王女、ワクワクしちゃうの巻
作中で出てくる人馬の月は12月にあたります。
その後酔いどれ、寝潰れたルーニーをネクトが離してくれなかったので、大河一行は仕方なくギルド内の一部屋を借りていた。気を利かせた受付嬢のナルが来客用の部屋を貸してくれたのだ。さすがに冒険者とはいえ王女様をその辺に放って置くわけにもいかないのだろうか。ギルドの職員がお茶を用意してくれた。VIP待遇で得した気分だ。
大河はというと初めての王女にエルフ、獣人と一緒というだけで舞い上がりまくっていた。大河は日本でも自分の会社の社長すら入社式で見たくらいで、偉い人と会うなんて経験がほとんどなかった。それ故に大分緊張もしたが、ターニアは非常に気さくに接してくれたため、やっと少しだけ落ち着いてきたところだ。
それにしてもあのへべれけ具合といい、その後寝てしまったことといいこいつ下戸だな、とネクトの膝で寝ているルーニーを見て大河は思ったのだった。
西の小国キロフの第三王女であるターニアが謝罪を口にする。先程までより多少くだけた様子だ。
「ごめんね。まさか精霊様を酔い潰すなんて……」
いえいえそんな、という大河にターニアは小さく微笑んだ。ショートボブに青みがかった髪とくりくりと大きい瞳。少し幼い印象は受けるが非常に可愛らしく、気取っている感じがなくてとても魅力的だ。大河は思わずデレっとする。
鼻の下が伸びている大河の脳天にリックのチョップが突き刺さる。
「あいたっ! あにすんだリック!」
「気持ち悪い顔してるのがわるい」
ふーんだ、という風にリックはそっぽを向いた。なんだというのだまったく。
ターニアはくすりと笑うと、ところで、というように話を切り出した。
「それで、実は少し聴きたいことがあったの。あなたたちは……アリファルド王国の冒険者かしら?」
ターニアがグリスの鎧の紋章を見て尋ねる。アリファルドはエルナたちの国だ。
「えっと、冒険者登録してるのは俺とこのリックだけで……」
そこまで話してふと考える。この場合所属している国や目的などを安易に話さない方がいいのだろうか。相手は王女とはいえ、エルナ達とは敵対している可能性もある。
大河は一瞬逡巡したのち、グリスたちに眼を向けた。ミリーが合図を受け取り、話を引き継いだ。
「その通りですターニア様。
私と、このグリスはアリファルド王国の暦司ファリアス様の私兵。こちらのライルはファリアス様の息女、エルナ様の従者でございます」
「まあ、ファリアス様の!?」
「おお、これは奇遇な」
ミリーの言葉にターニアとガリアが顔を合わせて驚いた。大河は険悪な関係ではなさそうで内心ホッとする。
2人の反応にミリーが首を傾げた。
「ファリアス様が如何いたしましたか?」
「私、丁度ファリアス様の元へお伺いするつもりだったの」
「それで道中の護衛をしていたのだよ」
ターニアとガリアがこれ幸いといった表情を浮かべる。ターニアは手を胸の前で合わせ、とても嬉しそうだ。
「エルナ様がこの街にいらしてるのね。是非お目にかかりたいわ! お父様からよく話を聞かされたの。ファリアス様に似て非常にお綺麗だとか。魔術や星の動きにも明るく、歳も近いって!」
「ふむ、ターニア様。ここはひとつミリー殿たちに話を聞いてみては? 何かご存知かもしれません」
「そうね。少し私たちの目的をお話させてもらっていい?」
大河はぐるっとミリーやグリス、ライルの顔を見て、小さく頷いた。リックは興味なさそうにつーんとしている。まったくもう。
大河の首肯を受け、ターニアが旅の目的を話し出す。
「実は、年始の宮中行事で諸貴族に配布する具注暦がまだアリファルド王国から届いていないの。いつもなら人馬の月には届けていただているのに。何度か通信石やロッシェル盤でもアリファルドの通信局に連絡を試みているのですが反応がなくて」
ミリーたちが顔を見合わせる。
「おかしいわね。私たちが王都を出た時、暦はファリアス様が最終確認してたわよね? これから王に奏上するからって」
「はい、ボクもファリアス様の確認作業に使うリーディングストーンをお渡ししました」
リーディングストーンはガラスを半球状に加工した、小さい文字などを見るためのルーペの様な道具である。ファリアスは近年小さい文字を読むのが辛いと嘆いていた。少し前にライルはエルナと共に街で質の良いリーディングストーンを探し歩き、プレゼントとして贈ったのだ。
