アカメの少年
大河の突然の発言に、アカメの少年も含め、全員呆気に取られていた。魔族の様な赤い眼には皆恐怖こそ感じるが、格好いいなどとは考えようとしたことすらなかった。
しかし、ルーニーはいち早く反応する。
「なんかさ、『燃え上がれ~』って感じでカッコいいと思うな」
「おおさすがルーニー。言い得て妙ってヤツだ!!」
「ふふ、大河、君の言わんとしてることは熟知しているさ!」
「……ふざけやがって」
ルーニーと大河がわいわいと盛り上がって所に、少年は怒りを露わにする。
「ふざけんじゃねえ!! 馬鹿にしやがって!! 格好いいだ!? 俺がこの眼でどんだけ……!!!!!」
苦労したと思ってる、その言葉を飲み込んで少年は俯く。きっとそれを口に出したら関係のないこの人間達に自分の不幸自慢を始めてしまいそうだったから。
「嫌な言葉だったら悪いと思うんだけどさ、『アカメ』ってのは魔族の眼が赤いから、人間がそうだと差別されてるってこと?」
「……その通りです。古来より赤い眼を恐れた人々は、赤い眼を持った子を……迫害してきました」
大河の質問にエルナが事実を述べた。ウォードやミリー、グリスは押し黙っている。どの様な気持ちかは解らないが、罪悪感の様なものはあるのだろうか。
「……そうなのか。どの国に行っても、そうなの?」
「……大国小国を問わず、多かれ少なかれ、どの国でも魔族は脅威です。眼の赤い者を恐れることはあるかと」
「……そっか」
確かに魔族は脅威なのだろう。その象徴たる赤い眼に恐れを抱く気持ちは大河にもわからなくもない。
だが、迫害された結果が、今回の盗賊行為に繋がったのであれば、この少年も被害者なのかもしれない。どんな想いでその身を盗賊に窶し、何を思って生きてきたのか。大河は胸が苦しくなる想いだった。
「……確かにこの子は眼の色のせいで生きる手段がそれしかなかったのかもしれない。けど、罪は罪よ。あなた、今までどれくらい盗みを働いたの? どれだけの人を傷つけたの?」
「ミリー」
「何よタイガ、だってそうじゃない! 辛い境遇でも差別されてもまともに働いてる人だっている。自分が傷ついたからって誰かを傷つけていいなんて、そんな訳ない!!」
ミリーはその瞳を潤ませ、強い口調で少年の行いを非難する。もしかしたらミリーにも昔なにかあったのかもしれない。今も彼女の中に棘のように刺さり、抜けない何かが。グリスがミリーの肩にそっと手を置いた。
感情的なミリーに対抗するかのように少年が叫び声をあげる。
「勝手に!!!!!!」
今にも飛びついて来そうな山猫の様な眼は、次の言葉を探し、逡巡し、今度は自信を失い眼を下にうろうろとうごかす。
「勝手に……人のこと決めん、なよ……。傷ついたから誰か傷つけようなんて、そんな、ことは」
少年は顔を下に向けた。少年の眼に涙が浮かんだ気がした。
確かにこの少年は大河に対しても命は取らないと告げていたし、視力をほぼ失いながらもミリーを傷つけることはせず、牽制するに留めていた。手段を問わないやり方であれば、挽回は可能だったとウォードやグリス、ミリーも思い至る。
大河は一瞬迷ったのちすうと息を吸った。そして一歩前に出て、意識して声を大きめに出す。横隔膜の底から声を出そうと心がけた。
「盗みは悪いことだし、この子がやったことは許される事じゃないのは、俺だってわかってる」
大河は仕事でプレゼンテーションをしたときのように話をする。ぐるりとみんなを見渡すと、みんな思い思いの顔で大河の話を聞いていた。
「俺がさ、昔いた国でもさ、やっぱいたんだ。どうしようもない奴ってのが。
子供だからって何だって許されると思い込んで面白がって他人を傷つける奴。金や名誉のために沢山の人を虫も殺さない顔をして多くの人から搾取し続ける奴。欲望の赴くまま人を殺す奴。そんなどうしようもない奴山ほどいたんだ。
俺は、小さい時どんな悪い奴でも話せばわかるって、そう思ってた。でも生きてくうちに、悲しいけど、そうじゃない奴と沢山出会ってしまった。そいつらには何をどう伝えても、何も伝わらなかった。必死に説得しても、目の奥はただ笑って俺を馬鹿にしていた」
日本では必死にならなくても生きることができた。そういう人たちはきっと、生きるために必死で強盗をした少年よりも悪いことをしなかったかもしれない。
それでも、大河はあの腐った様な眼をした奴ら――一生懸命を笑い、他人の幸せの足を引っ張ることに執心する様な奴らよりも、自分の目の前の少年の、真っ赤な熱い血の流れる眼に好感を持った。
大河は少年に目を向けた。
「この子はもしかしたらまともに働くって道じゃなくて、誰かのものを盗んでって堕落した道を、自分で選択したのかもしれない。……けど、俺は、この子がどうしようもない、根っからの悪人だって、そうは思えなくて」
大河の言葉に皆は沈黙する。少年も下を向いてしまっている。その中で、ウォードだけが口を開いた。
「君は魔術を使っていた。視線を別の場所に飛ばす高位の魔術だ。尾行術や剣技、身のこなしも、生半可な技術ではない。あれは明確に訓練された者のそれです」
「……」
「正直に答えなさい。あなたを盗賊として育てた人間は誰ですか」
「盗賊として育てられた訳じゃない!!!!」
先程までの全てを憎む様な眼は、今は心の中の大事な何かを護ろうとする眼になっていた。
目を眇めてウォードは続ける。
