黄金林檎のジュースと世界樹の朝露・樹液のカクテル~星月の煌めきを添えて~
治療も一段落し、一同は食堂へと向かう。
食堂で供されたのはライ麦のパンとヤギの乳で作ったホワイトシチューだった。肉は森でとれたロックバードの肉らしい。岩を蹴り砕くというそのおっかない鳥も、料理してしまえば適度に脂が乗った美味しい鳥肉だった。
正直大河は食事には期待していなかったのだが、サラダも新鮮でとても美味だった。この辺りは交易が盛んらしく調味料やハーブも豊富で、非常に満足のいくものだった。
大河にとっては久方ぶりのまともな食事であった、ということもあるのかもしれないが。
皆が揃った食卓は、今は治療を終えた3人の医師を交え、快気祝いの前哨戦といったところだ。
嬉しそうなみんなを眺めながら、大河はぼうっと考える。
(しかしあんな光る水、初めて見たなあ。 俺も飲んでみたかった……、なんて)
地球だったら高級車が買えるような高価な薬、とはわかっていても、ライルが飲むのを見ていて思わず大河もゴクリと喉を鳴らしてしまった。死にかけている人が普通経口で水をゴクゴク飲めるわけがない。でも、ライルは脱水症状を起こしていた訳でもないのに、砂漠でオアシスに命からがら辿り着いたかのように、幸せそうに飲んでいるように見えたのだ。
「ふっふっふ、大河はそういうと思ってたよ」
背後から急にルーニーが声をかける。
「のわぁ! 急に心を読むんじゃないよっ! ……って、それは、まさか」
ルーニーは光り輝くガラスのビンをあと3つ、ふよふよと空中に浮かべていた。
「ライルはさっきリンゴジュースみたいといったけどね、偶然にも実は精霊はこれを黄金リンゴのジュースで割って飲むんだ!」
そう言って、黄金色に輝くリンゴをポポポポッと出す。
「古い精霊なんかはシードルで割ったりもするみたいだけどね、どうだい皆さんも一杯?」
どこから取り出したのかサングラスと葉巻で大河の周りをふよふよ漂うルーニー。
宿は今俺たちの一行しかいない。
(この量があればこっちで家建てれるだろコレ……)
現実的な考えが浮かぶ。そもそも薬なんだこれは。そう自分に言い聞かせる。
しかし、目の前で黄金に輝くその液体を見て、人間の原初たる欲求が余すところなく刺激される。まるで電気がほとばしり大河の脳にある視床下部に「その黄金色の液体は自身の生存に必須な栄養である」と直接命令を出しているようだった。しかし、先立つ物がない大河は切実だ。首をブンブンと振り、黄金の液体への食の欲求を晴らそうとする。
「もし許されるのであれば……飲んでみたい、です」
その中で解毒術師の女性、アーリャが恐る恐る手を挙げる。その価値は彼女が最も知っている。もっとも敬っているはずでもある。でも、抗えないのだ。目の前に未知の味があり、それを口にしたいという願望には。研究対象としても、摂食対象としても、本能を揺さぶる魔性の輝きがそこにはある。なにせ、あの伝説の万能薬は精霊の「おやつ」だったのだ。アーリャが折れると、それは瞬く間に周囲に伝播した。
高価な薬は至上の「おやつ」にしか見えなくなった。
「これで家がいくつ立つんでしょうね……」
グリスが遠い目をする。ミリーなんかはもう目がリンゴだ。
「さあ、ホラホラ今が一番美味しいときだからね。この状態は日持ちしない、今しか味わえないよ?」
ルーニーが悪魔の笑顔を見せる。
クヌギの樹液に集るカブトムシやカナブンのように、悪魔に召喚されたゾンビのように、フラフラとエルナたちが周囲に集まってくる。
「じゃあ、飲みたい人はグラスをそこに並べて」
みんながみんな、お互いの挙動を見守りながら水が入っていた空のグラスを差し出した。
「それでは、とくとご覧じろ」
ルーニーがパチンと指を鳴らす。
(何が鳴ったんだ今)
大河が突っ込む暇もなく黄金リンゴがスパパパッと賽の目に割れ、それがジュースに変わる。
