結果は……!?
「ただいまー」
疲れて帰った私を両親が迎えてくれる。
「おかえり、シエラ。入団試験はどうだった?」
おっとりと喋る母親が少し不安そうな表情で私に尋ねる。
「はい。とても楽しかったです」
「それは良いことだ」
両親は共に安堵の表情を浮かべた。そんな両親を見ていると、私はシエラ・ウィドウの過去について考えてしまう。
私に詰め寄ってきた女性達は、シエラが自殺を図った、と言った。しかし、両親は私にそのことを教えてくれなかった。私のことを想って隠してくれていたのだと思う。
だけど、私は向き合わなくてはならない。私ではないシエラが起こしたことであっても、シエラが誰かを傷つけ、今生きているという事実だけで不快な思いをさせているのだから。
「あの、お父様、お母様」
夕食を食べ終わった後の家族団欒の時。私が二人に声をかけると、両親は私が何を言い出すのかと怯えた表情をする。
入団試験を受けると言った時に、もし受かったらお小遣いはもういらない、むしろ家を出たいと相談したのに大層驚いていたから、もしかしたらそれがトラウマになっているのかもしれない。家を出たい、というのは頑なに拒否されてしまったけれど。
今回も驚かれないといいなぁ、と思いながら私は両親に尋ねる。
「私が記憶を失う前、どういう風に生きてきたのか知りたいのです」
母親がハッと息を飲んだ。心配になってしまうほど、一気に顔色が悪くなる。父親もそんな様子を見かねてか、
「私が話すよ。ミレイは寝室へ」
と、母親を部屋から出した。母親が出ていくのを確認すると、
「何か思い出したかい?」
と、尋ねられる。
「いいえ」
「それじゃあ誰かから何かを聞いた?」
「……はい」
「そうか」
父親のノンフレームの眼鏡の奥の瞳が陰った。その瞳はシエラと同じ薄い茶色だ。
「遅かれ早かれ、シエラが外に出るようになれば知ることになるだろうと思っていた」
その辛そうな表情から、今まで私が何も知らないで過ごしてきた間、きっと辛い思いをしていたのだろうと想像がついた。
「シエラが記憶喪失になった原因は事故だと言ったが、本当は学友に虐められ、それを苦にして川に飛び込み、自殺を図ったんだ」
虐めで飛び込み自殺。実際にそう聞くと背筋が凍る思いだ。
「私は学校に通っていたのですね」
「ああ。リンドブルム女子学院という学校だ。本来なら、今も通っていたはずだ」
「そうなのですか?」
「18の歳まで通えることになっている。だけど、シエラのことを想うともう一度通わせようとはどうしても思えなくて、シエラが眠っている間に退学を申し出たんだ。君に黙ってそうして、申し訳なかったと思っている」
「いえ、それは構いません」
学校には私が虐めてきた人もいるはずだ。その人達は私ともう一度一緒に学校に通うなんて死んでもしたくないはずだから、それで良かったのだと思う。
「私が自殺を図った経緯はわかりました。ですが、私は被害者であると同時に加害者でもあるんですよね?」
私の問に、父親は顔を歪める。
「シエラ。君は記憶喪失になって、まるで別人のようになった。だから、過去の自分について、無理に知る必要はないんだ」
「ですが……」
「シエラが楽器をやりたいと言ってくれて、本当に嬉しいんだ。生き生きしている君を見るだけで僕達は幸せだ」
どこか怯えたような父親を見て、過去の自分ことを深く知ったら記憶を取り戻すかもしれない、そうしたらまた自殺を図るのではないか、と不安に思っているのではと推測する。
大切な娘を失うかもしれないという思いを、もう一度抱かせたくはなかった。
「……わかりました」
私はこれ以上聞き出すことを諦める。
「お父様。私は大丈夫です。もう二度と自分の命を粗末にしないと、固くお誓いいたします」
「シエラ……」
瞳を潤ませた父親は、手で目の端をこする。
「ぜひ、お母さんにもそう言ってやってほしい」
「わかりました」
私が知らないところで、たくさん不安にさせていたんだ。私は父親の手を握りながら、思う。
シエラのことは自分のことだ。もう二度と私のせいで誰かを苦しめたり嫌な思いをさせないために、私は知る必要がある。
両親には聞けないけれど、誰かに必ず、シエラの悪行をすべて聞こう、と。
数日後。ウィンドホール前。今日、ここで入団試験の合格者が発表される。私は胸に手を当ててその発表を待っていた。やれることはやったけれど、どうしても緊張してしまう。試験本番よりも緊張するかもしれない。
試験の時と同様にメアリー、カミーユ、アルフレッドが現れた。いよいよだ!
「それでは、入団試験合格者を発表します。今回の合格者は9名です」
9名。受験者の約3割ってところだろうか。私はギュッと目を閉じた。
「フルート、プラッシュ・ベルリス」
「はい!」
呼ばれた人は嬉しさから涙ぐむ。時には「やったー!」と、叫ぶ人も。いいなぁ、いいなぁ。この感じ、高校の時を思い出すよ。
「クラリネット、ゴールド・マッコイ」
「はい」
痩せた男の人が返事をした。ああ、あの人はクラリネットとして通過したんだな、いいな。
「シエラ・ウィドウ」
どうか私の名前が呼ばれますように……
「……? シエラ?」
「……え?」
カミーユが不審な表情で私を見ている。隣のアルフレッドさんも「このバカ」とか言いながら私を睨んでいた。シエラ・ウィドウ。わ、私だ!
「うわっひょい!」
返事と驚きと喜びが混じり合った返事をしてしまった。アルフレッドさんは頭を抱え、カミーユはくすりと笑った。
「よろしくね、シエラ」
「は、はい! お願いします!」
私は思い切り頭を下げた。やった、やったよ! 合格したー!!!
「合格者は以上です」
「ちょ、ちょっと待って下さい!」
声を上げたのは、入団試験の日に私に声をかけてきた三人組の内の一人だ。
「何故、私が合格できずにシエラが……! わかっているんですか!? 彼女を入れることは、この楽団にとってマイナスです!」
強い口調で必死に訴えている。笑顔の指揮者、カミーユがそれに対して口を開く。
「彼女の演奏を君も聴いただろう? シエラは僕達が知らない曲を、クラリネット一本でしっかりと表現して聴かせてきた。それに、経験年数6年というのも嘘ではないらしい。彼女の実力は当楽団の団員に匹敵するものだと、僕達は判断した」
「ですが……」
「それにね」
反論しようとする言葉を強めに遮ったカミーユは、
「シエラにどんな問題があるかは僕達には関係がない。実力がある者をこの楽団に入れ、実力がない者は入れない。ただ、それだけのことだよ」
と、続けた。優しげな笑顔を浮かべているのに容赦のない言葉。それを受けて、もう誰も私について反論する者はこの場に誰もいなかった。