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約束

「広い……っ!」


 本番前日。私達は本番の舞台であるリンドブルム劇場に通しのリハーサルをするためにやってきた。そこは、私が想像していたものより遥かに大きかった。


「ちょっと、邪魔よ」


 舞台の端で立ち止まって口を開けていた私の背中をコットンが押す。


「ね、ねぇコットン!」

「……何よ」

「チケットは完売って言ってなかった!?」

「そうね」


 この広い会場の客席が埋まる。


「ここ、収容人数は何人?」

「そんなことも知らないの? 3千人よ」

「さ、さん……」


 絶句する。日本の人気アーティストがライブをする規模に匹敵する。もちろん私はそんな大勢の人の前で演奏したことがない。夏のコンクール予選だって、2千人収容のホールは満席にならないし。っていうか、この街そんなに人いたんだ!?


 この吹奏楽団は毎年こんなに大きなところで演奏している。改めて、すごい楽団に入ったことを実感した。


 リハーサルは滞りなく終わった。今日のソロの出来はいまいちだったけれど、みんなの演奏はいつも通りだ。練習時間は決して多くなかったけれど、いいものができたと思う。あとは、これをみんなに聴いてもらうだけだ。


 リハーサルが終わって、私は自然とアルフレッドと一緒に劇場を出た。外はすっかり寒い。いつの間にか季節は冬になっている。


「ねぇ、アルフレッド! こんなに広いホールで演奏するなんて、私知らなかった!」

「お前来たことないのか? ……って、記憶喪失だったか」


 アルフレッドはポリポリと頬を掻く。


「この街で演奏会って言ったらここしかないんだけどな」

「まさか3千人だなんて……私なんてせいぜい千人くらいの前でしか演奏したことないよ」


 高校の時の定期演奏会の規模がそのくらいだった。それでもとても多いと思っていたのに。


「急に3倍! ふわ~大変だぁ」

「……お前」

「ん?」

「一応突っ込んでおくが、記憶喪失なんだよな?」

「え、うん」

「それで、千人の前で演奏、ねぇ」

「……あ」


 しまった! 普通に前世の話をしてしまった! アルフレッドに疑いの目で見られている。


「お前さ……」

「あー、いや、あはは」


 誤魔化しようもなくて、適当に笑ってみる。


「まぁ、いいや」


 ため息をつきながら、アルフレッドは私への追求をやめてくれたようだ。


「それにしてもお前、今日のあの演奏は何だよ」

「え?」

「ソロだよ、ソロ。今までで一番酷い出来だったぞ」


 アルフレッドにはちゃんと見抜かれていた。厳しく指摘を受けて、縮こまる。


「まさか、劇場を見て怖気づいた、ってわけじゃないだろうな?」

「いやー、あはは」

「あはは、じゃねえよ!」


 今度は笑っても逃してくれるつもりはないらしい。


「お前、明日もあの演奏してみろ? ただじゃおかねえぞ」

「ご、ごめんなさい~!」


 もはや謝るしかない。アルフレッドに頬を摘まれた。


「緊張してどうすんだ、このバカ。いつも通りやりゃいいんだよ」

「ほんなほといわりぇまひへも~」


 うりうりと両頬をいじられるものだから、まともに喋れない。


「ったく」


 アルフレッドは満足したのか、私の頬から手を離した。


「だ、大丈夫! 私、本番には強いタイプだから!」

「……ほう?」

「ほら、入団試験だって合格したし、ソロだって獲得したし!」


 高校の時のオーディションだって落ちたことないし! と、いう言葉は言わないでおく。


「ならいいけどな」


 久しぶりの演奏会でソロを吹くのは緊張するけれど、アルフレッドと『グローバル・トリップ』を演奏するのは最後かもしれないのだ。


 私達は練習で何度も演奏してきているけれど、聴く人にとっては最初で最後。一発勝負で、それは呆気なく終わる。それがわかっているからこそ、後悔する演奏はしたくない。


「ね、アルフレッド」


 名前を呼ぶと、アルフレッドが私の顔を見下ろす。


「明日のソロ、アルフレッドに向けて吹くね」


 最後の演奏だからこそ、それをアルフレッドに伝えておきたかった。本当はいつもアルフレッドに向けて吹いているのだけど、明日はちゃんとそう思って聴いてほしいと思った。


「ふーん? 俺は今日みたいな演奏は受け取らねえぞ?」

「わかってるよ」


 アルフレッドは笑顔を見せる。


「心を込めて、吹くからね。ちゃんと聴いてね?」

「……ああ」


 私の頼みをアルフレッドは受け入れてくれた。


「じゃあ俺は、お前に最高のパスを渡してやるよ」


 目を眇めて微笑むアルフレッドにドキリとする。


「ちゃんと聴いて、受け取ってから吹けよ」

「……うん」


 アルフレッドも私のために吹いてくれるっていう風に聞こえるその言葉は私の体温をどんどん上げていく。


「楽しみにしてるよ」

「……私も」


 私を認めてくれるようなその言葉がすごく嬉しい。私はアルフレッドと対等な関係でいたい。


「よーし! 負けないぞー!」


 私はそう宣言して、聖夜祭の飾り付けがされる街の中を駆け出した。

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