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特別でない地球人


「魔術が……ない? 違う世界……なにそれ。」



 ミリーが信じられない、と言った顔をしている。事前にルーニーと話した限りでは輪廻転生の考え方はこちらでも共通しており、それ自体は受け入れられている様だが。



「まあ信じられないよなぁ。俺が地球の人に魔法の話をしたら、医者に連れていかれて正気を疑われる。それの逆の話だな。魔法なんて、空想の物語の中でしかないって思われているんだ。」


「で、でも魔術がなかったら怪我や病気の治療はどうするの? 薬だって適切な魔術をかけてあげないと効果は小さいわ。自然治癒力に任せていたら、流行り病の度に人がどんどん死んでいってしまわない?」


「んなことなかったよ。地球には確か70億人以上の人がいた。魔術の代わりに科学が発達していたって言っただろ? 例えば注射や点滴、この前ライルの治療の時に話していた技術は、地球では実現されていた。医学でいえば、メスっていう小さく鋭いナイフで腹を一部切り、疾患の原因部分を切除するとか、抗生剤っていう病気の原因になる細菌なんかを倒す薬が発明されてた。この世界でも空間を浄化したり傷口を消毒してたりしてただろ? あれは細菌やウイルスを排除しようとしていたんじゃないか?」


「あれは目に見えない風や土の亜精霊が入り込んで病気の原因になるから……。」


「多分それが細菌やウイルスのことだと俺は思ってる。顕微鏡っていう光を拡大することで物を大きく見えるようにする道具があれば、それが見ることができた。」


「補足すると、亜精霊が人間に対して悪さをすることもなくはないけどね。ただ、大半は大河の言う通り細菌やウイルスっていう微生物の仕業なんだろう。」


「あ……。」



 ライルが何か気づいたような顔をしている。



「なんだ? ライル。」


「ボクたちの知らない知識を持つって、そういう……。ウサギの目の話とか……。」


「あ、リンゴ酢の話とかも!? あれ、髪を風魔術で乾かしたらすっごいサラサラになったの!!」


「うん、多分そういうことなんだと思う。」



 ライルとミリーの話に大河が首肯すると、ライルの顔がパアッと明るくなる。



「じゃあ!! タイガ様の星の知識が、母なる大地(アルパー)やアリファルド王国に変化をもたらすんだ!!」


「それは、正直自信ない。」



 断言する大河にライルは困惑が隠せない。ミリーも反論をする。



「な、何で? リンゴ酢はともかく、さっきのサイキンやケンビキョウのことをみんなに話せば……。」



 大河は首を横に振った。



「もしかしたらわかる人はそれでわかるかもしれない。でも、俺は研究者でも技術者でもない。

 顕微鏡がどういう構造で、どんな部品を使ってどんな原理でできているかもよくわからない。細菌だって見えたところでそれが人に対して善なのか悪なのか、同定できる訳じゃない。

 科学は高度に進歩する中で細分化して、ある高度な知識を持つ人でも、別の領域では全くの素人なんていうのは極当たり前だった。俺も、自分が関わっていた仕事に関することなら少しは役に立てるかもしれないけど、生憎こっちでの応用はかなり難しそうだ。そもそも俺の専門なんて、あってないようなもんだったし。」


「確かに、私がタイガ様の星へ行って治癒魔術やひとつひとつの魔道具について説明しろと言われても、難しいですな。」



 ウォードの言葉に大河が頷く。他のみんなも確かに、と言った様子だ。

 大河の日本での仕事は金融機関の営業だ。金融商品を売れと言われたら力にはなるかかもしれない。或いは過去にいた部署の知識を活かしてシステム開発の計画書を作成しろと言われれば作れるし、現行システムの費用対効果を分析し、新戦略の検討をしろと言われれば考えるが、それだってパソコンや開発環境がなければ殆ど何もできない。むしろ、パソコンや開発環境があっても何もできない可能性も高い。何せサーバーもインターネット回線も仕様書を書く部下もシステムの要件を出す部署も予算や人員を手配してくれる部署もないのだ。あとはプロジェクトマネジメントの知識を活かして工事を工期通りにうまくすることの手伝いくらいならできるかもしれないが、その程度なのだ。



「『星』ってだけで俺の言うことみんな信じてくれて、ちょっとしたヒントだけで時間と金をかけて研究をみんなで協力してくれるってなら科学の発展も望みはあるけど。でもその証明のために毎回印籠みたいに尻見せなきゃいけねーな。これが本当のコーモン様ってか。」



 ルーニーがぷぷぷと笑いを堪えているが、他のみんなはきょとんとしている。非常に悲しい。大河の中では会心のギャグだったのに。

 大河はコホンとひとつ咳払いをする。



「だから、リックの言うことは最もなんだ。」


「え?」



 それまで半ば呆然と大河の話を聞いていたリックが急に話を振られて動揺する。



「さっき、俺みたいな奴が物語の英雄みたいな存在とは思えないって言っただろ?」


「あ、アレは別に……そういう……。」


「?」



 リックは歯切れ悪く呟く。



「なんでもねえっ!」


「な、なんで怒るんだよ。」


「うるせーガキんちょ!」


「だからガキじゃねーんだって。」



 リックは赤い眼を鋭くし、キッと顔を大河に向けた。大河はおもちゃを奪って怒って猫にシャーされた時みたいだ、と場違いなことを思った。



「例えそれが本当だったとしても! 今ここにいる大河はガキじゃねーか!」



 リックの言葉は剣となりグサっと大河の胸に突き刺さる。



「確かに、なんの力もねーもんな……。」


「ち、ちがう! そういう意味じゃなくて!!」


「え?」



 リックが頭をガリガリとかきながら言う。何と言ったらいいかわからないようだ。



「俺にとっての大河は今ここにいる大河で!! チキュウとかいうとこのカガクがどうとかわかんねーけど! 転生(テンセイ)だか晴天(セイテン)だか知らねーけどな! お前が俺たちの知らない考え方を持ってるのは確かで!! そうじゃなきゃ……!!」


「そうじゃなきゃ、他の人と同じ様にリック君を恐れ、憲兵に突き出していたかもしれませんね。」



 言葉が続かず、なんと言っていいかわからないといった感じのリックの代わりに、これまで黙って話の行方を見守っていたエルナが鈴のような音色の声で言葉を紡ぐ。

 リックはエルナの言葉に驚くが、すぐにまたキッと、大河に目を向けた。



「タイガ様はひとつ、勘違いをしているかもしれません。」



 エルナは少し微笑みながら、大河に向かって述べた。


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