聖夜祭3
ようやく泣き止んだ私はアルフレッドに前世の話をしながら残りの屋台飯を平らげる。地球はどんな星だったかっていう基本的な情報も説明したけれど、やっぱりアルフレッドの一番の関心事は吹奏楽なので、それについての話が多かった。
学校に部活というものがあって、そこの吹奏楽部に所属していたこと(「部活」を改めて説明しようとすると難しくて大変だった)。夏には大編成のコンクール、冬にはアンサンブルコンクールがあったこと。練習内容から曲の話まで。
普段は受け身で話を聞くだけのことが多いアルフレッドがあれこれ質問してきたのが新鮮だった。
ご飯を終えるとだいぶ時間が経ってしまっている。少し休憩したら家に帰らなくてはならない時間だ。その前に、と、私は鞄から用意しておいた箱を取り出した。綺麗に包装されたそれを、
「はい!」
と、アルフレッドに差し出す。
「聖夜祭のプレゼント!」
「あ……どうも」
アルフレッドはプレゼントを受け取ると早速包みを剥がす。丁寧な手つきで包みから取り出した箱を開けると、
「お」
と、アルフレッドは悪くないリアクションをして中のものを取り出す。
「手袋だよ! 寒いのに着けてなかったから、持ってないかと思って」
「ああ、持ってない」
藍色の手袋は思っていた通り、アルフレッドによく似合っている。女子力が高ければ手編みで作ったんだけど、不器用さも前世から持ってきてしまったようでできなかったので、お店で選んで買った。
「冬は手がかじかむでしょ? 手が温まるまで楽器吹きにくいから」
「そうなんだよな。だから、ほしいとは思ってた」
「よかった」
喜んでいるのかわかりにくいアルフレッドではあるけれど、着けた感触を確かめたり、何度も見ている雰囲気からして、どうやらいらないものではなかったようだと胸を撫で下ろす。
「シエラ。楽器組み立てろ」
「へ?」
手袋を外したアルフレッドが突然そんなことを言い出すから、私は面食らう。
「そろそろ帰るよ?」
「いいから黙って組み立てろ」
いつもの強引な口調のアルフレッドはそう言い残すと店の奥に消えていく。日本のクリスマスソングでも聴きたいのかな? などと予想をして、私は楽器を組み立てた。
最後にリードを充てがうだけ、というタイミングでアルフレッドが戻ってくる。
「ほら」
雑な手つきで押し付けられるように渡されたのは、三本のリードだった。
「リード?」
「吹いてみろ」
元の椅子に座って前のめりに私を凝視するアルフレッドは何も説明するつもりがなさそうなので、私は言われるがまま一本のリードをマウスピースに付けて息を吹き込んでみた。
いつも通り、吹きやすいリードだ。オズ楽器店のリードは、もはや私のお気に入り。
「いい感じだよ」
「そうか」
いつも買っているというのに、アルフレッドはホッとした表情を浮かべた。
「リード売ってくれるの?」
「いや、お前にやる」
「くれるの?」
流れ的に聖夜祭のプレゼントなのだろうか。それともこれもボーナスの内?
「そのリードは売り物じゃねえ」
「? どういうこと?」
アルフレッドは言いにくそうにしてから、
「……俺が作った」
と、絞り出すように口にした。
「!? これ、アルフレッドが!?」
「だからそう言ってんだろーが」
照れているのだろう。荒い口調のアルフレッドが肯定した。
「すごい! すごいよアルフレッド!」
いつも買うものと遜色ない出来だったので、まったく気がつかなかった。
「とってもいいリードだよ! これなら売り物になる!」
「いや、まだまだだよ」
素直に褒めたのに、アルフレッドはトランペットを褒めた時とは違って苦い顔をする。
「それを作るまでにだいぶ木を無駄にした。もっと安定して作れるようにならねえと、売ったりはできないな」
「そうなんだ……」
でも、アルフレッドは作ったリードを私に吹かせてくれた。いつか「アルフレッドのリードが吹きたい!」と、頼んだことを覚えていてくれたのだろうか。アルフレッドの想いがこもっているかと思うと、このリードがすごく大切なものに思えてくる。
「まあ、一応使い物にはなるみたいで良かったよ」
「うん! すごくいい感じだよ! しっくり来る!」
「そうか」
「もしかして、アルフレッドが作ったリードを実際に使ってみたのって私が初めて?」
「まあ……そうだな」
アルフレッドは照れているようだった。アルフレッドのリードを初めて吹いたのが私だなんて、ますます嬉しくてニヤニヤしてしまう。すると「笑うな」と言って頭をぐりぐりされる。
「アルフレッドなら安定して作れるようになるよ!」
「だといいけどな」
「アルフレッドなのに随分弱気だね」
「うるせえな」
コツン、と頭を叩かれる。
「このリード、大切にするね! とっておきの時に使うから!」
「普段から使えよ。じゃなきゃ、持ちがいいかどうかとかわからねえだろ」
「そっか……でも、もったいないな」
三本のリード。アルフレッドが初めて人にあげたリード。聖夜祭にくれたもの。私にとってはすごく大切なものだから、引き出しにでもしまっておきたいくらいなのに。
でも、使われるために生まれてきたリードなので、やっぱり使ったほうがいいよね。
「そんな顔すんなよ」
アルフレッドが椅子を近づけて、私の頭を今度は優しく撫でる。
「また作ったらやるから」
「……本当に?」
「ああ」
これからもくれるんだ! そうわかると嬉しい。
「でも、やっぱり次からはお金払うよ」
「いいっつってんのに」
「ダメだよ! アルフレッドの時間が込められてるのに、そんなタダでもらうなんて!」
アルフレッドは楽器屋さんだ。だから、何もお礼なしにもらうなんて私が耐えられない。
「……じゃあ、金じゃなくても、何か礼をもらえばいいか?」
「うん、アルフレッドがそれでいいなら」
本当はお金を渡したいところだけれど、プロとして許せないなら、そこで妥協しようと思う。
「何したらいい? お店のそ……」
掃除とか、と言いかけた私の唇に、素早く近づいてきたアルフレッドの唇が触れる。頭が真っ白になった私は目を大きく開けて固まった。
アルフレッドの熱い唇はすぐに離れた。
「これでいい」
ニヤリと笑ったアルフレッドの言う「これ」がキスのことだとわかった私は顔に熱が昇っていくのを感じた。火が出そうなくらい熱いし、今更ながらすごくドキドキしていることに気がつく。
「こ……」
それはこれからもリードをくれる度にキスをするっていうこと? って聞こうとしたけれど、上手く舌が回らない。そんな私を見てアルフレッドはぷっと吹き出した。
「ごちそうさま」
そんな顔でそんなこと言うなんてずるい。私はもうどうしようもなくて、唸りながらアルフレッドの胸の中に顔を埋めるのだった。




