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聖夜祭2

 屋台で食料を買い込んだ私達は通りを抜けてオズ楽器店へ向かっている。人混みが嫌いなアルフレッドが「店で食べよう」と、言ったから。


 人通りが少なくなっても、アルフレッドの手はしっかりと繋がれたままだった。


「楽しかったー! 聖夜祭!」

「ちょっとしかいなかったのにか?」

「十分だよ! だって、こんなに美味しそうなものいっぱい買えたし! それに、屋台飯を座って食べられるなんて、最高の幸せだよ」

「やっすい幸せだな」


 アルフレッドは少しホッとしたように微笑んだ。


「今日、定期演奏会があったなんて夢みたい! 一日が二日分あるみたい!」


 くるくると回りたくなるくらい幸せな気分だ。アルフレッドと手を繋いでいるからしないけど。


「演奏会も楽しかったなー!」

「緊張はしなかったみたいだな」

「うん! アルフレッド、ちゃんと私のソロ聴いてくれた?」

「……ああ」

「どうだった!?」

「まあ……悪くはなかったんじゃないか」


 良かったってこと、なのかな? アルフレッドはわかりにくいけど、なかなか褒めてくれる人ではないし。


「アルフレッドのソロもすっごく良かったよ! 私、ちょっとびっくりしちゃった!」

「びっくりって……いつも聴いてるだろ」

「ううん! 全然違ったよ! なんて言ったらいいかな……」


 音楽の感想を言葉にするのは難しい。私はアルフレッドのソロを思い出す。情熱的で思い出しただけで顔が熱くなってしまいそうなあの演奏。


「アルフレッドはいつも上手いんだけど、今日のソロはそれに感情がプラスされた感じ!」

「ふーん? いつもは感情が乗ってないって?」

「そ、そうじゃなくて! いつもよりすごかったの! 本当に!」


 語彙力の限界がやってきて、私はとにかく褒める。うーっ、この感動が伝わればいいのに!


「じゃあそういうことにしておいてやるよ」


 ようやく納得してくれたみたい。アルフレッドは得意気な顔に戻ってくれた。


 お店に着くと、私達は冷めない内に屋台飯を食べ始める。


「んーっ! このワイルドな感じ! 屋台っぽい!」


 私は今串刺しの肉にかぶりついている。この素材の味を活かしたところがいかにも屋台って感じで美味しい。家ではお金持ちだからか、どこか気取った料理が出てくるので、こういうご飯は嬉しい。


「屋台っぽい、ねえ。記憶喪失のお前が」

「あ」


 そうだった。私は聖夜祭初体験で、屋台だって初めてだったはず。アルフレッドと一緒にいると、気を抜いてつい失言ばかりしてしまう。


「お前さ、本当は記憶戻ってんじゃねーの?」

「そ、それはないよ!」

「じゃあ別人、とか?」


 アルフレッドの鋭い発言にドキッとする。もし、アルフレッドに前世のことを言ったらどうなるのだろう。この世界に来てから今まで、誰も信じてくれないだろうと隠してきた前世のこと。誰にも話せなかった昔話をアルフレッドだけには話せたらいいのに。


「うん、そうだよ」


 二人きりだし、雰囲気もあって私はそう言って頷く。


「私、実はここじゃない世界から来たの。地球っていう星の日本っていうところでね、そこで私はクラリネットをやってたんだよ。どうも事故で死んじゃったみたいで、神様から未練を問われて『もう一度吹奏楽がやりたいです!』って願ったら、シエラ・ウィドウの身体の中に入ってた」


 アルフレッドは真顔で私のことを見つめている。


「……なーんてね!」


 私は笑顔を作ってから、食べ途中だった肉にかぶりつく。アルフレッドに頭おかしい人だって思われたくないもん。嘘だってことにしておこう。少しだけでも口に出せて、それだけで私は嬉しかったんだから。


「じゃあ、『森の精霊』は違う世界の曲、ってことか?」


 アルフレッドってば、私の冗談に乗ってくれて、ノリがいいね! と、言おうとしてアルフレッドを見て、私は危うく串を落としそうになった。アルフレッドの顔が、冗談を言っているような顔に見えなかったから。


「し、信じて……くれる、の?」

「今までの発言から考えて、その方が理屈が通る。この街に住んでいながら、俺の知らないところでクラリネットを6年間もやってたってのも信じられる話じゃないしな」

「アル、フレッド」


 信じてくれるなんて思ってもなかった。誰かにまた日本での昔話ができるだなんて、考えてもなかったから。


「肉持ったまま泣くな、このバカ」


 滲んだ視界の向こうで、アルフレッドが私から串を受け取ったのがわかった。


「そんな泣くくらいならさっさと言えよ」

「だって、信じてくれるなんて思ってなかった……っ。『嫌われ者のシエラ』が『頭がおかしいシエラ』に変わるだけだろ……って」

「ま、そうかもな」


 私の側に寄ったアルフレッドが私の背中を抱いて自分のところに引き寄せる。胸を貸してくれるってことだろうか。


「俺は信じる」


 いつもよりも低いアルフレッドの声が上から聞こえる。アルフレッドの胸の中はとっても温かくて安心するから涙が止まらなくなってしまう。そんな私に、


「他にももっと昔演奏した曲があるんだろ?」


 と、声をかける。


「また吹いて聴かせろよ」

「……うん」


 普段の言動から優しく頭を撫でるアルフレッドなんて想像できなかったけれど、その優しさはアルフレッドのトランペットの音に少し似ていると思った。

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