表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/42

吹奏楽をやらせてください!

 翌日。私は再びオズ楽器店に向かっていた。


 私も吹奏楽がやりたい。イケメンの楽器屋さんは昨日の吹奏楽団を「王立吹奏楽団」だと言っていた。つまり、プロってこと。


 私は音大にも通っていないただの一般人なので、プロになれるとは思っていない。だから、昨日の楽団に入れて欲しいと言うつもりはない。


 私みたいな一般人が吹奏楽をやるには、プロじゃない趣味でやっている吹奏楽団なんかがあれば、そこに入れてもらいたい。楽器屋さんにはそういう情報も入ってきていると思うので、私はそれが聞きたくて向かっているのだった。


 イケメンだけれどあの怖い店主さんのことを思うと少しだけ腰が引けるけれど、そんなことを気にしている場合ではない。私は勇気を出して店まで行って、扉を開けた。


「こんにちは……」

「……またお前か」


 昨日と同様暗い店内の奥から、イケメンの店主さんが降臨された。眉間の皺も変わらずついている。


「あ、あの! トランペットとってもお上手ですね!」

「……は?」


 昨日の演奏を思い出すと、私はまずそう言わずにいられなかった。


「楽団のトランペットの中でも素晴らしく良い音でしたので、感動してしまいました」

「あ、ああ」


 イケメンさんは頭を掻いてまんざらでもない様子。そりゃ楽器が上手だって褒められたら嬉しくないはずがないよね!


「昨日お名前を伺いそびれてしまったのですけれど、聞いても良いですか?」

「アルフレッド・オズワルド」


 イケメンは少しニヤけながらそう答えてくれた。嬉しさが噛み殺せてないですよ!


「それで、今日は何の用だ?」

「あの、私も吹奏楽をやりたいのです。昨日の王立吹奏楽団さん以外の、この街の吹奏楽団を紹介していただきたいのですが」

「ねえな」

「え?」

「この街には王立吹奏楽団以外はない。王都にでも行けば趣味の楽団はあるが、こんな田舎街にはないな」

「そんな……」


 絶望だ。まさか、存在しないなんて考えてもみなかった。


 せっかく吹奏楽のある世界に転移したというのに、このまま前世の無念を果たせず生きていくというのか。この世界の知識がまったくない私が、何の目的もなく生きていく姿を思い浮かべる。


 ……部屋でダラダラしながらお菓子を食べる図が思い浮かんだ。ニートじゃん!


 ダメだ! ここで諦めたら前世の二の舞い。今世こそは吹奏楽をやると、決めたではないか!


「おい……」

「アルフレッドさん!」


 私はアルフレッドさんに迫る。


「私を王立吹奏楽団に入れて下さい!」

「……は?」


 機嫌が良かったはずのアルフレッドさんの顔が一気に険しくなる。


「お前……俺たちを舐めてんのか?」

「舐めていません!」

「俺たちは仕事として楽団に入ってる。そんな入りたいからってほいほい入れる場所じゃない」

「わかっています! でも、それでも入団したいです!」


 私はアルフレッドさんに真剣に訴える。後悔する人生は送りたくない。私はもう一度吹奏楽をやりたいんだ。


「それに、クラリネットの人数、足りてないんじゃないですか!?」

「なっ……」


 私は失礼を承知で昨日感じたことを素直に口にする。


「あんな大編成で5人、だなんて少ないと思います。それに高音の音程ピッチだって合ってなかったし……」

「……」


 イケメンは難しい表情で私を見てくる。でも、負けるものか!


「今はまだ下手かもですけど、精一杯頑張ります! どうか、お願いします!」


 私は深々と頭を下げた。神様、イケメン様! どうか私にチャンスをください!


「……一週間後の正午」

「……?」


 ぼそっと口にされた言葉に顔を上げる。


「昨日のホールで入団試験がある」

「入団試験!?」


 アルフレッドさんはそれだけ言うとくるりと私に背を向けてしまう。私は逃さないとばかりにイケメンの着ているシャツの裾を思いっきり掴んだ。


「おい……」

「そこにはどうしたら出られますか!?」


 迷惑そうな顔のアルフレッドさんを無視して私は質問した。


「……楽器を持ってて吹けるやつなら、誰でも」

「クラリネットの募集はありますか!?」

「……ああ」

「試験の内容は!? 課題曲などありますか!?」

「課題曲はない。自分で3~5分の曲を一曲選んで吹くだけだ」


 自分で曲を選べるんだ! 幸いにも前世の譜面は持ってるから、過去に演奏したことのある曲を選べば一週間後にギリギリ間に合う。問題はシエラのこの貧弱な身体。息が持つように腹筋とランニング、呼吸練習をしなければ。


「おい、お前本当に……」


 頭の中でプランを組み立てる私にアルフレッドさんが話しかけてくる。ごめんなさい、アルフレッドさん。そうと決まればすぐに帰って練習したいのです!


「ありがとうございました! お仕事中失礼しました!」


 私は思い切り頭を下げてから店を飛び出した。ありがとう神様、イケメン様! チャンスが巡ってきましたよ!


「うおー!!!」


 叫びながら全速力で走る。昨日と同じように道行く人が驚いた顔で私を見るけれど、そんなの構うものか! 私は吹奏楽団に入りたい! ダメ元で入団試験、やってやるぞー!!!!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