ひとりでできるもん!
女性陣のお風呂は次話です。
「……美味しい」
思わず口から出た言葉に、リックは焦って口を閉じた。大河はノーマルガチャから最高レアが出たときのような会心の笑顔が弾ける。
「なー、うめーよなここの料理。これ何の肉だろ!」
「これはウズラ肉ですね」
「ウズラかー俺初めて食った!! これは赤ワインで煮込んでんのか? めっっっちゃくちゃ柔らかい!!」
赤面のままのリックは、エルナの解説も耳に入らず、恥ずかしさを隠すかのようにガツガツと食べ始めた。
宿の主人が料理を運びながら笑顔で大河と会話をする。
「そちらはウズラを赤ワインとビネガーで煮込んだものです。胡椒をきかせてあるので、少しスパイシーで美味しいでしょう。この宿の自慢の料理ですよ」
「んー、パンにもよく合うし、野菜のスープともバランスいい! ご主人いい仕事してるねぇ!」
「ハハ、ありがとうございます」
大河は異常なほどご機嫌だ。たしかにこの宿の食事はどれも美味であった。パンもパン釜を厨房に持っているらしく、焼きたてのパンが出てくるのだ。それがまたなかなか美味しい。大河は焼きたてのパンが好きだった。厨房を持たずパンを焼かない、仕入れるだけのパン屋なんか世界から滅び去ればいいのにと本気で考えるほどにはパン屋で焼いたパンが好きだったのだ。
目を向けると、リックも夢中になって食べている。もしかしたらまともな食事はなかなか取れなかったのかもしれない。それにしても「うめぇ」とか「まいうー」とかでなく、出てきた言葉が「美味しい」だ。根は素直な子なのかもしれない。
食事にはワインが供された。子供の大河とライル、そしてリックには魔術で浄化した井戸水だ。エルナが宿の主人と話をし、井戸そのものを浄化する魔術をかけたらしい。魔術の心得がある冒険者などが世話になった対価として、こういった形で恩を返すことも多いそうだ。ひと月程は煮沸などしなくても綺麗な水が楽しめる。
浄化された井戸水は適度にひんやりとしていてこれもまたただの水とは思えないほど美味しかった。初めは酒だって飲める、馬鹿にするなと怒っていたリックも、水を親の仇のようにゴクゴク飲んでいた。
宿は自分たちしか客は居なかったが、夜になると先日とは異なり、老人や中年の髭を蓄えた男性が酒を飲みにやってきたため、今日はとても賑やかだ。どうやら明日は休日にあたる日らしい。年末に向けての祝いの期間でもあるのだそうで、チーズやソーセージも振舞われた。
(華金って奴だな)
ワインやシードルで酔った人々の笑い声が夜の闇に響く。
リックはウズラ肉もパンもスープもおかわりをした。大河はそれが何故か凄く嬉しかった。ニコニコと自分を眺める大河は親が子を眺めるそれのようであった。リックはその視線を鬱陶しく思ったが、不思議と悪い気はしなかった。
(ヘンな奴……)
温かいスープも寒くない食事の場もリックにとっては久方ぶりだった。両親にも蔑まれ捨てられたそのアカメを、怖れる人はいても、キラキラした目でカッコいいなんて言って、周りから庇ってくれた人もいなかった。何もしなくても蔑まれ嫌われるのだから、盗みを働いて恨みが加わるくらいであれば心は痛まなかった。冷たくなってしまった心はただただ寒いだけで、痛みはなかった。奪わなければ何もかも奪われ、捕まれば殺される、それだけの生だと思っていた。しかし、大河が自分を庇う言葉を聞き、チクリと心臓の上が痛んだ。
赤い眼は魔族の象徴だ。それはすなわち、破壊と殺戮の象徴であり、悲嘆と怨恨の向かう先でもある。村や畑を焼かれた者や親を殺された子の憎しみは、赤い眼を持つ同胞に向けられた。赤い眼はただ存在するだけで全ての悲しみの、全ての怒りの、全ての憎しみの捌け口になってきたのだ。
差別をしない人もいた。そういった人は決まって同情の眼を向けた。リックはそれも嫌いだった。彼らは可哀想な人を見て優越感に浸っているのだとリックは考えた。
だから、リックは全てを遠ざけた。
リックはガツガツと温かい食事を食べながら、大河の方を少し伺った。黒い髪の変な少年は『オフロ』なるもののせいか、今も上機嫌で頰を緩めている。リックに対する警戒心は微塵も感じられない。つい先刻まで自分に首にナイフを当てられていたのにも関わらず。目が合うとにへっと透明な笑みをかけてきた。リックは慌てて目を逸らし、なかなか口にすることのない綺麗な、透明の水をゴクリと飲んだ。
(……本当に、ヘンな奴)
