星を探して何千里?
「人? こんな森に?」
大河はエルナにそのまま聞き返す。エルナはコクリと頷いた。
「ええ、私は占星術師。星見の儀式で、この森にある人が現れることを知りました。……いえ、初めは人かどうかもわからなかったのですが、時期が近づくにつれてある程度の特徴もわかってきました」
「特徴?」
「そう、もうすぐ場所ももう近いことは肌で感じます。私は糸で繋がっていますから。でも、不思議な空間に入り込み、迷ってしまいました」
(ルーニーの異空間か……。ん? ってことは、探してる人ってのは……)
糸とは、本来的には大河とルーニーのように精霊契約を交わした者同士が得る霊的な繋がりのことを指す。糸が出来ているもの同士は、一卵性双生児が不思議な共調を見せるがごとく、場所や時として強い感情などを「感知」することができる。
精霊契約のようなものは後天的であり、双子や親子が感じるものは先天的なものだが、エルナの場合は後者を強めたものにあたる。
「糸ができているのか 特徴っていうのは? それも占いでわかるのかい? ボクの知る占いの範疇を超えている気がするけど」
ルーニーが訊ねる。
するとエルナは腰の革袋から拳大の水晶を取り出す。
「これは星月の水晶という、我々『星見の一族』に伝えられる神の遺物です。星月の光に当てると、一族の巫女――今代は私ですが、私たちを導くとされる『星』に纏わる事柄を視ることができます」
「『星』?」
「へえ、すごい。キミあの国の末裔ってことか」
「その通りです。このことはくれぐれも……」
「ふむ、中々の大ごとだね。 そりゃあ口止めもするわけだ」
「失礼なこととは承知しております。申し訳ありませんが……」
ルーニーはいいよ、と首で合図する。
話の流れが若干見えず、置いてきぼりをくらった大河は多少憮然とした様子で質問を続ける。
「で、特徴っていうのは?」
「髪と眼は、夜の闇のように黒く、年の頃は11、2歳、私たちの知らない知識を持っている人、星月の水晶はそう告げています」
大河は眉間を手で押さえる。エルナたちの探し人は恐らく大河のことだろう。
ルーニーは知~らない、といったような顔だ。
エルナは悪い人間には見えなかった。異世界に迷い込んだ大河にとっても、
詳らかにしてしまったほうがよい、そう大河が判断したときだった。
エルナが確信めいた表情で大河を見つめる。大河はゴクリと息を飲んだ。
「――これだけじゃあわかりませんわ」
大河とルーニーは仲良くずっこけた。
◇◇◇◇
「ボク知ってるよ、こういうの『オヤクソク』っていうんでしょ」
「やめとけ」
大河とルーニーはこそこそと話をする。どうやら目の前の美少女は
変な子ではなく、アホの子であったらしい。
今も頭の上に「?」を浮かべこちらを見ている。
とはいえ、アホの子ではあるが馬鹿ではないらしい。
ペラペラと事情を話したのも神格を持つ大精霊たるルーニーと、それを手懐ける大河の助力があれば、この広い森でも周辺の探索が捗る。なんでもエルナたちがこの森に入り約ひと月が経過しているとのことだ。べらぼうに広く魔物も強力なこの森において、一刻も早く『星』を探さなくてはいけない。そのためどうか力を貸して欲しい、そうエルナは話した。
エルナは敢えて説明しなかったが、占いを得意とするエルナには人に対する第6感というべき神秘的な特性が備わっている。初対面の大河たちを信用することはエルナたちにとってもリスクが高い行為ではあるのだが、エルナはほぼ無意識に、大河たちの善性を見抜いていた。もちろんこれは占いの結果ではないので、「鋭い勘」レベルものでしかないのだが、エルナのそれは自他ともに信頼に足るものであると考えられている。
「って言っても、俺たちには誰がその『星』なのかわからない、かなぁ~……?」
若干後ろめたい気持ちがありつつも、大河は少し誤魔化すようにやんわりと拒否する。これ以上森を練り歩くのは御免被る。
悲しそうなエルナの表情を見て先の発言をすぐに後悔してしまう大河。
(使命、って言ってたけどそんなに『星』って重要なのか?)
