青い猫
初めまして、よろしくお願いいたします。
もしよかったら感想・ご意見、ブクマなどいただければ幸いです。
感情移入できるような作品になればいいなと思っています。少し後になりますが、内政要素も取り入れて行く予定です。
ぜひご贔屓にしていただければ幸いです。
このご縁に感謝しております。
「如才なきことと存じますが、本資料については取り扱いにご留意ください」
開いたメールはお役人のような格調高い表現で溢れていた。
眼が滑るのを何とかして意識で抑え込み、メールを読み進める。
常に鳴り響く電話と、隣の男のエンターキーを押す音が耳障りだ。
何故そんなに必死に不機嫌さを周りに伝播させようとするんだ。
高層ビルが屹立する、索漠としたコンクリートの部屋に彼は居た。
快適な温度に整えられたその空間では、何もかもが迂遠な言葉に言い換えられた。
言わんとしていることを包み隠し、婉曲に物事を伝え続け、
彼はいつしか伝えたいことそのものを見失った。
自己実現は曖昧模糊で五里霧中。
幼い頃に心に住んでいた万能感はいつの間にやら謎の消失を遂げた。
今その男を支配している暗澹とした気持ちは、結婚をし、子供を持てば解消されるだろうか。
人生に目的らしきものを付与できるのだろうか。
しかし、その蟠りはいくつになっても、いつだって男を放さなかった。
それは最早慢性的な心の病と言って差し支えはないだろう。
果たしてそれは環境が変われば解決される類のものだったのだろうか。
濁りつつある心は解放されるのだろうか。
――たとえば、全く違う世界にでも放り込まれたなら。
◇◇◇◇
ほんの数刻前までコンクリートジャングルに生きていたはずのその男は、今は本物の密林にいた。
男は酷くやつれていた。
うごうごと頭を抱え苦しんでいる姿は、真夏に雨が降った後酸素不足に陥り地上へ出たミミズが、うっかり熱されたアスファルトの上に迷い込みもがいているようだった。
「ぐっ……あっ……たま……痛え……!!!!」
脳そのものを万力でぎりぎりと締め上げるような、そんな苦痛で男は目を覚ました。脳そのものが痛みの塊になったようだった。男の鼻の先には湿った土があり、地面とキスをしている格好だ。周囲からは土と木の匂いしかしないことに疑問を覚えたような気もするが、それどころではなかった。
山内大河34歳。
大手の金融機関で営業をやっている。
――ハズだったのだが何の因果か今はこうやって木々に囲まれミミズのダンスをしている。
「なんっ……だコレ……うぅ……!!」
きっと今の自分の顔を鏡で見たら、鼻水と涙と胃液と黒い土まみれであること以上に、鬼の様な形相に驚いてしまうだろう。夜中に子供が見たら泣き喚いてしまうような、そんな顔で彼は地面をのたうち回る。
ひと通り胃液を吐きつくし、呟く。
「エ”ホッ……、なんっ……なんだよ……ドコだここ……」
薄目で周囲を確認する。
鬱蒼とした森なんてものに足を踏み入れた経験はなかったが、そう形容するにまさしく相応しい森だ。
嗚呼ベッドで寝たい。オーダーメイドで仕立てたスーツは泥まみれだ。
「服……スーツのままか……。クリーニング……出さ、なきゃ……。つか、会社……休むって……言わ、なきゃ……」
どうやら置かれた状況が意味不明過ぎて脳も理解を諦めたらしい。そんな余裕はないのだが、こんな時でもサラリーマン然としていることに、大河は少し可笑しさを感じた。そしてやっと思い出したのか、少し離れた場所に落ちている鞄になんとか這い寄り、中を探った。
大河は気圧の変化に弱い体質のため、いつも頭痛薬を携帯している。ペットボトルの水を取り出し、ヤケクソのように錠剤を飲み込んだ。
これから台風が100ほど編隊を組んでやってくるのだろうか?
「ハァ……なんなんだよこの頭痛……。『歯痛、生理痛に効く』って書いてるし……。まさかこれが……、噂の生理痛ってヤツか……?」
大河は女性がSNSを通じて女性がその苦しみを訴えるのをしばしば目にしていた。確かアメフト選手が子宮に内側からタックルするような痛み、とかなんとか。今の頭痛は確かにそんな感じかもしれない。
「アラ、じゃあお赤飯炊かなきゃだね」
森から声が響く。
予想もしていない方向からツッコミをくらい、大河は驚き、反射的に周囲を見渡した。
(聴かれてたのかよ、恥ずかしい!)
