母なる大地
夜の帳が下り、獣の遠吠えが樹海に響き渡る。
幾度となく交わされる獣の声の、その何度目かで大河は目を覚ました。その身体の下には草や葉っぱでベッドのようなものができていた。
「目が覚めたかい? 頭痛は和らいだ?」
ルーニーが頭の上をふよふよと漂う。
周りを見回すとどうやら焚き火も起こしておいてくれたらしい。それでも肌寒いことには変わりなかったが。
「ああ、もう平気。身体中バッキバキだけど。あとちょいさぶい」
身体を起こし、自分の肩を少し抱くようにしながら大河は答えた。
腕時計を見ると、夜中の1時頃だ。そもそもこの世界の1日が24時間なのかわからなかったが、今が夜であることは明らかだ。
目下のところ大河は、ボーナスで奮発して買った、スイス製のお気に入りの高級時計が壊れていないことに安堵する。
「ん、あれ。腕時計なんか若干緩いな……。ってか、ベッド作ってくれたんだな。火も起きてる、すげえ。ありがとな。」
「いえいえ、調子はどうだい?」
「ん、身体中痛いけど、頭痛はひいてる。ホント助かった。ありがと」
そういって大河は焚火に向き直るように座りなおした。ルーニーはふふ、と笑う。
「ふふ、あれだけ警戒してた割には素直じゃあないか」
「まあ……恩人でもあるしな。って猫が恩人ってのもおかしいか。猫の恩返し、いやむしろ俺が恩返しする側か? まあいいや。えと、ルーニーだっけ? 悪いけど、ここが何処だか教えてほしい」
大河は胡座をかいてルーニーに向き直り、ついでに近くにあった鞄を寄せ、中からペットボトルのミネラルウォーターを取り出した。ペットボトルを見たルーニーが嬉しそうな声を出す。
「ペットボトルっていうんだっけ? それは。いやあチキュウのヒトもやるねえ。詳しい製法はまでは判らなかったけど、それは黒焼水からつくっているんだろう? 素晴らしいね。ニオイだってまったくない。魔術がないおかげでこちらよりもはるかに世界の理に近づいている」
話の流れ的に黒焼水とは石油のことだろうか。空中を歩きながらルーニーは説明を続ける。大河はふんふん、とペットボトルの蓋を開けながら頷いた。
「ここはそうだな、チキュウとは違う世界、とは言っても宇宙に出て何億光年かかければ行けるという訳でもない。全く違う位相にある星だ。この世界のヒトたちは『母なる大地』とか色々呼んでいるみたいだね」
「母なる大地……違う……星? 何億光年って……地球に、地球に帰る方法はあるのか?」
ミネラルウォーターでこくりと喉を潤すと、大河は体力の消耗が感じていたよりも激しいものだったことに今更ながら気づく。遅れてきた喉の渇きを潤すように、今度は少し多めに、ゴクゴクと喉を鳴らして水を飲みながらルーニーと会話を継続する。
「ンー、ない訳じゃないと思うけど、狙って帰るのは難しそうかな。説明も難しいんだけど、違う位相って言うのは、違う宇宙でもあるんだ」
「違う宇宙? いくつも宇宙が存在するってことか?」
大河はルーニーに尋ねながら、手元の鞄からチョコビスケットを取り出そうと鞄を漁った。北海道の有名土産の別の観光地バージョンみたいなそのお菓子を取り出し、ペリリと開封しかじりついた。
「宇宙はいくつもあるよ。そもそもチキュウだっていくつかの宇宙を観測しているようじゃないか。とは言え、ここでいう宇宙はその定義とは少しズレるものになるけど」
ルーニーはふよふよと大河の頭の周りを漂いながら説明を続ける。
「ウーン、そうだなあ、二次元の三角形を無数に重ねると三角柱、つまり三次元に見えるだろう? 同じように、三次元のものを無数に重ねると四次元、つまり全ての宇宙に近付く。チキュウと母なる大地はその重なりあう三次元の違うレイヤーにある。そういう感じだね」
そういいながらフンフンとチョコビスケットの匂いを嗅ぐルーニー。どうやら地球のお菓子が気になるらしい。かわいいなコイツ。
「なるほどわからん」
そう言って大河はもうひとつビスケットを取り出し、ルーニーにあげてみることにした。
(そういえば犬とか猫にチョコってダメだよな……?)