「あとそうです、星紋を身体に宿しているはずです」
「「セイモン?」」
思い出した様に手を合わせて発されたエルナの言葉に大河とルーニーが声を揃えて疑問符を浮かべる。
「ええ、文字通り星の紋章と呼ばれる痣のことです」
大河は不思議に思う、自分の身体に痣なんてないはずだ。大河はルーニーを見るが、ルーニーも首をかしげた。
(あれ、これ俺の思い違いパターンでその探し人ってのはこの森にいる他人、ってことか? ヤバイ、マジでどうしたらいいかわかんねぇぞこれ)
大河が混乱しながらも会話を続ける。
「えっと、その『星』探しはそんな大事なのか? 場所がわかるなら、こんな森を探すんじゃなくて出てきたとこを探せばいいんじゃ……」
「仰る通りなのですが、変化を告げる星は特別なのです……。急ぐ必要がありました」
ふむうと大河が唸ると、そこへ老齢の紳士が現れる。先程魔族と戦っていた人だ。
「精霊使い様、大精霊様、失礼致します。お嬢様、ライルが毒を受けている様子です」
「毒!?あの黒剣に……?」
初老の男、とは言っても体つきや所作からは歴戦の古強者といった雰囲気を感じる。老紳士はエルナの言葉を首肯し、続ける。
「傷口が変色しております。
いくつか解毒の巻物や薬を試しましたが、回復しません。
治癒術を使えるミリーはすぐに街に戻り、解毒術師に見せないと命に関わると診断しております。
ご判断を頂きたく」
(あの従者っぽい銀髪の子か……確かに苦しそうにしてたな。ほかに仲間が2人か?
エレナたちにとっては『星』探しはかなり重要な使命のようだけど……)
エレナは迷うそぶりもなく老紳士に告げる。
「転移の巻物を使います。街に戻るわ」
「……よろしいので?」
大河とルーニーは知る由も無いことだが、転移の巻物は非常に高価だ。
ルーニーが言う通り転移の魔術は非常に高度で使いこなす者は少ない。
勿論通常は 触媒――鏡や魔法陣などの魔術的媒介――間を移動するもので、どこでも任意に転移可能という魔術は実現されていない。
複数人同時の転移は術式の構築難度もさることながら、軍事的にも非常に価値がある。
その為、多くは国家レベルでその術式は個別に秘匿・研究されているものである。更にそれを一回のみの使用とはいえ魔術の心得がある者であれば誰でも使える巻物にしてあるものは、ある程度大きい街をひっくり返して出てきた金貨を全て使っても買えるものではない。
エルナの持つ転移の巻物はせいぜい5、6人ほどしか一度に転移できないが、
それでも転移先とタイミングによっては大規模な戦争の戦局でさえひっくり返す一手となりうる。
それを、高々従者の治療のために使おうとエルナは言うのである。ウォードはエルナとライルが姉弟の様に育ち、その信頼関係も良く知っていたが、それでも驚いた。そして思い至る。
(お嬢様は『星』の保護に命を賭しておられる筈。 この深い森から街へ戻る判断はつまり――)
ウォードはチラと大河とルーニーを見やり、一考ののち改めて頭を下げる。
「承知しました。先に戻りミリーらと用意を致します」
大河たちの方に一礼しながらウォードは去っていく。
それを見送りながらエルナが大河たちに教える。
「彼は私の一族に仕えるウォードと言います。助けて頂いた上に、厚かましくも一緒に『星』を探して頂きたいなど申してましたが、私の従者が魔族の毒に侵されてしまったようなのです。本当に失礼ばかりおかけして申し訳ないのですが、私たちは治療のため近くの街まで戻ります」
「あの、いいのか……? その、『星』ってのを探すのは」
大河はそれが自分かもしれないと思うと申し訳なく感じてしまう。
エルナは柔らかく笑み、言葉を続ける。
「私の命を賭しても『星』を見つけ出す、そう考えてはいたのですけど……、従者のライルは私の弟の様な存在なのです。『星』はまた探しに行くことはできますが、空の星になった命はもう戻りません」
己の命を捨てる覚悟を持ち、それを家臣の命と天秤にかけること、それが彼女たちにとってどの様な判断かは大河には想像もつかなかったが、決意を秘めたエルナの横顔は美しかった。
「それに、あの魔族の様子からすると敵方もまだ『星』は見つけていない様子。時間はあります」
「……あの魔族もその『星』を探してる……のか?」
「断定はできませんが」
確信めいた様子でエルナは話す。
占星術師の予知なのか、他に理由があるのかわからなかったが、恐らく魔族も『星』を探しているのは事実なのだろう。
であれば――。
「その転移っていうの、俺たちも連れてってもらえることってできるかな? 代わりに『星』探しにできる協力はするよ」
「転移自体はお二人が一緒でも平気ですが……。元々『星』と一緒に帰るためのものでしたし……。でも、よろしいのですか? その……お二人にも目的があったのでは?」
「いや、実は俺たちこの森で迷っちゃっててさ! 途方に暮れてたんだ、な、ルーニー?」
「まあ大河が迷ってたのは事実だね」
「ぐぅ……!」
ぐうの音が思わず出た。
「確かにボクもその転移の巻物ってのは見てみたいな。だから大河の申し出に異論はないよ」
「では……」
「ああ、一緒に森から出て、従者さんを助けてから『星』を探そう」
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