透明なそれは、泥の味も、カビの味もしない。リックはその透明さに、少しだけ赤い眼の白い部分まで赤くしてしまいそうになった。
◇◇◇◇
「うおおおおおおすっげえええええ! 大理石の浴場だ!!!!」
いち早く服を脱いだ大河が浴場の前で興奮する。
公衆浴場とはどの様なものか大河は不安に思っていたのだが、大理石を中心とした白亜の石造りの四角い浴槽充分な広さがあり、マーライオンのようなものからお湯が出てきていた。この辺りの感性は似通ってくるものなのだろうか。
「なんかみんなの前で裸になるって恥ずかしいです……」
ライルやリックはみんなで入浴という経験がないらしく、裸になることに抵抗があったようだ。そういう年頃なのかもしれないが。グリスやウォードは兵士同士訓練後に公衆浴場に行く機会もあったらしく、手馴れたものだ。この世界ではみんな腰布をあてるのがマナーらしい。
この世界の人間はみなよく鍛えられている。戦士たるウォードやグリスは言わずもがな、従者で騎士見習いのライルも、恐らく盗賊として大変な思いをしてきたであろうリックも、年の割にはしっかりした筋肉がついていた。ただやはり食生活はよくないのか、少しアバラが浮いてしまっているのが痛々しい。ウォードなんかは歴戦の戦士とでもいうのか、身体の至る所に切傷の痕があった。
しかし、大河の視線は別のところに集中していた。
「ふっまだまだ子供だな」
大河が恥ずかしがるライルとリックをニヤニヤと挑発する。
「おめーも子供じゃねえか!! ちゃんと腰布あてろバカ!!」
「服はここにかけておくんですね。ボクたちだけだから凄い広い!!」
軽やかな銀髪をはためかせ腰布一枚ではしゃぐライルとは対象に、軽い拘束の魔術をかけられているリックは足取りが重く、服を脱ぐのに時間がかかっていた。単に恥ずかしかっただけかもしれないが。
エルナが話をつけてくれたおかげで客は自分たちだけだ。気を使う事なく風呂を楽しめる。
「湯船に入る前にちゃんと頭と身体洗うんだぞ!!」
「はーい!」
「なんで上から目線なんだよ!」
「おら、ルーニーも行くぞ!」
「も~、ボクはいいって言ってるのにぃ」
逃げようとしていたルーニーも蛇の如きしつこさの大河に観念したらしく大人しくなっていた。
今やルーニーは大河の腕にしっかりと抱かれ、ぐったりとしていた。
「ペット用は石鹸あんま強すぎるかもしんないから、ムクロジのほうがいいかな」
石鹸はまだそれなりの価格がするらしく、持ち込みだった。普段洗濯や洗髪の際にはムクロジの実を湯に浸した液体や濾した灰の汁の上澄みを薄めたものなどで洗うのがこの辺りの一般的な生活様式だった。石鹸は傷病者の出入りも多い教会や施療院などで亜精霊の毒を消すと言われて使われる他はまだ普及しきってはいない。
そんなこともつゆ知らず、大河はエルナに貰った、オリーブオイルで作られた高級石鹸でワシワシワシワシと頭を洗う。
「くぅ~やっぱ頭洗うの気持ちいいなぁ!」
涙も一緒に流れてるかもしれないと大河は思った。
普段、汚れた際などは宿に水浴びができるスペースがあり、そこに湯桶を運んで髪を流していたのだが、ついたてで覆われてだけの半屋外なのでかなり寒く、本当に軽くしか流せなかった。こうやって石鹸でわしわし洗ってガンガン流せるって本当気持ちいい、と大河は改めて思う。
ライルとリックは入浴の作法がわからないため、とりあえず大河の真似をしてみた。髪は数日に一回は洗うが、石鹸はまだ貴重であるため、使うことはなかったらしい。所謂湯シャン、というやつだ。皮脂の汚れがひどく、臭うような場合には薄めた灰汁を使っていた。
「目いってえ!!」
「タイガ様の目何でできてるんですか!? なんで平気なんですか!?」
「雑魚のくせに、魔術防御でもつかえるのか? くそっ!」
子供たちはワーワーギャーギャー大騒ぎだ。
「いやそりゃ、目開けたら痛いだろ……」
「目を閉じて洗うんですか!?」
「俺はそういうの得意だ。 周囲の魔素を探るんだ!」
リックは目を閉じたまま得意気だが、別に自分の頭なんだから気配も何もないと思うが。
「しまった! 目を閉じたままだと流せねえ!?」
「ホントだどうすれば!?」
「いやお湯はそこにあんだから先に桶にいれとくだろ……」
「お前、あんな弱いのにそんな先を読んで……!?」
身体を流すためのお湯は浴槽とは違う石の槽に貯められていた。
リックとライルは目が開けられずゾンビみたいになってしまっていた。仕方なく手桶でお湯を持ってきてかけてあげる。