「キミの様な子供にその様な技術を持たせ、何かしようとしていたのはあなたの両親ですか?」
「俺に、親なんていない」
「では誰です。目的は」
ウォードは淡々と問いただす。冷静を装っているが、大河の眼には怒りを感じているように見えた。この様な子供を盗賊に仕立て上げた人物への怒りか。少年は顔を伏せ、答えようとしない。
長く続いた沈黙を破ったのはエルナだった。
「……そろそろ晩ご飯の時間よ。続きは後にしましょう。折角の食事が冷めてしまうわ。それに……」
「あ、あれですね!」
エルナの目配せにライルがぴょこん、と身を乗り出す。
「この街に、タイガ様がずっと話していた、公衆の『オフロ』があるそうなんです」
「マジでか!?!?!?!?!?」
つい先程まで色々と考え込んでしまい、マイナスにさしかかっていた大河のテンションは、ライルの言葉に一気にMAXまで振り切れた。
「行く!! 絶対行く!! 風呂行く今日行く絶対行く!!!」
「ふふ、わかりました。食事を取ったらみんなで行きましょう」
「へへー、エルナ様がね、普段は夕方までしかやってないけど、お風呂屋さんに交渉して、夜も特別に開けてくれるって!!」
「マジでか……エルナ!! 女神だキミは!! めちゃくちゃ嬉しい!! うわーん!!」
「なんかこっちにきて一番嬉しそうだね」
嬉し泣きする大河を見て、ルーニーが苦笑いしながら声をかけた。風呂に入る習慣のないエルナたちは何でここまで大河が感動しているのかは分からなかったが、先程までの荒んだ雰囲気は今や完全に吹き飛んでしまった。
「用意しなきゃ!! 風呂桶とかタオルとか風呂屋にあんのかな!? 石鹸とか!! あ、お前も行くよな!?」
大河はルンルン気分でアカメの少年を見る。
「……は?」
「いやだってお前も風呂とかしばらく入ってねーだろ? 健全な魂は健全な肉体に宿るってね!! 身が美しくなりゃ心も美しくなるんだよ!!」
「タイガ様流石にそれは……」
ウォードが大河を制止しようとするが、その前に大河が言葉を被せる。欧米人が映画で見せるような大きな手振りを交えて。
「公衆浴場ってみんなで入るんだろ!? ウォードやグリスもいるんだから平気だって!! なあグリス!? その鍛え抜かれた身体があれば、裸一貫でも全く問題ないだろ!?」
「お、おう、そりゃあ……だが……」
「はい決まり!! じゃあメシ!! メシ食おう!! 縄も解いてやって!! ミリー、拘束の魔法ってのも解けるか?」
「ちょっと、タイガ正気!?」
「だってさー、縛られながら食事なんかしても味わえないって!! めっちゃ足速かったから、足縛るのはまあ、しょうがないけど……なあ、それは許してな!? 元々お前が悪いことしたんだからな!!」
少年は呆気に取られ、お、おぉ……と返事をしてしまった。テンションMAXの大河の勢いに敵う者は今この場にいなかった。それほど上機嫌だったのだ。
やがて観念したのかミリーも溜息と共に。
「……はぁ、『拘束』魔術も足は残すからね」
「あんがとミリー!! 優しい美少女!!」
「もうもう!! 正直なんだからタイガは!! もうもう!!」
「あのーミリー、めっちゃ痛いっす。魔力込めて殴るのやめてほしいっす……」
ミリーは相変わらずチョロかった。少年の方を見て、指先で何かを描くと、ふわっと少年の身体が光る。やれやれ、とウォードも手を縛っていた縄を切り落とす。怪しい素振りを見せたら容赦はしない、と念を押そうかと考えたが、血が通い始めた手をグーパーし、呆然と手を見つめる少年を見つめる。エルナと目線を交わし、無粋なことは言うまい、と踵を返した。
「あ!! そういやお前名前なんてーの? 俺大河!! よろしく!!」
ルンルン気分の大河に完全に毒気を抜かれ、少年は何か思いつく限りの汚い言葉でも吐きかけてやろうかと思ったが、そのうち諦めたように小声で呟く。
「……ック」
「あ? 何? なんて??」
「リックだよッ!! うっぜえガキだな!!」
「お前もガキだろ!! リックな!! うん、名前もカッケーじゃん!! よろしくなリック!! ほら、みんなも!!」
「ボクはルーニー!! 大精霊だよ!! 好きなことは寝ることと光るモノを集めることと漫画を読むこと!!」
「……私はエルナ。よろしくね」
完全に大河のペースだったが、みんな悪い気はしていなかった。エルナが自己紹介をすると全員がそれに倣う。簡単に皆が自己紹介を済ませ、食堂へと向かった。ちなみにリックは足が魔術で動かないため、グリスにお姫様抱っこをされて階段を降りた。一番この様な扱いを恥ずかしいと感じる年頃なのだろう。髪と目だけでなく今度は顔まで炎の色に染めつつもリックはグリスに対し悪態を吐かず、そしてそれはグリスやウォードが抱えていた彼への警戒心を和らげた。
(なんか野良猫がやたら怯えて攻撃的になってる時の眼と同じだった、なんて言えねえよな)
大河は若干自嘲気味の笑いを浮かべた。
これから先、少年をどうしたらいいかまだ大河もわからなかったが、メシを食って綺麗に洗ってやれば少年の本当の姿が見えるかもしれない。そんな捨て猫を拾った様な呑気な考えも、異世界に来て初めての風呂効果で、大河にとっては偉大なナイスアイデアかの様に思えてしまっていたのだった。
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