異世界の日常 <挿絵あり>
「おはようございます! 朝ですよー!」
ライルが元気よく大河の部屋に入ってくる。
弾ける銀髪の笑顔が大河の目に飛び込んでくる。
「うう……まだ眠い……寒いよう寒いよう」
「もう、タイガ様ってば! そろそろ朝ごはんできますよ! タイガ様の分まで僕食べちゃいますからね!」
大河は蓑虫のように縮こまって布団から出てこようとしない。季節は冬、寝ている間は暖炉の火が弱くなっているため寒い。
ライルはもう、と頬を膨らませると、大河の布団の足元側からくるくると巻き取っていく。
「ぎゃあああライルやめて! エッチ!! ケダモノ!!」
「えっへっへ、これで起きざるを得ないでしょ? さ、ご飯の準備しましょ!!」
「ご飯」という単語に反応してルーニーが目を覚ます。よく躾られた犬か猫だ完全に。
「薪とお湯はそこに置いてますからね。顔洗ったら下に降りて来てくださいね! 二度寝はダメですよ!」
部屋の窓の板戸をはずし、ライルは部屋を後にする。お湯から立ち上る蒸気に冬らしさを感じる。薪は暖炉に用いるものだ。この辺りは北のレスカニ大森林があるおかげで薪や炭が豊富だ。
「ふぁあ……うん、元気そうでなにより……」
ライルが毒を受けて3日が経過していた。
『精霊の妙薬』を飲んだ翌日にはほぼ完治していたようだが、まだフラつきがあったため大事を取っていた。もうライルの体調は万全のようで、ふわっとした銀色の髪の下は健康的な笑顔を浮かべていた。ちなみに他の面子は『精霊の妙薬』のリンゴジュース割りで活力に溢れすぎて翌日は滅茶苦茶テンションが高く、ライルは若干迷惑そうだった。
大河も少しだけ異世界の生活様式に驚かなくなって来た。買い出しなんかにもついていき、赤レンガ造りの見事な街並みや道を歩く獣人、小人族や行き交う馬車など、日本以外にはハワイしか知らない大河は感動しきりであった。
今はニームという木の枝で歯磨きをしている。かなり苦いのだが割とスッキリするので大河は気に入っていた。少年に戻ったおかげでヒゲを剃る手間もない。若いって素晴らしい。
「でもやっぱ風呂とトイレはなぁ~……」
現代日本に慣れた大河は、この辺はお約束かと言い聞かせ、食堂に向かった。
◇◇◇◇
「魔術を使えばさ、生活もっと楽チンになるんじゃないの? お湯とかも薪で沸かしてたみたいだし」
なんなら水魔法を覚えてウォシュレットとして使いたい。
朝食の場で何気なく放った大河の言葉に、ミリーがすぐさま反応する。
「あのねぇタイガ、魔術を使える人なんて一握りなんだからね!」
ミリーたちとはライルの件――主にその後の宴会――を通してかなり打ち解けていた。様付けはやめてほしいと頼んだところ、「本人が言うんだからしょうがないですよ。」とエルナの言を跳ね返す。割と強かな女性だが、こう見えて結構腕のいい治癒術師らしい。
「どこの国も才能のある人は軍属っすよ。 たまに変わり者が魔術を使って鍛冶やら錬金術やら大工仕事やらやってたりしますがね」
「んーそういうもんかあ」
グリスが言葉を続ける。黒髪で筋肉隆々のナイスガイ、グリスは剣や斧での戦いが得意な兵士。
ミリーとグリスはエルナの母親の私兵らしい。ウォードと同様、一族代々の付き合いだそうだ。話を聞いた限りではエルナの母親の暦司という職は、星の動きで日時を測るアナログもアナログな世界では、とにかく絶大な影響力を持つらしい。
貴族ではないが、貴族でいうと伯爵位相当の役職なのだそうだ。伯爵位と言うと王、公爵に次ぐ貴族位なのだから、相当だ。しかし、一般的な貴族と異なり領地や領民はなく、また軍を持つ権利は認められていない。護衛のための兵がそれでも100以上はいるそうだが。
影響力を持つ割には中途半端だな、と大河は思っていた。
(飼い殺しって奴なのかな)
話を聞くに、この人たちはよく星や月の加護、とかそういうことを頻繁に口にする。その星月の動きを読み暦を決定するという暦司は、やもすると宗教のように強い影響力を持つようになる。単に夏至や冬至の日時を定め、具注歴と呼ばれる暦には休日や種蒔き、収穫の目安などの農事や祭事、宮中行事なども記載される。それらは全て暦司の差配で行われる。飢饉などの問題が起こらない限り、農民も貴族も敬意を払うようになり、神聖視されることも増える。
そのため彼女たちには土地や武力を与えないのでは、そう大河は考察していた。
「魔術が使えるのってそんなに少ないの? みんな使ってるじゃん」
ルーニーはもちろんエルナやウォードが魔法らしきものを使っていたのは戦いの時に見たし、ミリーだって治癒術師だ。
「俺は使えないよ。恩恵がない」
「僕は恩恵はあるけど、修行不足でまだ使えません」
グリスとライルがそれぞれ口にした恩恵とは、平たく言えば魔術の才能であるが、その有無により魔術の威力や精度は文字通り天と地ほど違う。恩恵がない場合はマナのコントロールがどれだけ精緻でもそもそもの発動そのものが困難を伴う。魔術の詠唱やキーワードを丸暗記しただけでは魔術発動できないものなのだそうだ。恩恵がない場合は発動そのものに途方もない時間がかかる。簡単にはいかないものだ。