「まだ痛えよ!!」
「なんで怒るんだよ!!」
「タイガ様!! お湯もっと!! 早く!!」
全くもう、と大河は苦笑いしながら桶に湯を組んでかけてあげた。
ルーニーは耳に水が入らないよう湯をかけて、ムクロジの液でワシワシする。あれだけぶーたれていた割に、意外とうっとりした顔をしている。
「ルーニー、意外と洗われるってのもいいもんだろ?」
「たしかに普段自分がかけないところをかいてもらう感じはなかなか……」
「マッサージみたいなもんだからな」
「マッサージ……これがあのウワサの……!」
どのウワサだ。隣ではライルが頭からお湯をざぶんと被る。
「ぷひゃー、でも石鹸で洗うとスッキリします! 普段は湯が勿体ないからこんな量使えないですもんね!」
「リックは俺たちより汚れてんだから泡が立つまで何回も洗えよ」
「あ? そんな何回もやる必要ねえだろ」
「あ、リックは石鹸怖いんだっけ? 洗ってやろうかぁ? ん~?」
「全然怖くねー!! ぜんっぜん怖くねーからな!! やりゃいいんだろやりゃ!!」
「優しく丁寧にな、あんま強くやるとハゲるぞ」
うっ、とリックの手が止まる。やはりハゲたくはないらしい。
「ほっほ、ハゲると魔術の供物が無くなりますからな。ヒゲを蓄えるしかなくなってしまいます」
後ろで湯を流し終えたウォードが話に入りつつ浴槽へと向かっていく。てか魔法使いがヒゲ長いのってそういうことなの!? とファンタジーな理由に少しだけ大河は驚いた。
その間に子供たちは頭を洗い終えたようだ。
「で、頭と顔を洗ったら今度は身体も石鹸で。こう、布で泡だててだな」
手足や首を布で擦る。あまり強くこするのはよくないとも聞くが、さすがに3日分の垢だと思うと力も入ってしまう。
「こ、これ全身って背中届かなくねえか?」
「ん、そりゃ布をこう使う訳よ」
両手で布を持ち、器用に背中を洗ってみせる。
ほえー、と感心するライルもリックも真似をするが、やはりぎこちない。ちなみにウォードとグリスはもう湯に浸かっている。ルーニーも手桶に湯を入れてもらい、それに浸かっていた。手桶の縁に首を乗せて、気持ち良さそうだ。
「これ結構難しいですよ!」
「んー、じゃあ洗いっこすっか」
「洗いっこ?」
「そう、ライルが俺の背中洗って、俺がリックの背中洗って、でその後はくるっと向き変えてリックが俺の背中洗って、俺がライルの背中洗って」
「はぁ!? やだよそんなん!! 俺は自分でできるし!!」
リックは恥ずかしいのか強がってみせる。しかし、リックには自分の背中を洗う才能がまるでなかった。明後日の方向を必死に洗っている。確かに日常ではなかなかしない動きではある。
「あーもう、ホラ、あっち向け」
「あ、なにすんだ返せよ!!」
「ほれ、背中洗ってやっから大人しくしろ。見えちゃうぞ」
「ぐっ……!」
「ボクがタイガ様の背中を洗うんですね! なんか楽しい!!」
「あ〜俺も洗われた経験なんて小さい時以来だから……こりゃなかなかいいな」
「気持ちいいですか!?」
「うん、なぁリック?」
「……。」
どうやら悪くないらしい。しかし、何でこう、少年から大人に変わる時期って謎のセクシーさがあるのか。悶々としていると、リックの背中に矢か何かで受けたのだろうか、傷の痕を見つけた。どんな厳しい生活を送ってきたのか。大河は色んな意味で居た堪れない気分になってしまった。
「なあリック」
「……んだよ」
「お前、大変だったんだな」
「……んだよいきなり」
「風呂、ついて来てくれてありがとな」
「……」
リックは何も言わなかった。
その後は向きを変えて逆順で身体を洗いあったが、リックは大人しく大河の背中を洗っていた。ライルは以外にもしっかりとした背筋がついており、育ちの良さが伺えた。騎士としての訓練も欠かさずにやっているのだろう。魔族にやられた部分の傷はもう見た目では全くわからなくなっていた。
「なんかくすぐったいです!!」
「あージッとしなさい、もう!」
ボクもボクも、とルーニーが言うので、手の空いたライルがまたムクロジの実でルーニーを優しく洗う。
(ルーニーも満更じゃなさそうだな)
みんな嫌がったらどうしようと不安でもあったが、グリスも気持ちよく湯船に浸かっているし、ウォードは水風呂で交代浴をかます上級者だった。
大河は何故かとても嬉しい気持ちでいっぱいになった。
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