「これ、チョコ入ってるけどルーニー大丈夫? 食べてみる?」
「チョコ! カカオをどーこーして甘くしたやつ! 食べてみたい! 多少の毒なら無効化できるから、平気だよ!」
どーこーしてってなんだよ、と大河は苦笑いした。ルーニーはふよんっと大河の隣に座り、器用にチョコビスケットを受け取る。どうやって持ってるのかわからないが、とりあえずかわいい。子供がおにぎりを食べてるようにパクリと口にする。
「甘い! おいしい!」
どうやらチョコは平気そう。やはりただ猫ではない。嬉しそうにパクパクとビスケットを食べている姿を見て大河は少しほっこりする。どうやら嬉しいと尻尾がパタパタ動くらしい。この辺りは猫というよりは犬らしい。
(ここがどこだかわからん以上、食べ物も慎重に食わなきゃな)
大河は話しながら鞄の中にある食料を確認する。ペットボトルの水が1本、チョコビスケットが残り2つ、カロリースティックが3本。やはりこのままでは心もとない。
とりあえずルーニーに色々聞こうと大河は話を続けた。
「で、つまるところ地球はここから遠いのか?」
「ンー、理屈で説明するのは難しいかな。まあキミが迷い込んだくらいだし、座標から言えばそう遠くはないだろうけど。」
そう言ってルーニーは手についたらしい食べカスを舐めとった。正直説明されてもよくわからない気がするので大河は深堀りを諦めることにした。
「まあ違う世界ってのは何となくわかった。夢かと思ったけどまたこうやって目が覚めたし、喋る猫なんて……いないもんな」
「猫じゃなくて精霊だよ! 結構この世界じゃ高次の存在なんだから、ボクは」
まったく、といったような感じで腕を組んで少し怒ったフリをするルーニー。なにこの子ホントかわいい。「精霊」という存在について大河は質問を続けてみる。
「精霊……精霊ってイメージだとこう、水の精霊とか、風の精霊とか、そういう何かを守るものってイメージがあるけど、そういう認識であってる?」
「何かを司るっていう点では大きな相違はないかな。精霊と呼ばれる存在は、魔素と草木や水なんかの魂が結びついて、それ自身が意思やマナを持ったもの。それだけだと存在としては余りにも微弱だけど、水の精霊だったら存在することで水の自浄能力を高めたりとかそういう働きをするね」
ルーニーはお菓子を食べて満足したのが、テシテシと後ろ足で頭をかいた。
「ほう、水にも魂があるのか」
「ンー、君のイメージしている魂とは少し違うかな。所謂人間や魔族の様な知的生命体になるには魂と精神が結びつく必要がある。水の魂っていうのは、たとえば水が腐ってしまったら失われる、水そのものの活力の源みたいなものだね」
話の内容的には興味深いのだが、そもそも前提になる知識が不足しているため、大河はいまいち話にリアリティを感じられなかった。というか完全に情報過多である。置かれている状況も危機的ではあるのだが、正常性バイアスのためか、焦りも感じない。まるで自分自身が幽体離脱して、その抜け殻がルーニーと話しているみたいだった。
「ふーん。わかったよな、わからないよな……。で、お前さんは何を司ってるの?」
「ふふー、なんだと思う?」
何そのメンドクサイ女の子みたいな返し。年齢聞かれたホステスかあんた。
と思いつつも口には出さず、答える。
「青いし、話の流れ的に水とか氷とかそっち系? もしくはこの森の精霊さんとか!」
「ふふ、はずれー」
手でバツを作るルーニー。
「じゃあルーニーは何の精霊なんだ?」
「ボクの権能は『次元』だよ」
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