精霊の妙薬
「ルゥゥゥニィィィよくやった! でかしたえらい! さすが神格の大精霊様!」
「ルーニー様」
大河が大喜びしてルーニーを抱き上げわしゃわしゃモフモフしていると、そこへエルナが膝まづき、頭を下げる。
「貴重な品であることは存じております。
対価は必ず用意いたしますので、お譲りいただけないでしょうか」
「対価なんていーっていーって、なぁルーニー? 旅は道連れ世は情け!」
「タイガ様、『精霊の妙薬』は一瓶で100万Zは下りません。場所や状況によっては1000万Z要求されてもおかしくないでしょう」
軽くルーニーをちょいちょいっとする大河に今度はウォードが後ろから声をかける。
市場価値について教えてくれているらしいが、そもそもZがわからない。
さしもの言葉の精霊も通貨の換算まではやってくれないらしい。距離の単位は揃えてくれたのによくわからないものだ。
「1000万Z?」
「Zはこのあたりの大陸では共通の通貨単位ですが、タイガ様は遠くの国からいらしているのでしたね」
ウォードは簡単にこのあたりの通貨の説明をしてくれる。
金貨や銀貨、銅貨は各国や教会が発行しているが、現在最も信用度が高く流通しているのが商業国である『カラシア=ヨーク諸国連合』の鋳造するドゥカート金貨で、その価値が1枚でだいたい1万Zだ。
このあたりで平均的な4人暮らしの家庭が1年間暮らすのに、30万Zほどかかるらしい。
(ってぇと……円で換算するとどれくらいだ? 平均年収が400万くらいだっけか。めちゃくちゃ概算で400万円≒30万Zで考えてみると……13.33円/Zってとこか? つまり100万Zは1333万円……。1000万Zなら……!)
大河はすんでのところでその場で吹き出すのを堪えた。
普通のサラリーマンが病院にいって請求されたらその場で泣き崩れ内臓を売りに出しても不思議ではない金額だ。高額医療費として役所に申請できたりするのだろうか。
大河の計算は年収と生活費を単純比較したものであったし、流通や技術水準、価値観が異なるため安易に換算は勿論できないのだが、それでもべらぼうに価値があることだけは理解できた。
「そ、それは滅茶苦茶高いな……」
「ですので相応の対価を払わせていただきたいのです」
大河はルーニーをチラリと見やる。
青い精霊はまたしてもものすごい悪い顔をしていた。
◇◇◇◇
「いやいや、大河の言うとおりだよ。対価なんてボクはいらないさ。ただ、お願いがあるんだ」
ルーニーは穏やかな笑顔で、まるで演説をするかのように明朗な声でそう言った。
エルナやウォードはゴクリと喉を鳴らす。神格持ちの大精霊の「願い」だなんて大抵は人の身に余るものだ。鷲獅子の生き胆を持ってこいとか、フィラヌス山脈に住むとされる伝説の赤竜の天鱗を取ってこいとかかもしれない。
一方、大河は別のことを気にしていた。
(魔法少女になってくれとか言わねえだろうなコイツ……)
大河の心配をよそにルーニーは続ける。
「この通り大河はまだ子供だ。 修行のために世界を周る旅に出たんだが、あいにく世界のことに関して知識がまるでなくてね。 ボクがサポートしてあげられればいいんだが、精霊の身では人の世のことを教えるのは難しい。
どうかな、これから大河に色々と便宜を図ってくれやしないかい? 別に金をくれっていっている訳じゃない、知恵が欲しいんだ。 例えば大河は魔術の勉強がしたいらしいが、ボクもどう教えていいかわからない。 そういう意味での手助けが欲しいんだ」
大河は泣いた。涙の滝には虹のプリズムが架かるほどだ。
「ル~~~~~~~~ニ~~~~~~~ィィィィィィィィィ!!!!!!!!」
大河はルーニーを抱き、ちゅっちゅちゅっちゅとしている。
ルーニーはうざったそうにしながらも尻尾をふりふりしている。
エルナはそんな二人を見て、安堵する。
(渡りに船、というところですな)
ウォードはエルナをちらと確認する。エルナはそれを見ずに答えた。
「わかりましたわルーニー様。タイガ様のサポートは任せてください。国に帰れば魔術学院もあります。そちらに通わせてもらうこともできるかもしれません。
勿論今後も必要なことがありましたら用意いたします。このご恩は絶対に返します」
「そんな気にしなくていいよ。ボクにとってはおやつだし。それより国って、ここがキミたちの国じゃないのかい? 転移で来たからそうだとばかり思ってたけど」
「生憎、師の力をもってしてもあのレスカニ大森林から私たちの国まで一度に転移はできませんでした。この街はカラシア=ヨーク諸国連合の大森林手前の街、カートルです。私たちの国までは、馬車ですと通常一月ほどかかります」
「詳しい話は後にしよう!」
ルーニーを愛しつくした大河が手を叩き、みなが頷く。
解毒は早いに越したことはない。解毒術師の女性がルーニーに声をかける。
「では大精霊様、『精霊の妙薬』を。私がそれに専用の魔術をかけますので」
「ゴメン、家においてあるんだ。ちょっと取ってくるね」
「取ってくるったってお前、家なんてあるの?」
「あるよ、ほらアレ」
街の道路に面していた大河側の部屋からは見えなかった景色。
水平線の果てまで続く大きな森の中にひときわ大きな木の幹が、雲を超え聳え立っていた。
この世界においてもそう呼ばれる大木――世界樹だ。
そもそも世界樹の朝露は天高く聳え立つ世界樹の葉が日の出の光を浴びた瞬間にのみ生み出されるまさに電光朝露の雫であり、人にとっては偶然以外に狙って取りに行く手段が殆どなく、それゆえ市場に出回ること自体が少ない。
だがルーニーは元々世界樹のうろに居着いていたらしく、朝露も樹液も手に入る。なんでも精霊が好んで飲むという伝説から『精霊の妙薬』と名付けられたようだが、当の精霊は「おやつ」がわりに飲んでいたらしい。
「でも、今から世界樹のルーニー様のお家に行っても間に合わないんじゃ……」
薬を探しに行っていたミリーがいきなり会話に参加してきた。帰ってきてたんかいあなた。
「いや、ボクだけなら家にはすぐ帰れるんだ。色々目印になるものが置いてあるからね。 帰りも大河がここにいればすぐ帰ってこれる。」
「ルーニーは転移の魔法が使えるんだ」
何故か大河が得意げに話す。
エルナとミリーが手を取り合って喜ぶ。ウォードも嬉しそうだ。
「すみません! やはりあれ以上の薬は置いてないようで……!! ……あれ? 治ったんですか?」
まだ薬を探していたグリスが飛び込んできて、その場の和やかな雰囲気に脱力した。
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