けられた立て板をずらし、窓を開ける。
闇から飛び込んできた颶風が大河の顔を弾いた。
「うわっぷ。なんだすげえ風……え?」
大河が窓の外を見やると、空中に人が二人浮かんでいた。片方の人間がもう片方の首を持ち、高々と上げていた。首を掴まれているのは見回りの衛兵のようだったが、既に全く抵抗する様子はなく、絶命していることは明らかだった。
満足げに衛兵を掲げていたそれは、視線に気づき梟の様にそのまま顔を後方――大河の側にグルリと回す。魔石灯の光に下から照らされたそれの眼は水死体の様に虚ろで、濃く深い血の色をしていた。
赤より赫い眼をした者――魔族だ。
「ア"、ア"。マタ 見ヅカッタ」
魔族は大河の方に向けている頭を、壊れた人形みたいにカクッと傾げ、ニイッっと耳元まである口角を上げた。
刹那、暗闇の世界が昼に変わったかのように光り、目の前で雷が落ちたような爆音が街の至る所で響き渡った。
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