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聖夜祭1

「うわーっ!」


 街はすごい熱気に包まれている。手を繋いで歩くカップル、屋台へ呼び込みをする店主、屋台から立ち昇る美味しそうな湯気、笑顔の家族。


 アルフレッドの言っていた「すげー人」というのは誇張ではなかったらしい。この街のほとんどの人間が外に出ているのではないかと思うほどの賑わいだ。


「すごいね、アルフレッド!」

「ああ、今日だけで一体いくら儲けるんだろうな」


 やっぱりアルフレッドは店視点らしい。そんなムードに欠ける発言をするアルフレッドだけど、そんなアルフレッドと一緒に聖夜祭を歩いていることが、私にとっては特別だ。


「可愛いね」


 ちらほらと見られた食事の屋台を通り過ぎ、今は雑貨が売っている屋台のエリアに入っている。可愛らしい天使の置物や、キラキラとしたアクセサリーなどが並んでいる。フリーマーケットのような雰囲気にワクワクするけれど……


「でも、お腹空いたなぁ」


 私はお腹をさする。演奏会前もろくに食べていなかったし、安心したらお腹がペコペコだ。そんな私を見てアルフレッドはぷっと吹き出した。


「お前、女のくせに食い意地張ってんな」

「だって! 私の栄養はクラリネットに持ってかれちゃったんだもん!」

「まあ、俺もその方がいいけどよ」


 アルフレッドは目を細めて微笑む。


「じゃあ食べ物が売ってる方へ行くか」

「場所わかるの?」

「お前なぁ、俺が何年この街に住んでると思ってんだ」


 それはそうか。初参加の私とアルフレッドは違う。去年までのシエラ・ウィドウもこうして聖夜祭に参加していたのだろうか。


「ただ、食べ物が集まってるところは人が多い。はぐれんなよ?」

「う、うん。気をつける」


 私の身体は前世と同じく平均身長よりもだいぶ低いみたいなので、人がたくさんいるところだと周りが見渡せなくなってしまう。前世でも、夏祭りで友達とはぐれてしまったことを思い出した。


 友達、元気かなぁ。私が突然死んでしまって、どう思ったのだろうか。家族にも、きっと辛い思いをさせてしまった。もう二度と会えない大切な人達。


 その顔を思い出すと気持ちが沈んでいくのを感じて、頭から振り払う。今は楽しい聖夜祭だ。前世のことを思うのは、今はやめよう。


 街をよく知るアルフレッドは、路地を歩いて人混みを上手く避けて移動してくれているようだった。しばらく歩くと、ざわざわと人の声が大きくなってくる。それと同時にお肉の焼ける匂いもしてきた。


「いい匂い~!」

「ここを抜けたら目抜き通りに出るぞ」

「じゃあご飯食べられるね! 何食べようかなー!」


 私が思い浮かべる屋台といえば、たこ焼きや焼きそば、りんご飴などなど、日本のものになってしまうけれど、この世界ではどんな屋台が待っているのだろう。ついスキップしたくなってしまう。


「お前なぁ……」


 ちょっとステップを踏んだくらいなのに、アルフレッドに呆れ顔を向けられてしまう。


「この前こけそうになったの忘れたのか?」

「あ……そうでした」


 あの時はアルフレッドに助けてもらったんだったっけ。


「危なっかしいやつ」

「ご、ごめんなさい」

「……しょうがねえなぁ」


 アルフレッドはポリポリと頭を掻いてから、私に向けて手を出してきた。


「?」

「……手」

「うん?」

「……」


 ムッとした表情のアルフレッドは、その行動の意味を瞬時に理解することができなかった私の手を取ってぎゅっと握った。


「!」

「はぐれたり転ばれたりしたらめんどくせえだろ」


 そう言って顔を背けるアルフレッドの耳が僅かに赤い。


「……ありがとう」

「ああ」


 アルフレッドの手が熱い。いつもトランペットを吹いているすらっと長い指が私の手を包んでいる。


 う、うわー!!!


 叫びたくなるところをぐっと堪える。すごくドキドキする。アルフレッドがこんなことしてくるなんて思ってもみなかったし、何だか恋人同士みたい。


 アルフレッドの耳の赤さより、私の顔のほうが赤いんじゃないかと思うから、アルフレッドが顔を背けてくれていてよかったなって思う。


 通りに出ると、本当にすごい人。だけど、アルフレッドがちゃんと手を繋いでいてくれるので、私は屋台を見ることに集中することができる。


 串に刺さったお肉やお魚。野菜スティックなんていうヘルシーなものもあるし、焼き菓子も多数。何から食べようかとキョロキョロしてしまう。その中で、私は一つの屋台の湯気に吸い寄せられる。


「わ! スープだ!」


 赤い色のスープに野菜と魚介がごろごろと浮かんでいる。屋台にしては凝っていると言っていいと思う。店主は私を見てぎょっとした顔をしたが、私と手を繋いでいるアルフレッドの存在に気がついて、さらに目を丸くした。チラチラと見てはいるが、もう嫌な顔をしなくなった。


「食うか?」

「うん!」

「じゃ、一つ」


 アルフレッドは店主にそう告げて、自分の財布を取り出した。


「あ、私が……」

「いいよ、今日は」

「で、でも……」

「ま、いつも働いてもらってるからな。今日はボーナスみたいなもんだ」

「ボーナス……」


 前世で会社員だった私にとって、とても魅力的な響き! アルフレッドがそう言ってくれるなら、素直に甘えることにした。


「ありがとう」

「おう」


 スープを受け取った私達は再び路地に入って壁にもたれながらスープを飲むことにする。


「んー美味しい! 魚介の出汁がすごい!」

「お前、歳の割に渋いこと言うな」


 アルフレッドが笑顔を見せる。心なしか今日のアルフレッドは笑顔が多いような気がする。


「美味しいよ、はい!」


 スープを渡すと、アルフレッドは一瞬躊躇ってからそれを受け取って、口をつける。あ、これはまさか間接キスというやつでは──!?


 そう思うと、アルフレッドを急に意識してしまう。ただスープを飲んでいるだけなのに、なんだか色っぽく見えるというか。


 睫毛長いな。瞳の色も綺麗だし、やっぱり何度見てもイケメンだ。


「うん、美味いな。って……」


 じーっと見すぎていたらしい。アルフレッドが私の視線に気がついて眉間に皺を寄せる。


「何だよ。毒でも入れたか?」

「い、入れてない! 入れるわけないじゃん!」

「本当か?」


 疑うアルフレッドが急に顔を寄せてくる。ちょ、ちょっとそんな至近距離! 私の頭はパンク寸前だ。


「ま、いいけど」


 あっさりと顔の位置を戻したアルフレッドを少し残念に思う私は、もう重症なのだと思う。

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