大河、インチキおっさんにやり捨てされる、の巻
日本の文学史に残る表現に倣うと、扉を抜けるとそこは変態の巣だった、というところだろうか――
今大河の目の前にいる者を正確に描写しよう。大河は冒険者ギルドに案内され、奥まった扉を開き立ち入った。
薄暗い部屋の中には、頭はおかっぱで、まるでチャーリー・モルデカイのようなインチキっぽいカイゼル髭を蓄えた、やたらガタイがよく上半身はチョッキだけの足がなく全体的に赤みがかかった肌のオッサンが部屋のなかに腕を組んで浮かんでいるのだ。
下手すれば「本当にあった怖い話」寸前の展開だが、目の前の生物――かどうかもわからないモノ――が奇天烈すぎて目が点である。
(どっからどう見てもお鍋の中か何かからぽわっ~~ッと出てくるヘンタイがいる……)
「オイオ~イ勘弁してくれよブラッザー。誰がインチキおじさんだよォ~」
目の前の変態はカイゼル髭を伸ばしながら言った。
「……って、アンタ今俺の心読んだのか?」
「ヤ~ダなぁブラザー! お前さんが強ーく感じたイメージが流れ込んできただけでさァ」
大河は目の前の銅の色をした足のないおじさんから目を背け、部屋の中をキョロキョロ見やる。足元には大きな魔法陣が描き込まれ、六芒星の星の部分には蝋燭の灯りがつけられ、中心には紅い宝石のようなものが安置されている。
「俺は契約の精霊ニュルスだ。今後ともシ・ク・ヨ・ロちゃん! ん~~コレ挨拶のシ・ル・シ!」
そう言ってトルネードのようにグルグル回転しながら大河の前に行くと、そのままの勢いでニュルスは手を差し出す。大河は勢いに押されてつい握手を交わしてしまう。その瞬間頭の上でくす玉が割れた。中の吹流しには「祝!冒険者登録!」と書かれている。
「そォ~~~~~んな訝しんでもストレス溜まるだけだぜェ!? 冒険者なら楽しく行かなきゃなァ~~? そうだろブラザー!?」
「まあ……そりゃ確かにそうだ」
「オォ~~~ウカンゲキ!! アチシカンゲキ!! ヒトと解り合えたこの喜び!! 今日という星の巡りに感謝だぜェ~!!」
ニュルスはそう言いながらばいんばいんと部屋の中を飛び回る。はっきり言って演出過多だこの精霊は。
「なんか俺は目がチカチカしてきたよ……」
「オ~ットォ頭痛かブラザー? そいつァいけねえ、これでも飲みなィ!」
そういうとニュルスは指でくるりと円を描く。するとその空間からシャンパングラスが現れ、ニュルスはそれを虚空に浮かべたまま――腕を雑巾のように絞った。シャンパングラスには発泡する赤い体液が注がれ、またどこから取り出したのかライムが添えられる。見た目はロゼ・シャンパンのようだがこのおっさんから搾り取られた水分だと思うと気分が悪くなる。オエッ。
「さあお飲みよ!」
「『こんなアンパ●マンは嫌だ』の具体例かお前は。さあお飲みよじゃねえよ」
「あ〜らお気に召さない? 舌が肥えちゃってこーれだから異世界人は!!」
「!?」
驚く大河の話を遮るようにニュルスが続ける。ニュルスはんが、と口を大きく開け、シャンパングラスの液体を一気に飲み干した。こいつ無人島生活に強そうだ。
「いやァなんでわかるかって? そんなもん魂からして違うもの! もうね、田舎者丸出し!」
「確かにルーニーも俺が言う前から異世界人って解ってたしな……。しかし、そんな何人もいたってことか? 珍しいもんじゃないってこと?」
「ん~~ブラザー。俺ァ400年は生きてるが、お前さんみたいなのァ初めてさそりゃ。マイハニーだって会ったことねェよ。でもな、世界なんてのァ何が起きるかわかんねェから楽しいんだぜェ?」
(お前奥さんいんのかよ)
日本にいた頃は結婚適齢期を過ぎつつあった大河は微妙な敗北感を覚えたのだった。
「まァまァ、積もる話は後だ。とりあえず仕事の話だな。その契約書を俺にくれィ。アイアンのカードはそこの魔法陣の真ん中に起きなァ!」
完全に忘れてたが、大河は冒険者になりにここに来たのだった。まさかこんなハイテンションなおっさん精霊が待ち構えているとは思わず強制思考停止状態に陥ってしまったが。
「……じゃあこれ」
「お~ゥよブラザー。んじゃ血を貰うぜェ?」
ニュルスは片眼鏡をどこからか取り出し契約書を雑に読み流すと、指を空で切る真似をする。大河は指先にチクリと痛みを感じる。少し切れた指先から血が滲むと、ルーニーとの仮契約の時と同様に血が少量大河の周りをクルクルと舞いながら紅い宝石の上に落ちた。
それと同時に足元の魔法陣が強く輝き始める。大河は思わず目を瞑る。
「おォん? 強すぎる反応だねェ。さすが異端の血、だァねっと!」
青白く輝く光が集束し、六芒星の中央に供えられた紅い宝石に宿る。すっかり通常の薄暗さに戻った部屋で、ニュルスは大仰に手を広げる。
「さあ、これが『ギルドカード』だよォ!」
大河が置いた鉄のカードの窪みに紅い宝石が見事にはまり、縁に模様が浮かび上がる。名前や年齢も魔法で描かれ、ただの鉄のカードが立派なギルドカードになった。
「おおすげぇ……」
「こいつにお前さんの成果が刻まれる。身分証明書にもなるからな! 面倒くせぇから失くすなよ? ほんじゃ!」
そういうとニュルスはおもむろに魔法でベッドを出し、そんまま寝た。
「……おい」
「スカピー!!」
ニュルスは器用に鼻ちょうちんを作っていた。大河はジト目になり、それをギルドカードの角っちょで割る。
「んがフ!! ……なんだィまーだいたのかお前さん」
「なんなんだよその態度の変わりようは」
(どうでもいいけど腹立つな)
「どうでもいいけど腹立つな」
「ちょいとお前さん、心の声出てっから! そういうの心にしまっておけるのが大人ってもんだぜェ?」
大河は寒々しい目でニュルスを見続けている。
「なァ~んだよ仕事はしたでしょうよ~ホラ、それ。その宝石ね、それやるから帰ンなさい。 は疲れたから寝るわ。んじゃ」
「一発ヤって終わったら急に冷たくなる男かテメーは」
「やだ、あんた一回(契約)シた程度でまさか付き合ってるとでも? サイアクー」
「やさぐれた女か今度は」
「もーぅうっさいなぁ。ホレ、ガキんちょは早く冒険に行きなさい! 千の戦いとお宝がお前さんをまってる! わかったか? わかったね! ほんじゃさよならガラガラ閉店。シーン」
「なーんか腹立つけどもういいや……、はぁ」
薄暗い部屋から出ると、受付嬢や冒険者、そしてウォードが生暖かい目で大河を見ていた。かわいそうに、という憐憫を含んだ目だ。
(ああなるほど、みんな契約り捨てされてるのね……)
世知辛い世の中だと大河は思った。
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