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大河、エルナに脱がされるの巻



「なんか向こうはやたら楽しそうですね……」



 石壁の上部は通気性を確保するために開けられている。従業員用の木の扉が備え付けられており、すぐ向こう側は男湯だ。ワーワーと子供達のはしゃぐ声が聞こえる。

 女湯ではエルナが美しい金の髪を丁寧に手入れしていた。ミリーはやっぱりエルナの髪はすごくきれいだな、と憧れてしまう。



(それにプロポーションだっていいし……ズルい)



 じっとエルナの身体が描く優美な曲線を見つめていたが、エルナがそれに気づくとミリーは雷鳴の如き疾さで顔を正面に戻した。エルナは謎の風圧に疑問を感じながらも、何事もなかったかのように話を続ける。ミリーはそっと息を吐いた。



「ふふ。タイガ様、ずっとお風呂に来たいと仰ってたから。ライルも大きいお風呂は初めてでしょうし。リック君も」



 ミリーとエルナもそれぞれ大河に言われた通り、石鹸で髪を洗っていた。手元には宿で分けてもらったリンゴ酢を薄めた瓶が置いてある。

 ミリーは治癒術師であるため、外傷を「亜精霊」の毒――つまり地球で言うところの感染症を防ぐ効果があるとされているため、施術を行う際にはよく使っている。しかしアルカリを大量に生産する工業的基盤がないため、石鹸はまだまだ貴重な品だ。



「それにしても、髪の毛をわざわざこうやって石鹸で洗うなんて、タイガっていまいちなに考えてるかわからないわ。 石鹸だって旅の間は馬鹿にならないのに……! よく泡立てろって言ってたけど、泡なんか中々立たないわよ」


「髪よりも『トウヒ』をしっかり洗えって言ってたわね。でも、洗いすぎるなとも言ってたわ。それに、わざわざ洗ったのに、リンゴ酢を薄めたものを髪につけるなんて、大丈夫かしら」



 洗髪については男性陣とさほど変わらなかったが、女性はやはり髪を美しく見せるために椿の油を塗ったり、卵の白身と蒸留酒で手入れをしたり、色んな香油を使って香りをつけたりと工夫をしていた。



「うーん、臭いが残らないか心配ですよね……。ホント、何なのかしら、もう!」


「本当不思議な方よね。あまりに物を知らなすぎると思ってたら、変にこういうことには拘ったりするし……」



 2人は大河の言う通り、石鹸と酢でシャンプー・リンスをしていく。大河は深く気にしていなかったが、この世界の石鹸は天然の油脂から作られるためグリセリンがまだ多分に含まれており、現代における純石鹸より肌に優しかった。特に全身をきちんとこうして洗うことはあまりなかったため、女性2人にとってはとても気分の良いものであった。

 髪と身体を流し終え、2人は湯船に浸かる。浴槽にはハーブが浮かべられ、いい香りがリラックス効果を更に高めた。



「あ、薬草湯なのね。いい香り」


「これカモミールですね。ほら、花びらあそこに浮いてます、エルナ様!」


「あら本当。湯に浮かぶ花って言うのもステキなものなのね」


「たしかにこれは……気持ちいいですね……。香りも良くて、このまま寝てしまいそう……」



 2人して浴槽でうっとりした気分になる。ミリーは気になっていたことを聞いてみた。



「……エルナ様、その、リック、君のことは……」


「……」



 エルナは悩んでいた。大河の言う通り確かに根は悪い人間ではないのかもしれない。一方で、エルナは暦司という役人の母を持ち、父親も祖国アリファルドの法律家だ。

 法律家の親を持つ子として、法の重要性は幾度となく説かれていた。他国で起きたこととはいえ窃盗は重罪、エルナとしては見過ごすことはできないそう考えていた。定められた法を逸脱した行いは、罪として定められた罰を持って償うべきだ、本心からそう思っている。



「戦場に出て戦わなきゃ殺されるのと同じ様に、彼は奪わなければ奪われる、だから剣を手にしたのよね」



 エルナは水面に唇をつけ、ブクブクと泡を出した。カモミールの爽やかな香りが鼻をくすぐった。ミリーは何も言わずエルナの話に耳を傾けている。



「彼に害された人がいることも事実だと思う。でも、彼が法に則った罰を受けたとして、彼が赦される時はいつ来るんだろう」


「赦される時……ですか?」



 ぴちゃん、と水滴が落ち、ミリーは髪を上げ直した。エルナはミリーから滴る水にも気づいていないようだった。



「罪は、消えないわ。例え教会を建てて贖宥を受けても、首を刎ねられたとしても、彼の行いそのものが消える訳じゃない。だからこそきっと、誰かを赦すことって、本当に難しい」



 ミリーは頷きを返す。罪を悔い改めたとしても、起きてしまった過去は変わらない。実際人を許すという行為には途方もなく難しいことだ。



「でも、タイガ様がリック君の名前を聞いて笑いながらよろしくって言った時や、宿の食事を食べた時、リック君を覆ってた暗い(ソウル)がフワッて晴れていったの。それで分かったの。怒りや憎しみはきっと、赦しても、赦されないと消えないんだ、って。多分、リック君は初めて赦されたい人に出会ったのね」


「……タイガは深く考えてないと思います」


「ふふ、そうだね」



 エルナの本当に可笑しそうな表情を見て、ミリーは何故かドキリとした。頭の上で結わいていた髪を振るう。



「どうしたの?」


「いえ、何でもないです」



 今度はミリーが湯に沈み、口からブクブクと泡を出した。少しのぼせてしまったのか、顔が紅潮していた。

 エルナはそう、と言い笑うと、また遠くを見つめ、話し出す。



「……私たちは多くの屍の上に生きている。きっと、これからも多くの血を流すことになるわ。 それはきっと恨んだり、恨まれたりの螺旋。それが運命なのかもしれないけど、その恨み合いが未来永劫続くと考えると、私は怖くなるの。どこかで、誰かが赦さない限り、ずっと続いてしまう。

