衝撃の事実が発覚です
『ウィンドホール』。私が初めてこの国の吹奏楽団の演奏を聴いたホールの名前。私はクラリネットを持って、そのホールの前に立っている。
「よしっ!」
ぺち、と自分の頬を叩いてから一歩足を踏み出す。今日は入団試験の日。最近味わったことのなかった緊張感でいっぱいだ。
私が住んでいるカイルベルト国。その王族が所有する吹奏楽団を王立吹奏楽団と呼ぶ。私が住んでいるリンドブルムの街の吹奏楽団がカイルベルト王立吹奏楽団リンドブルム支部。
それが私がこれから入団試験を受けようとしている吹奏楽団だ。偉そうに説明したけれど、これは両親に聞いて初めて知った。
両親に「私、吹奏楽団に入ります!」と、言ったら、驚かれはしたけれど、特に反対はされなかった。むしろ、私が生き生きしているというので喜んでくれているくらいだ。どうもこの両親は私に甘いのだが、もし入団を許可してくれなければ家出をするしかなかったので、今回ばかりはありがたかった。
ホールに入ると、20人くらいの人が既にいた。私の姿を見ると明らかに目を丸くしている。やたらと目が合うので軽く会釈をしてみると、全員がすぐに目を逸らす。同じ入団試験を受けるライバルだとは言っても、ちょっと酷すぎやしないかい?
そういえば、アルフレッドさんが「この街で私のことを知らない人はいない」と、言っていた。あれはどういう意味だったのだろう?
気にしても仕方がない、と、私はエントリーをして、楽器の準備をする。準備ができたら緊張を紛らわせるために胸に手を当てて深呼吸。ついでに呼吸練。
この一週間、部活をやっている時かそれ以上に真剣に練習をした。体力づくり、基礎練習、曲練習。覚えていると思っていた譜面もところどころ忘れていたので練習し直した。口が痛くなるほど練習した。
正直、まだ現役の頃に戻れていない。だけど、私にできる精一杯はやった。今日はそれを発揮するだけだ。
精神統一も兼ねて目を閉じて呼吸練をしていると、目の前に影が差した。
「ちょっと」
私に声をかけてる? と、目を開けると、キツイ表情の女性三人が立っていた。
「どういうつもり?」
「……はい?」
「シエラ・ウィドウ。貴女、何の冷やかしでここに?」
ああ、私がクラリネットを吹けることを誰も知らないのだから、驚かれても当然か、と納得する。
「入団試験を受けに来ました」
「それは見ればわかります! 貴女、楽器なんてやっていなかったでしょう?」
この女性たちは私のことを知っているのだろうか? どう返事をしたものか、と考えていると、
「またお得意のワガママ!?」
と、声を荒らげられる。
「自殺を図って記憶喪失になったって聞いたけれど、そうやって何でも欲しがるところは何も変わってないのね!」
自殺……? 初めて聞く、聞き逃せないワードが耳に残る。
「貴女なんて、そのまま死んでしまえばよかったのに!」
初対面の人間に「死ね!」と、言われるとは思っていなかった。ハートの強い私でも、流石に胸にズキリと来るものがある。
けれど、ずっと感じていた違和感。街の人との距離感、元のシエラはどこへ行ってしまったのか。その答えがここにあると、私は直感的にわかった。
「私はどうして自殺を図ったのですか……?」
「はぁ!?」
あり得ない、とでも言うように綺麗な顔を歪める。
「そんなことも忘れて被害者面? ああ、そうか。貴女の親は何も教えてくれないのね。だったら私が教えてあげる!」
座っている私を見下ろして女性は叫ぶように続ける。
「貴女はウィドウ商会の名前を使ってこの街でやりたい放題やってきた! それだけじゃない、貴女は同じ学校のクラスメイトを執拗に虐めたわ。その子は精神を病んで未だに苦しんでる。だから、この街の人間はみんな貴女のことが大嫌い! 貴女が虐め返されたことに同情する人なんて誰もいない! この街に貴女の居場所はないのよ!」
パーツとパーツが合わさって、私が転移する前のシエラ・ウィドウがどういう人間だったか、私は正確に把握することができたと思う。ぼんやりと女性達を見上げていると、
「ここだって例外じゃない! 貴女なんかが通るはずないから、さっさと消えて!」
と、言い残して去っていった。
シエラ・ウィドウはワガママで誰かを虐めることもしていた。だから、街中みんなから嫌われて、逆襲されて虐められるようになった。そして、それを苦に自殺を図った。
それが、私が理解できた私の状況だった。
これまで街の人に散々白い目で見られたり、顔を逸らされてきた原因はそれだったのか。ショックも大きかったが、納得してスッキリとした部分もあった。
そして、ずっと疑問に思っていたこと。私がシエラの中に入って、元々のシエラはどこへ行ってしまったのだろう。この身体の中に私の意識はあるけれど、シエラの意識は感じられない。
きっと、シエラは死んだのだ。身体は生き残ったけれど、シエラはそこに戻ることはしなかった。
証拠はないただの憶測だけれど、上手く言い表せない確信があった。それは、私がシエラの身体に入っているからだろうか。
亡くなってしまったシエラのことを思うと苦しい。胸に確かなダメージを感じもする。
だけど、試験の時間は刻一刻と迫っている。私が街中の嫌われ者であるならば受かる確率は低いだろう。それでも、ここにいる人達に私の演奏を聴いてもらえる時間が近づいている。
ふーっと息を吐き出して気持ちを整える。今はあれこれ考えるのはやめよう。目の前にあるのはクラリネットと楽譜。そして、聴いてくれる観客だ。
「お待たせしました」
大きな声が聞こえて、その声の方へ全員が集まっていく。そこには、指揮者の爽やかな男の人、オーボエ吹きの美女、そして……
「あ!」
アルフレッドがいた。思わず声をあげた私を全員が見たが、アルフレッドはチラッと私を見た後でふいっと顔を逸らした。
「今日はカイルベルト王立吹奏楽団の入団試験にお越しいただき、ありがとうございます。指揮者のカミーユ・レアルです」
「私はオーボエ奏者兼木管リーダーのメアリー・サンブルです」
「……トランペット奏者兼金管リーダーのアルフレッド・オズワルドだ」
「今日はこの三人で審査させていただきます」
まさかの金管リーダー! 金管楽器全体をまとめるリーダーだ。確かに飛び抜けて上手かったけれど、若そうなのでそんな重職についているとは思っていなかった。もっと年を召した方がたくさんいたように記憶しているので、その中でリーダーになれるなんて実力主義の楽団なのかもしれないな。
「それでは早速審査を始めます」
オーボエ美女メアリーさんの言葉で一気に緊張感が戻ってきてごくりと唾を飲み込んだ。