おおっとどよめきが起き、リンゴジュースがみんなのグラスに注がれると、今度は空中に魔法陣が生まれ、大きな氷柱が生まれる。
「氷!?」
エルナは思わず声をあげ、その後恥ずかしくなって縮こまる。氷の魔術は炎や水、風などよりも難易度が高いとされているのだ。エルナは師匠以外に氷の魔術を扱える魔術使いを見たことがない。
氷は人数分に割れ、それぞれのグラスに波も立てずに入り込む。
最後に3つの光るビンから、芳醇な甘い香りを漂わせた液体が各々になみなみと注がれた。
「黄金林檎のジュースと世界樹の朝露・樹液のカクテル〜星月の煌めきを添えて〜、でございます。 それでは皆様……」
いつのまにかタキシードの様なものを着こんでヒゲを生やしたルーニーがレヴェランスさながらに頭を下げ、ニヤリと笑う。
顔を上げると、更にスッと息を吸い、両手を上に突き挙げる。
「野郎ども宴だぁ〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
「うおおおおお!!!!!」
ノリノリのみんなを尻目に、
やはり大河はずっこけていた。
◇◇◇◇
「じ、じゃあお先にいただきます……」
盛り上がったはいいものの、最初に口をつけるのを何故かみんな遠慮した。ダチョウ倶楽部の様なやりとりが何度か行われて、ここはやはり大河からだろう、という謎の勢力(主にウォードとエルナ)の言もあり、最初に大河が口をつけることになった。
今やグラス全体がほんのりと光るそのカクテルを改めて見て、大河は再度ゴクリ、と喉を鳴らし、口をつける。
黄金の液体と、甘酸っぱい香りがコクリと喉を通り、胃を喜ばせる。
(ナンダコレハ)
極上の桃の様にとろりと絡みつく芳醇な樹の蜜、黄金リンゴの絶妙な甘味と酸味が氷で締められ更に爽やかさを増す。一点の濁りもなく世界樹のエキスがたっぷりと凝縮された朝露は、星月の灯りに優しく包まれ絹の様な口当たりとなり、喉から胃に降ろすと体がそのまま天へと昇って行くかの如き気分だった。
「う・ま・す・ぎ・る……。 うますぎるんやああああああああ!!!!」
大河のリアクション待ちだったみんなも、今度は我先にとばかりの勢いでカクテルを口にする。
「うンめええええええ!!!! うますぎるぅうううううう!!!!」
グリスは叫び、破顔した。
「長いこと生きてきましたが……力が漲るようです……」
ウォードは経験が邪魔をし、言葉にならない。
「なんて爽やかな黄金林檎の甘み……生きてて良かった……」
黄金林檎が大好物だったミリーは涙ぐみ。
「太陽と世界樹の恵みに星月の輝き……宝石箱みたい!」
エルナは泣いていた。
医師たち3人も一様に驚きと感動を表情に宿している。解毒術師のアーリャはチビチビと飲む度に何やらメモを取っていた。怖い。
みんな、ほんのりと輝きを発しているように見えた。そして、みんながみんな笑顔で一杯だった。美味いものは人を笑顔にする。極上の甘みは旅と戦いの疲労を癒すようだった。
ライルの容体も安定し、そのまま打ち上げへと移行し、夜は更けていった。
「ルーニー、色々ありがとな」
「大河には楽しませてもらってるからね。これからもよろしく頼むよ」
大河とルーニーは宿にあったシードルと『精霊の妙薬』のカクテルで乾杯をし(エルナは子供にはまだ早いと怒ったが、精霊の妙薬の割合を増やすことで何とか許しを得た)、初めて異世界で迎える宿での夜更けを心ゆくまで楽しんだ。
シードルのカクテルはリンゴジュースとは違い、甘みが抑えられ代わりに幸福な酩酊感を呼び起こした。まだ子供の身体故、チビチビとカクテルを見ながら大河は窓の外を眺める。
馬車も通る路面側の窓からは、魔石灯と呼ばれる魔道具の光が、どの世界でも変わらぬ、と人々の生きる姿を告げていた。
(みんな、元気かな)
星空を見上げるとセンチメンタルになるのは、どんな世界にいてもきっと、変わらない。
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