 ……だからね、今回の件、私はタイガ様の判断に任せたいなって思ってる。もし、彼が赦すなら、って。 それに、さっきのリック君なら多分、大丈夫だと思う。()だけどね」


「エルナ様の勘なら、きっと大丈夫ですね」



 また悪さを続けるようなら、考え直すけどね、とエルナは笑う。

 しかしミリーは、エルナの言葉を頭では理解できたが、スルリとそのまま胃の腑へ落とすことは難しいように感じられた。少しだけ言い表せない感情が残った。澱のように奥底に溜まった何かだった。



(私は赦せてないってことかな。 ……どうしたら、赦せるんだろう)



 ミリーが思考の海に沈みそうになったその時、少年の叫び声が聞こえた。



「ああああああああああーーーーーー!!!!!!」


「ライル!?」



◇◇◇◇



「だからさ、ウサギと同じなんだよ」


「ウサギですか」



 ライルが大河の言葉に頷く。

 今はリックとライル、大河が並んで風呂に入っている。



「そう、ウサギも目が赤いだろ? あれは目のメラニン色素っていう色素が生まれつき薄くて、血管、つまり血の色で赤く見えるんだ。で、そういう人はまれに産まれる。俺の国ではアルビノとか呼ばれてた」


「ふうん、そういう理由なんですね 色の素が生まれつき薄くて、目が赤いかあ。そう考えると、怖くないです!」


「いや、リックがそうかは俺もわかんねーけどさ。俺が知ってるアルビノは肌とかめっちゃ白いイメージだけど、リックは違うし」



 そういうと、大河とライルはリックを見た。リックの肌は褐色に近い。今は少し痩せてしまっているが、それでも大人の身体つきになる準備をしているといった感じであった。



「ジロジロ見んな!」


「ふっ、お子ちゃまだな」


「なんだと!!」


「うん、なんかウサギと同じって思ったらリック君も可愛く見えてきました! ……森で会った魔族の眼は本当に怖かったけど、リック君は違うと思います!!」


「お、ライルはいい子だなー」


「もう! すぐ子供扱いする! おんなじくらいなのに!」


「……」



 リックは気恥ずかしいのか、知らんぷりしていた。



「リック君、怒ってる? その、怖いなんて思ってゴメンね」


「……別に」



 大河からはリックの表情は見えなかったが、少し打ち解けた様で安心していた。うんうん、裸の付き合いは距離を近くするもんだ。自身のアイデアはやはり素晴らしいものだった!!



「リック、ライルはつい先日まで魔族の毒にやられて死にかけてたんだ。でもリックはかわいいってよ!」


「かわ……!! ってか、ま、魔族と……!? さっきの森でなんちゃらってのは戦ったってことか!? それで無事だった、のか……!?」


「ハイ!! ルーニー様とタイガ様が高い薬を与えてくれたんです!!」



 リックは驚愕する。かつてリックも魔族に遭遇したことがある。リックが少しばかり居着いていた村は、一人の魔族の戯れで、焼き尽くされた。アレ(・・)に敵う人間が存在するのか、そう思った。



「魔族の毒に、効く薬なんて……」


「まああれは120%ルーニーのお陰だなあ」



 大河は一足先にグリスたちと風呂を上がったルーニーのほうを見る。さっきまで体を震わせプルプルと水を飛ばしていたが、今はウォードの魔術で毛を乾かして貰っている。この世の極楽を見た顔だ、アレは。



「さて、俺らもそろそろ出ようか。 のぼせちゃう」


「はーい」



 そういうと大河は湯船から腰をあげる。

 その瞬間、ライルの頓狂な叫び声が風呂場全体に響いた。



「ああああああああああーーーーーー!!!!!!」


「うわ! なんだライルどうした急に!!」


「たっ、タイガ様!!」


「え? なに? なになにこわい! 虫!? Gか!? Gなのか!?」


「たたたタイガ様のお尻に!! 星が!! 星紋が!!!!」


「はぁ!? マジ? 蒙古斑じゃなくて!?」



 なんだなんだとウォードとグリスも寄って来る。



「どれ、タイガ、尻見せてみるっす」


「改めて言われると恥ずかしいっ!!」


「ヘッ、ガキだな」


「リックてめー!!」



『バタァァン!!』



 扉が大きな音と共に開かれ――扉の向こうには、バスタオルを巻いたエルナが仁王立ちしていた。

 恐らく大急ぎでタオルを用意したのであろう、ミリーが後ろでゼエゼエとへばっていた。



「ギャアアアアアアア!!!!!」



 今度は大河が叫び声をあげた。ウォードとグリスはもう下着とシャツを着ていたが、ライルとリックも急いで腰布を巻き直す。

 その間にも、エルナは従業員扉からずんずんと大河の方に向かって歩いてくる。ミリーの声が遠くから響く。



「エ、エルナ様!! 落ち着いて!!」


「エ、エルナ!! とりあえず服着て!! それから話そう!! な!?」


「タイガ様」


「エ、エルナ? 目が据わって……」


「お尻を見せてください」


「エ、エルナ? それはさすがにこう、問題がだね……。青少年保護育成条例に反する可能性が」


「早く」



 エルナは大河の腰布をむんず、と掴んだ。



「キャアアアアアアア!!!!!!」



 共同浴場はよく声が響いた。今日二度目の大河の絶叫であった。



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