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のんびり生活してます。
「貴様が『はぐれ』だな!我々と共にこい!」
「…はあ」
ここは、ノアルトの森の近くの村。2つの大国に囲まれたノアルトの森は、古代のままの様相を呈している。巨木が生え、下草が生い茂り、来るものを拒む。さらに凶暴な生き物も多く、狩人ですら森の奥には踏み込まない。しかも、森は果てしなく広がり、遥か果てに天にも届くかという峻厳な山脈を従えている。いつも霧に覆われ、地面は湿地と化している。大国の王たちも、森に敬意を払い、禁足地としてお互いに不可侵の場所としていた。
時に犯罪者が逃げ込むこともあったが、生きてこの森を出ることはない。どんな屈強な冒険者であろうと、方向を見失い命を落とすような場所なのである。森そのものが「呪われている」と言っても良い。
そんなところに、1人の魔法を使う男が住んでいる、と言う噂が立ち始めたのはここ数年ほど。
彼は、時折空を飛んできては森の周辺のある村に立ち寄り、小麦や砂糖などの調味料を仕入れていく。その代わりに、村人の怪我を治したり、土木工事を請け負ったりする。それも魔法で。村人が彼に住んでいる場所を問うと「森」という返答が返ってきたことから、彼がそこに住んでいるらしいことが分かった。
この世界には、魔法がある。
誰もがその恩恵に預かっているが、誰もが使えるわけではない。魔法を使えるかは、生まれた時に決まっている。しかも、使える量は10歳前後までに決定する。
本人の器、才能、努力…。
様々な要素で、それらは決まる。そして、魔法を使える者は、その能力に応じて国の職に就くことが決まっている。生活関連の道具を生産する者、武器を作る者、軍に所属する者、幻獣を扱う者…。その中で、国に所属する最高位が魔導師である。王の側近くに仕え、政を支える。
例外は、ない。
どんな強制力が働くのか、職に就かなければ次第に能力が薄れ、只人となってしまうのである。そのため、才能に恵まれた者は、その力を活かすべく磨きをかけ、自分を各地の王に売り込むのである。
そんな中で、世の理にまつろわぬ者達がいる。
それが「魔法使い」であった。
魔法使いは、全部で13人。どんな時にも、この数を上回ることも下回ることもない。常に「13」。この世界では、「13」は神聖な数と言われている。魔法使いは、どこの国にも属さず、何処からかこの世界を見ているという。滅多に人と交わらず、孤高を貫く。その魔法力は膨大。どこにも属していないのも関わらず、能力が衰えることはない。しかも寿命は長く、容色も衰えることがないという。
伝聞になっているのは、時折、気紛れに人と交わり去っていくからであり、最後を看取った者がいないからである。よって、彼女らの本当の姿は、霧の彼方である。
そう。彼女。
魔法使いには、女性しかいない。遥か昔から言い伝えられてきた魔法使いには、女性しかいない。そのため魔法使いは『魔女』と尊称される。
例外はないにも関わらず、魔法を使う男がいる。とすれば、それは「はぐれ」である。たまに、国に仕える事を拒み、逃げ出す者がいる。放っておけば、いずれ魔法力が枯渇していき、只人となる。
しかし、「はぐれ」は、犯罪を犯す事が多い。盗賊たちと組み、魔法が使えなくなるまで荒稼ぎをし、姿をくらますのである。
ノアルトの森の近く。といっても、そこから馬で3日ほどかかる国境の砦にその話が届いたのは、ついこの間。「はぐれ」がいると聞いた以上、放っておくことはできない。この辺り一帯の治安も預かる責任者としては、即座に動かなければならない。「はぐれ」は、それほど危険なのだ。
そこで、砦の長は信頼する部下に、「はぐれ」の拘束を命じたのである。
「あーあ、はぐれかぁ。俺、初めて見るなあ」
「おい、気を抜くな。相手は魔法をそれなりに使うらしいぞ」
「わあってますって。先輩」
2人は、馬を駆りながら村へと向かう。彼らは白い鎧を身に纏い、腰には剣を指している。胸には交差する二本の剣に蛇の巻き付いた紋章が刻まれており、これは魔法剣士である事を示している。2人が野宿しながら辿り着いたのは、森のすぐ近くの小さな村。村人たちに話を聞くと、「はぐれ」は1ヶ月に1度の割合で村に立ち寄るとのこと。その日が、今日あたりだということだった。2人が頷き、今後の方策を話し合っていると、おずおずと村人が話しかけてきた。
「あのう、騎士様。ヴィーさんは、いい人なんです。おらたちの怪我を治してくれたり、壊れてた水車小屋の直し方を教えてくれたり。酷いことなんて、何にも。ただ、ちょっと変わってるだけで…」
「ヴィーというのか、その者は。だが、「はぐれ」だ。放っておくわけには、いかんのだ」
「はぁ…」
俺たちは、肩を落としてトボトボと帰っていく村人を見ながら顔を見合わせた。
「随分村人に好かれているようだな」
「そうっすね」
「そうなのよぅ」
俺たちは、バッ、と声のする方を振り返った。
そこには、凄い美形が立っていた。印象的なのは、その瞳の色。極上のルビーを溶かし込んだかのような赤。高い鼻に通った鼻梁。唇は紅く色づいている。女性的な色合いなのに、その容貌は余りに美しい青年のものだった。そして、髪は太陽の光が集まったかのような黄金色。それを腰の辺りまで無造作に流している。背も高く、細身ながら引き締まった身体をしていることが見て取れる。
自分たちも背は高い方だが、それよりも頭半分ほど上だ。そして、声をかけられるまで、気配を全く感じなかった。
「誰だ!」
「アタシ?あたしはヴィーって言うの。よろしくねお兄さんたち」
美形は、うふっと言って首を傾げる。
…あたし?
「なんかぁ、お兄さんたちが、あたしを探してるって村の人から聞いたから、来てみたの。こんな素敵な人たちだなんて、嬉しいわ」
…嬉しいわ?
目の前の美形かつ美声が紡ぎ出したはずの言葉を理解する事を、2人の脳が拒む。しかし、若い方が回復は早かったようだ。
「ええと…。おにーさんが、魔法使う人?」
「ええ、そうよ。あと、お兄さんじゃなくて、ヴィーって呼んで」
そこまできて、もう1人が息を吹き返す。
「貴様が『はぐれ』だな!我々と共にこい!」
「…はあ」
こうして俺たちは、ヴィーと対面することになったのである。