ターニアが少し困ったような顔を浮かべる。
「交易商などに話を聞くと、『普段通りだった』とのことなのですが……。それで、本来なら使者を遣わす所なのですが、その……」
「ターニア様が外に出たがり無理やりアリファルドを訪ねると言い出したのだ」
やれやれ、という面持ちでガリアが呟いた。ターニアはてへ、と舌を出している。どうやら割とおてんばな姫様のようだ。見た目は聖女、という感じなのに。
大河は失礼のないよう言葉を選びながらターニアに質問をしてみる。
「でも、王様もよくお許しになりましたね。不躾かもしれませんが、その……姫様がこうして出歩くなんて危険では?」
「だから『蒼き風』を指名依頼したのよ。この子達なら昔から知ってるし、下手な盗賊なんてものの数じゃないもの」
「一応もうひとつ、B級のパーティも護衛に加わってるがね。今は宿の手配と街の様子を見にいってもらっている。まあ何かあった時の逃走経路の確保だな」
ガリアはエルフらしい高い鼻をえへんと鳴らす。直接のご指名に満更ではなさそうだ。
それにしても大河の感覚では要人警護にこの人数は大分少ない気がした。とはいえそもそもA級、B級パーティやそれを狙う盗賊の標準的な強さがわからない。
こんなときルーニーが起きてたら「B級冒険者っていうと戸●呂弟くらいの強さだね」とかわかりやすい例え出してくれるのに。ってかそれだと冒険者くそつええな。だって素手でビルを平らにできるんだよ?お前らできるか?俺はできない。
リックが同じことを気にしたのか、単純に興味があったのか、グリスに質問をする。人見知りしてるんだろうが、いつもより3倍増しでツンツンしている。
「A級冒険者ってつえーのか?」
「んー、A級にもなれば雑兵相手なら数百いても相手できるとは聞くっすね」
「ふーん」
おお、いいぞグリス。わかりやすいぞグリス。その調子だ!微妙に言葉に険があるのが気になるが。まるで「まあ俺は雑兵じゃないっすけどね!」とでも言いたげだ。意外とグリスも負けず嫌いなのかもしれない。
「お、赤い髪の少年。私たちの強さが気になるかい?」
「べ、別にそんなんじゃねえけど」
エルフの剣士の言葉に、リックは慌てて顔を背ける。何となく眼を見せないようにしているのかもしれないと大河は思った。
「なら手合わせすればいい。それが一番わかりやすぐー」
虎の獣人だという少女ランジェが無表情にそう言った。いつの間に起きてたんだあんた。ってかもう寝てんじゃねーか。耳触りたい。
(あんな血の気の多い発言しといて寝るんかーい)
A級パーティって個性強い人多いな、なんて大河が考えていると、今度はガリアが大河に話を振った。
「それにタイガ殿だってあれだけの精霊と契約しているのだ。これだけの若さであの器を御すとは、我々よりも強い可能性は高いぞ」
「タイガを倒せばルーニーは私のモノに……」
「ちょちょちょ!!
おっ、俺はまだ駆け出しで! ルーニーとも縁あって契約しただけで! しかもまだ仮契約なんです」
ガリアとネクトが目の奥を光らせると、大河が慌てて手を振った。この俺が強いなんてとんでもない!さっきホーンラビット相手にチートなんて全くないことを確認したばかりだ。もちろん余裕で魔物をぶっ倒し、『え? これってすごいの?(きょとん)』みたいなことになるかとも少しだけ期待していたが、そういうのはミジンコほどもなかった。
大河の言葉にガリアが顔を覗き込む。
「ほう? それにしてはマナが洗練されてる気がしたが」
「へっ! A級の眼っても大したことねーな! こいつさっきホーンラビットに苦戦してたんだからなっ」
「え? ホーンラビットに?」
おいおい冗談だろ、という雰囲気がその場を支配する。リックこのやろ。
ターニアが微妙な空気を感じたのか、『蒼き風』の面々を諌めた。
「ランジェ、ネクト。それにガリアもダメよ。血の気が多いんだから。ファリアス様の私兵の方と戦うなんて……、ワクワクしちゃうじゃない!」
「え。」
「あ」
ターニアが手で口を抑える。ガリアは瞑目する。
(この人思ってたより跳ねっ返りだぞ……)
この人たちの旅、もしかしたら俺より強い奴に会いに行く、的なやつなんじゃねーか。
大河は人知れずそう思ったのだった。
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