大河、強盗にあうの巻
大河が魔道具から出ると既に日が暮れていた。店に入る前は確か14時頃だったが、既に18時に差し掛かっている。結局大河の持ち物は高価すぎて売ることができなかった。あとは冒険者業などで稼ぐしかないか、と諦める。
「やべーな。もう暗いじゃんか」
大通りには魔石灯が備わっているが、路地に入り込むと灯はまちまちだ。ミリーに怒られそうだから急いで宿に戻らなきゃ、と大河は小走りで大通りに向かった。
路地の一つを抜け大通りへと向かおうとしたとき、突然大河の上から影が落ちてくる。
「なっ……!!」
「動くな。 声も出すな」
背後から抑揚のない声が響く。首筋に刃物を突きつけられているらしい。
「命までは取らない。今日あったことは忘れろ、いいな。わかったらその革の袋を下に置け」
大河は狼狽し、如何にしてこれを切り抜ければよいか考えを巡らせようとすると、首筋の刃物がより強く押し当てられる。大河は全身から血の気が引き、代わりに背中から大量の汗が流れ落ちる錯覚に陥った。
「余計なことを考えるな。早く置け」
大河は手に持った鞄を静かに下ろそうとする。すると。
『灯りよ!』
突然女性の声が響き、目の前が真っ白になった。
「うお!!」
「……ッ!! 目眩しか!!」
混乱する大河は背後の気配を振り解くため鞄を胸に抱え、しゃがみこむ。すると頭上で大きな金属音が響いた。ナイフか何かを投擲したのだろうか。
「タイガ!! こっちへ!!」
「ミリーか!?」
まだ頭がチカチカする。やっとのことでミリーたちが組し抱かれた大河を救うために目眩しの閃光を放ったのだと頭を巡らせる。
「逃すかこのガキッ……!!」
背後で声が響く。しかし、その更に背後からウォードの声が響いた。
「それはこちらの台詞です。観念しなさい」
ウォードの剣がガチャリと鳴る。
「クソ、執事か!」
ウォードとミリーを天秤にかけ、男は女の方が組し易しと見たか、大河とミリーの方向をチラリと見やる。朧げながら大河もその方向を見るが――その瞬間、十メートルは離れていた距離が詰められた。
それと同時にミリーの驚きの声が響く。
「瞬動!?」
大河が腰の剣を抜く暇もなく男が目の前に現れた。男はミリーの詠唱をショートソードで牽制し、大河の鞄を狙う。
「そうはさせんっす」
通路の奥からグリスが現れ、剣で男のショートソードを受けた。幾度か剣戟が響くが、まだ目が完全には見えていない男がよろめいた一瞬の隙にグリスが男の腹に蹴りを入れる。蹌踉めく男のショートソードを握る手を、今度はウォードが後ろから絡め取る。
「大人しくしなさい。さもなければ腕を折ります」
「……!!」
ウォードは極めた腕を更に締め上げる。
大河が漸く真っ白な視界から目を開けると、そこにはウォードに腕を極められ地に伏せた状態の黒装束に身を包んだ男がいた。
「……クッ! 殺すなら殺せ!」
吼える男を歯牙にもかけず、ウォードが髪を掴み顔を上げさせ、更に男の口元の布を取った。
「……子供!?」
「……魔族!?」
大河とミリーがほぼ同時に声をあげた。
◇◇◇◇
「……で、何でここへ連れてきたのかしら?」
エルナが呆れたように言った。大河は申し訳なさそうに頭をかきながら答える。
「憲兵に渡したら報奨金が出るかもとは聞いてたんだけど、なんかその……」
チラリと少年を見ると、燃えるような赤い眼は敵意の炎を宿している。
ミリーが魔族と見紛ったのも、この眼の色が理由だ。魔族の眼は例外なく赤い。脅威に感じたミリーは少年のマナを探ったが、魔族特有の波長がそこには含まれていなかった。
「アカメ、っすね」
グリスの言葉に少年は今度は憎悪を滲ませる。
「五月蝿えッ!! そんなに赤い眼が珍しいかよ!!」
「……グリス」
エルナが言い咎めるとグリスは少し憮然とした面持ちで謝罪を口にする。
『アカメ』とは眼の赤い人間への蔑称であった。
赤い眼を持つ魔族の、その強大な力は古の遥か昔より、人にとって変わらぬ脅威であった。その特徴的な赤い眼は人々の原初たる感情――すなわち恐怖の象徴だ。
不幸であったのは、恐怖の象徴たるその赤い眼は魔族だけに現れる身体的特徴ではなかったことだろう。赤い眼を持つ人間は『不吉』をもたらす忌人とされ、尽く差別の対象となった。子供も老人も、魔族への恐れを打ち消すかのように殴られ、蔑まれ、追いやられ、場所によってはまともな職に就くことも許されない。
「だがな、口の利き方には注意しろよ。お前がずっとタイガを監視してたのはわかってた。速さは大したもんだが、そうやってふん縛られてちゃ何もできねえ」
「拘束の魔術もかけてるわ。私が解かないとまともには動けない。観念なさい」
若干の怒気を孕んだグリスとは対照的に、意外にもミリーは冷静に現状を少年に告げる。
「君は商業ギルドでタイガ様が金貨を受け取ったのを見て、その後もずっと監視していた。そうだね?」
(え、マジ? みんな気付いてて、もしかしてずっと守っててくれたってことだよな)
大河は恥ずかしくなってしまう。力もないくせに遠慮して1人で行動し、結果守られたのだ。大河は少し落ち込んでしまう。
自分の尾行は完璧だったはずだ、と少年が不満気にウォードに尋ねる。
「……何で、わかった」
「仕事柄他人の悪意には敏感でして」
ウォードは何でもないように少年に答える。少年はまだ納得できない様だったが、エルナがそれを遮った。
「それで、タイガ様はこの子をどうなさりたいのですか?」
エルナの問いに皆が大河に注目した。大河は一瞬たじろいだ様子を見せたが、すぐに少年の目の前まで行き、地べたに座らされている少年に目線を合わせる。少年はその真紅の眼を大河に憎々しげに向けた。
「なんだろう、自分でもハッキリ言えないんだ……」
「ガキが。 お情けでもかけるつもりか?」
「タイガ、逃しなんかしたらまた狙われるっすよ。そうでなくても、今度は他の人が狙われる。憲兵に渡すしかないっすよ」
大河を挑発する少年に少し苛ついた様子のグリスは自身の意見を伝える。
大河は少年の眼をじっくりと観察している。
「……なんだよ、ガキには赤い眼が物珍しいか? 怖くて夜、寝ションベンもらすなよ?」
「いや……。 めちゃくちゃカッコいいだろその眼」
大河の言葉に、少年は死人が起き上がって全力ダッシュをしているのを目撃したかのような顔を浮かべる。
「な……!! ハァ!?」
「だって見てみろよみんな!」
立ち上がり、確信した様にみんなの方へ振り向いて大河は想いを伝える。
「この賢者の石みたいな赤い眼に、同じく燃えるような赤い髪。
炎髪灼眼ってヤツだ。
めっっっっっっちゃくちゃカッコよくね!?!?!?」
大河の眼はヒーローショーを見る子供のようにキラキラ輝いていた。
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