しかし、声は木々に反響しているのか、イマイチ方向がつかめない。ずきんと後頭部の奥のほうが
また痛んだ。
「コッチだよ! コッチ!!」
声の聞こえた方向――
地面に覆いかぶさる形になっていた身体を上に向けると、空中に『何か』が浮かんでいた。
パッと見は猫のようであるが、猫の割には耳が長く、モッフモフな尻尾はどちらかというとリスに近い。そして、額にある紋様と少し青みのかかった毛色が見た目通りの存在ではないことを告げている。
「やっ!」
「やだ、か……かわいい」
猫は大河にむかい、ヨロシク、といった感じで手をあげる。
きっと、この尋常ではない痛みがなければ速攻かいぐりかいぐりしていたであろう。なにせ大河は猫が好きであった。野良猫を見かけると決して嫌われないよう目を背けながらそうっと近くに座り込む、なんてことを常習的にやらかしていたほどだ。よく小さい子に不思議そうな眼でみられていたが、猫の愛らしさには勝てなかった。結果大河の手には生傷が絶えず、あるときには手首を深く引っ掻かれ包帯をしていったところ、職場の上司やおばちゃんが異常に優しくなってしまったことすらあった。
「イヤぁ、ボクの見た目は確かに愛らしいけど、魔素中毒に侵されたヒトの言葉とは思えないね。 余裕あるなあ。キミ、変わったヒトだね」
置かれている状況が最早謎すぎて、大河は猫(?)と普通に会話を続けてしまう。
「はぁ、どうも……喋る猫もそれなりに変わってると思うけど……。って、この頭痛……、マソ中毒……? なんか知らんが、なんとかして……。119……」
きっと夢か何かだろう。大河はもうそんな風に思うようにした。マ素だかヒ素だかフッ素だかわからないが、この痛みから逃れられるのならば何だってすると思うほどだ。
そうであれば今はそれこそ猫の手も借りたい。青い猫というならもしかしたらこの頭痛を治す不思議道具くらい持ちあわせているかも、なんてくだらないことを考えていると、猫は大河の心を読んだかのように戯けてみせる。
「いやあ、『ボぉクドラ●もぉ〜〜ん』じゃないからね?」
猫は器用に声真似をしながら笑った。しかもわさび声じゃなくてのぶ代声だコレ。年齢バレるやつだソレ。ツッコミたいのはヤマヤマだが、内部から激しく脳の内壁を叩くような激しい頭痛がそれを許さない。
「っていうかそもそも猫じゃないけどね。多分キミの魔素中毒からの離脱は、ここにいる限りはかな~~り難しいと思うよ。ここいらは魔素がかなり濃いし」
そう言われて周りを改めて見回す。
樹海というやつなのだろうか。どの木も古めかしく、厳つい。苔生した根は地面を無視してそこら辺に生え散らかしている。世界遺産になっている屋久杉のような化け物の大木がそこらに立ち並んでいた。
そして、ここにいては難しいと言われても、大河にはそもそもまだ動けるほどの余裕はない。
――そもそもマ素ってなんだよ。
――マジで救急車呼んだほうがいいのか……?
大河は思い浮かんでは続かない思考の波に身体を委ねるしかなかった。
「何より、キミのいた世界には魔素がなかったみたいだからね。それも驚くべきことだけど、魔素が存在しないが故の文化ってのもあるものなんだねえ。素晴らしいことだ。ウンウン」
猫は一人で勝手に納得している。一人というのもおかしいかもしれないが、この様に流暢に話されると一匹と表現するのは些か失礼な気がした。
「魔素っていうのはその名の通り魔力の源になる粒子かな。それくらいの説明があれば、キミの持ってる知識で何となくの想像くらいはできるだろう?」
「魔力の源……? キミのいた世界……?」
少し、少しだけ馬鹿な想像をしてしまう。
喋りながら空を今もふよふよと漂う猫のような生き物、魔力の源、そしてまるで別の世界から自分が来たかのような言い方。
いやいやまさか。そんなバナナ。
「そう、それだ。異世界転移。いや、この場合転生なのかな? そういう概念はキミの記憶にもあったはずだろう?」
大河はその言葉を聞き、思った。
(……なんだ、夢か)
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