彼らはこの先天的な差を恩恵と呼ぶ。その恩恵の保有者は同じく恩恵を持つものがわかるらしい。
ちなみにルーニー曰く大河も恩恵持ちである。ルーニーを受け入れる容量があるのだから当たり前だと言われたが、アレは下手したら死んでいたんだから、と思い大河は憮然とした。
「大体10人に1人いるかいないか、というところですね、恩恵持ちは。生活を豊かにする用途の前にやることで忙殺されるのでしょう。魔石を使う暖房器具も帝国やガリシアでは作れているようですがね」
ウォードが話を締める。なんとなく釈然としないが、事実魔法は大きな戦力となるので国によっては小さい頃から軍の英才教育を施し、世間にはその最新の研究成果などは秘匿されていることも多いらしい。例外的に冒険者など一攫千金を狙う者、医者や街の警備隊・警察機関の様な公共性の高い職業に就くこともあるらしいが。確かに悪い奴が魔術使えたら、抑止力にも魔術使いがいないときついもんな、と納得する。
とはいえ魔術を利用した医療や冶金、土木工事などは無論研究が進められており、魔物から採れる魔石を利用した魔道具も最近ではかなり安価になってきているとの話だ。
「それより、今日はタイガ様は冒険者ギルドに行くのですよね?」
エルナが大河に話しかける。
そうなのだ。この世界には『冒険者ギルド』があるのだ。話を聞いた大河は何が何でも冒険者になりたい!と駄々を捏ねた。なんでも「異世界ファンタジーといえば冒険者なんだい!」と謎の理論を宣った大河であるが、子供を保護した気でいるエルナは困ってしまった。冒険者の死亡率は魔物と事を構えることが多いだけに抜群に高い。結局は登録だけとりあえずしてみるということでエルナが折れたのだが。エルナもルーニーがいれば滅多なことがあっても大丈夫だろう、という気持ちもあったのだが。
「その前に衣服や装備など、整えてはいかがでしょう」
「あ、いいな。 ライルの服をいつまでも借りてるのも悪いしな」
「へへ、似合ってるのに、タイガ様!」
エルナの提案に大河が答え、目をやるとにこー、とライルが笑う。この子は結構人懐こく、歳が近い(ように見える)大河と一緒にいると、歳相応のいたずらっぽい表情を見せる。
ライルの服は本人がエルナの従者ということもありそれなりにいい仕立てだが、大河はもう少しゆとりのある服装が好みだった。
なにより、パンツの替えが買いたかった。
「あ、そういえば宝石とか換金できる場所ってあるかな? ルーニーが珍しい石とか拾って集めてたコレクションにどれくらい値段が付くか聞いてみたいんだけど」
「必要なお金なら工面しますよ?」
「いやあさすがに生活費全部って訳にもいかないから」
エルナやウォードは『精霊の妙薬』の件もあることだしと、必要な資金を用意してくれると言うが、今のところは遠慮している。
(とは言え俺も全部ルーニー頼みってのは悲しいところだし、仕方ないから金になりそうな時計とかはオサラバかな……。 ああ、俺の時計ちゃん……)
大河の時計はまだ大河が30歳の記念に少し背伸びをして買ったものだ。この世界は時計の技術は確立していないが、地球同様24時間で1日と区切られていた。その辺りは天文学者でもあるエルナに聞いたら喜んで答えてくれそうだったが、そうでなくても色んなことで頭がパンクしそうだったので、ああゴツゴーシュギってやつだなと深く尋ねるのはやめておいた。ルーニーは共時性がどうとか生存条件の収斂がどうとか言っていたが。とにかく宝飾時計でもあった大河の時計には一定の価値があると考えていいだろう。
ちなみにそのルーニーは今も宿の部屋で大河の記憶から作り出した漫画を読んでいる。それが宝石や貴重な薬の対価だと言うのだから、地球人がこちらに来たら驚嘆するだろう。保護を求めてルーニーの元に長蛇の列ができるかもしれない。
エルナは大河の言葉に対し少し思案していたが、ウォードがその間に言葉を繋ぐ。
「そうですね、宝石商や魔道具屋に行けば買取してもらえますが、一番早いのは商業ギルドに持ち込むことかと。あそこは大抵のものは買い取ってくれますし一定の信用もできます。個別に交渉すると高く買ってもらえることもありますが、足元を見られることもありますので」
「ちなみに、どんなものがあるの? 『精霊の妙薬』みたいにものすごいものが出てきたりして!」
エルナの言葉に、ミリーががっついてくる。目がZじゃねえかこの野郎。
「あー確かに俺じゃ相場がわかんないし、先にみんなに見てもらった方がいいかもな。 んじゃ、俺の部屋行くか」
一行は朝食の残りを片付け、ルーニーが漫画を読んでいる大河の部屋へ向かった。
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